『戦場中毒』恍惚感という現実

峰尾 健一2015年12月19日 印刷向け表示
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戦場中毒 撮りに行かずにいられない
作者:横田 徹
出版社:文藝春秋
発売日:2015-10-30
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新聞社が社員を派遣しない危険地帯に潜り込むフリーランスの戦場カメラマン、横田徹氏の著書である。今年1月のISISによる邦人人質事件の際には、2週間で36本のテレビ番組に出演し、さらに新聞や雑誌の取材を10本受けていたというので、名前を知る人も少なくないだろう。

アフガニスタン、パキスタン、シリア、パレスチナ、リビア、ソマリア、カンボジア、コソボ……。著者が撮影に訪れた場所を挙げるだけで、背筋が寒くなってくる。書かれる戦場事情は、報道ではなかなか伝えられないものが多い。特に、10回以上従軍取材を行っているイラク戦争の実情については詳しく書かれている。

戦場と一口に言っても、その生活環境は場所によって開きがある。最前線の前哨基地では、3度の食事はほぼ保存食のMREのみ。水道も無いため、体はペットボトルの水で洗うしかない。一方で、最前線や僻地を除けば、アフガニスタンやイラクのアメリカ軍基地では、一般的な食事に加えてローストビーフやロブスターといったご馳走にもありつくことができる。

著者はタリバンと米軍の両方で従軍取材をした経験を持っている(タリバンを取材した3か月後に9.11が起きた)。戦闘について行くだけでなく、食事や宿の世話にもなる従軍取材では、兵士たちとの距離も自然と近くなる。雑談を交わす場面も至るところに出てくるが、戦闘時と素の姿のギャップを見ると複雑な気持ちになる。著者が見た米軍兵士は「普通の若者の集団」であったし、タリバン兵士は「野蛮人」ではなく「気のいい男たちの集団」だった。

アフガンからの帰還兵の自殺が問題になっていることはよく知られているが、その理由の1つに陸軍州兵や陸軍予備役兵の存在があることは知らなかった。悲惨で残酷な体験についても仲間内で話し合える現役兵士に比べて、有事の際のみ派兵され、普段は事務や販売などの仕事に就いている彼らは、帰還後に戦地の経験を職場で共有できない。これが精神的ダメージを蓄積させるのだ。著者も、アフガニスタンから東京へ戻った時には環境に適応するまで最低でも1週間を要するという。

イラク戦争以外では、著者がISISと接触した場面が強烈である。2013年9月にシリア内戦を取材した際、気を利かせたつもりのコーディネーターに勝手にアポを入れられ、ISISの司令官や兵士と面会しなければいけなくなったのだ。面会は無事終わったものの、実は裏で「日本人を2000ドルで売らないか?」と商談が動いていたことが後に判明したというから、全く笑えない。

だが話はそこで終わらない。それから半年後、今度はイスラム法学者の中田考氏に付き添う形で、著者は自らISISの拠点を取材しに行くのだ。「ここに来たジャーナリストはあなたが初めてです。一体、どうやってここまで来たのですか?」とISIS兵士にも驚かれたそうだが、逆に興味を持たれ、なんと兵士たちから次々話しかけられる展開に。会話の詳細は実際に読んでみてほしいが、裕福な家庭に育ちながらISISに入るケースもあるなど、イメージが覆される話も少なくない。

他にも、戦地で暮らす住民の生活、アフガン国軍への技術移転の難しさ、戦場カメラマンの収入の話など、興味深い部分を挙げていくとキリがない。とてもまとめきれないのだが、本書に通底するテーマを挙げるなら、それは「なぜ、人間は戦場に魅了されるのか?」である。使命感とはまた違う、著者を駆り立てる戦場カメラマンの「血」のようなものが、随所から伝わってくるのだ。

アフガンの従軍取材の際には、107ミリメートルロケット弾が近くに着弾し、同行していた米兵のうち2等軍曹が1人死亡、3人の兵士が重傷を負った現場に居合わせたという。著者が軽傷で済んだのは、たまたま停めてあった装甲車が盾となり、無数の破片から守られたためだ。そんな出来事の後でも「何も撮れずに帰るわけにはいかない」と同行を続けている。

シリアからトルコへ、夜間に密入国をはかって自警団に見つかった時には、殺されかけながらも間一髪生き延びた。数メートルの距離から散弾銃の引き金を引かれたが、ちょうど弾が切れたのだ。運以外の何物でもない生還だが、車に乗り込んでほっと一息ついた瞬間の感情は、このように綴られている。

気持ちが良い。この気持ち良さを、私はどうやって伝えればいいのか。アドレナリンが駆け巡った後にやってくる恍惚感。これを超える快感はあるだろうか。人生でこれほどタバコが美味いと感じたことはなかった。だからこの仕事は辞められない。

あとがきには、「戦争を美化するつもりはない。だが、私が戦場のおかげで悔いのない人生を手に入れたことも否定できない」とあった。戦場に魅了される気持ちはやはり分からないと思いつつ、読みながら随所で手に汗を握ることがあったのも事実である。

そして、本書から戦地の実情を窺い知れるのも、著者の命知らずな性分があってこそなのである。「戦場中毒」を理解するのは難しいが、否定することもできない。残念ながら、取材の舞台は新たに生まれ続けている。「次の取材はどこに行こうか」という締めくくりの言葉を読んで、祈るような気持ちで本を閉じた。

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