『エコノミストの昼ごはん』毎日の食事が、未来のシステムへの一票になる

内藤 順2016年01月01日 印刷向け表示
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エコノミストの昼ごはん――コーエン教授のグルメ経済学
作者:タイラー・コーエン 翻訳:浜野 志保
出版社:作品社
発売日:2015-12-25
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毎年元旦になると、それなりに新たな決意を胸に秘めており、ここ数年のテーマは料理と経済学である。おそらく来年の今頃も同テーマで決意を新たにしている姿が早くも脳裏に浮かぶが、本書を読むことで少しでも膠着状態を打開したいと思い、手に取った。

現在、食の分野では多くの専門家たちのミスリードにより、以下の3つの通説がまかり通っている。

・最良の食べ物には、より多くのお金がかかる
・安価な食料の最大の供給源ーー巨大アグリビジネスーーは、救いがたい悪である
・イノベーションの源として、消費者は信頼に値しない。

著者は、これらの通説を時には天邪鬼なモノの見方で、また時には世界中の美味しいものを食べ歩きながら情報を感じ取り、美味しさの正体を構造的に紐解いていく。

本書は『大停滞』『創造的破壊』などの著者としても知られる、経済学者タイラー・コーエンが、良い食とは何かということについて経済学的アプローチで探求した一冊である。

世界中のどこにいても、美味しい食事にありつけるためにはどうすればよいのか? 一つの答えは、それらの店が享受している、あるいは場合によっては享受しそこねている、経済用語でいうところの「内部相互補助」に着目することである。その結果からは、「見た目の悪いもの、未知のものを注文せよ」という意外な結論が導き出される。

また、美味しくて安いレストランを見つける方法の1つに、賃料の高い客層が近くにいる賃料の安い地区を探しだすというやり方もある。ロサンゼルスだったら、イースト・ロサンゼルスのメキシコ料理家、コリアンタウンのアジア料理を食べると良いそうだ。こうして、最良の食事は得てして安いものの方が多いという、シンプルな事実に気付きを得ることができる。

著者自身が身体を張った、体験型リポートの部分も目を奪われる内容である。1ヶ月間だけ、行きつけのスーパーマーケットでの買い物を止め、アメリカ国内にある民族色の強いスーパーマーケットだけで買い物をしてみるのだ。

それが、中国人の経営する「グレートウォール・スーパーマーケット」というお店。買い物客の大半は、中国を含め、アメリカよりも食べ物の調理に対する意識の高い文化圏の出身である。青菜のラインナップが豊富なこの店で買い物を続けるうちに、いつの間にか、たくさん野菜を食べる食生活へとシフトするようになったそうだ。日常のルーティンをほんの少し変えるだけでも、驚くほど大きな変化が食生活には訪れる。

また「どうして本場で食べるエスニック料理はこれほど味が違うのか」というフィールド実験の内容も非常に興味深い。この事実を検証すべく、国境付近のエル・パソ(アメリカ)とシウダー・ファレス(メキシコ)の二箇所を使い、法律と豊かさが食に対してどのような影響を与えるのか調べていくのだ。

この実験からは、メキシコの食に関する稀有な特長が浮かび上がってくる。それは、メキシコが近代的な食品供給網を維持し、良いレストランを経営していながら、職人的な食料生産の方法とも密に連携しているということだ。まさに、二つの食の世界に跨っている国、それがメキシコの美味しさの源泉なのである。

要は、食の世界における全てにおいて、トレードオフが存在するということだ。非常に質の高い、新鮮な食べ物を定期的に食べるのか? それとも利便性を追求するのか? この他にも、世界中に広がるバーベキューの地域性や、大好きな日本料理について言及していたり、なぜアメリカの食べ物はダメになったのかなどと話題は広がり、興味は尽きない。

いずれにしても、世界中の全てのレストランにおいて「長期均衡」なるものが存在する。そのため、多くのレストランの質はその店が引き寄せる客の種類と、その他の静態的な特徴によって判断されるのだ。「良質な客は、レストランにとって良質なシェフよりも大切である場合が多い」と言われる所以でもある。

本書に通底する基本スタンスは、これまで著書が一貫して主張してきた「多様性」の大切さに加え、需要者=生活者の持つ力に注目しているところにある。食を経済的な需要供給の産物であると捉えるならば、「供給される品が新しく、供給者が創造的で、需要者に知識があるところを見つけるべし」と基本原則は、あらゆるシーンに適用できる普遍性を持つだろう。

いわゆる富の格差や不平等へ、注目が集まる昨今である。たしかに、お金は低い所から高いところへ流れる側面があるかもしれない。だが、食への欲望は経済的格差を跳ね除けるのだという著者の強い主張が、数々の実体験から裏付けられていく。

まさに何を食べるのかという選択は、選挙の投票のようなものである。私たち一人一人の毎日の食事という行為そのものが、未来の食の供給システムがどのようになっていくのかを左右する貴重な一票にほかならないのだ。

21世紀の不平等
作者:アンソニー・B・アトキンソン 翻訳:山形 浩生
出版社:東洋経済新報社
発売日:2015-12-11
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大停滞
作者:タイラー・コーエン 翻訳:池村 千秋
出版社:エヌティティ出版
発売日:2011-09-22
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創造的破壊――グローバル文化経済学とコンテンツ産業
作者:タイラー・コーエン 翻訳:浜野 志保
出版社:作品社
発売日:2011-05-27
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雨宮かずひさ2016.1.1 23:33

ことは食に限らない。私たちが日々何をどこで買うかという選択が、未来の供給システムの選択に他ならないのだと言える。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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