軍靴よりブランド靴 『WHAT IS SAPEUR ? 貧しくも世界一エレガントなコンゴの男たち』

吉村 博光2016年01月06日 印刷向け表示
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WHAT IS SAPEUR ?――貧しくも世界一エレガントなコンゴの男たち
作者:NHK「地球イチバン」制作班
出版社:祥伝社
発売日:2015-12-15
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初詣くらいはスーツでビシッと決めようかと思ったものの、仕事で着るものしか持っていない。若い頃は、小遣いの何倍もするブランドもののシャツを買うためにバーゲンに並んだものだが、いつしか私は、高い服を買うのに罪悪感を抱くようになってしまっていた。

ところが、本書で紹介されている男たちときたら、50歳を過ぎても、月収の何倍もするスーツを着て良い気になっている。日本では浪費家というレッテルを貼られてしまいそうな彼らこそ、サプールという生き方を選んだ、誇り高きコンゴの英雄たちなのである。

「世界は“違う”からこそ“面白い”──」本書は、そんなテーマで番組づくりをしているNHK「地球イチバン」のディレクターである著者が、“世界でイチバン”服にお金をかける男たち「サプール」を対象に選んだ経緯とその取材過程をまとめたルポである。サプールのルールの紹介や彼らへのインタビューなどで構成されている。

文章ももちろん重要だが、なんてったって楽しいのは写真である。その「格好良さ」に圧倒されてしまう。しかもそれは、ファッション雑誌から伝わってくるものとは、明らかに異質なものだ。それはなぜか。皆様に理解してもらうためには、まずサプールとは何かについて説明せねばなるまい。本書から、その生き方の6つのルールを引用しよう。

1.上質な服をエレガントに着こなす
2.色彩感覚を磨き、色のハーモニーを奏でる
3.武器は持たない。軍靴を履く代わりに平和のステップを刻む
4.気取って歩き人を魅了する
5.他人を認め、他人を尊重し、他人に敬意を払う
6.個性を大事に、誇り高く生きる  ~本書「Chapter1」より

こう書くと、サプールは一部の金持ちの道楽のようにも見える。しかし、驚くべきことに彼らの多くは貧しい一般人である。職業は、電気工事士やカフェ経営者や森林経済省の事務員などだ。サプールはスターだが、決して人々は、現世的な栄達の象徴として憧れているわけではない。あくまでもその生き方、立ち居振る舞いからにじみ出る「格好良さ」に対して、賞賛を贈っているのである。このようにコンゴの人々が現世的な栄達以外の物差しを持っていることと、欧米から踏み荒らされてきた長い歴史があることは、無関係ではあるまい。

この6つのルールのなかで異彩を放つ「3.武器は持たない。軍靴を履く代わりに平和のステップを刻む」が、その歴史との関係性の深さを最も端的にあらわしている。コンゴ紛争は、世界最大の紛争と呼ばれ、500~600万人の死者を出したといわれている。この紛争は、代々受け継がれてきたサプールの歴史に重大な影を落とした。内戦でサプールの父から受け継いだ大切なスーツをすべて失ったセブラン・ムエンゴは、本書のインタビューに次のように答えている。

「戦争がダメだということがよく分かりました。戦争のせいで大切なものを失い、得たものは何一つないのですから。」「サプールは武器を持たず、軍靴の音は鳴らしません。ブランド靴の音を響かせます。ただ服で競い合うのです」「サプールと戦争は対極にあります。共存などできません。サプールであり続けるということは、非暴力の運動でもあるのです」  ~本書「Chapter3」より

軍靴ではなく、ブランド靴。それが彼らの主張である。ビジネスの世界で勝ち抜くことで、あり余った金で着飾る生き方とは根本的に違う。勝ち抜くことは、軍靴を履くことにほかならない。自らの内面を磨き、他人を尊重し、周囲を喜ばせることができてはじめてサプールなのである。それを、きりつめた生活のなかで成し遂げることで、同じように塗炭の苦しみにあえぐ人々にとって、暗闇のなかの一筋の灯になれるのだ。それがわかったときに私は、ようやく彼らが放つ輝きの強さを理解でき、彼我の隔たりに愕然とした。

バブルの時期にはブランドもので着飾り、デフレに入るとファストファッションを消費する。もちろん、それも生き方だ。何も否定される筋合いのものではない。でもそれは、あくまで経済合理性のもとに着るものを選んでいるように思う。良い服を着たいが将来が不安だし、贅沢はできない。ボロは着てても心は錦、で良いじゃないかと多くの日本人は考えるのではないだろうか。しかしサプールは「いい服はいい習慣を生みそれで人はまた成長する」と考え、ブランドものの高いスーツを買うのである。より主体的で、より未来を創ることができるのは、どちらだろう。

しかし、私がサプールに感化されて、いきなり高いスーツを買うようになれば、我が家の経済は瞬く間に破綻してしまうだろう。彼らの家庭運営はどうなっているのか、その辺も気になるところである。本書はその点にも触れている。彼らは、借金して買い物をするわけではないし、サプールであるためには人格的に高貴でなければならない。むしろ本物のサプールであることは、家族にとっても名誉で歓迎すべきことなのだそうだ。それは、すぐにできることではない。「いきなり」スーツを買おうと考える時点で、失格なのである。

この「地球イチバン」の放送が大反響となり、サプールの本が2冊刊行された。この転換期において、それは、知れば知るほど興味深い生き方だといえるのではないか。高貴、誇り、尊敬、平和、希望・・・サプールは、貧しい生活を送る人々の暗闇を照らす光である。そしてそれは、この資本主義の仕組みを逆手にとって、さらに強い輝きを放っているようにもみえる。彼らは、多くの一般的なコンゴの人々の模範であるばかりか、多くの日本人の心もとらえたのである。

多くの国で従来の基盤が揺らいでいる時に、このような生き方を送っている人たちがアフリカにいると知って、胸のすく思いになれるのは私だけではないのだろう。皆さんにも、この思いをぜひ味わっていただきたいものだ。 

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