『地球を「売り物」にする人たち 異常気象がもたらす不都合な「現実」』 訳者あとがき by 柴田 裕之

ダイヤモンド社書籍オンライン2016年03月11日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
地球を「売り物」にする人たち――異常気象がもたらす不都合な「現実」
作者:マッケンジー・ファンク 翻訳:柴田 裕之
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2016-03-11
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

本書は、アメリカのジャーナリスト、マッケンジー・ファンクが6年の月日をかけ、24か国とアメリカの十数州を回って書きあげた力作ルポルタージュ、『Windfall』の全訳だ。

巻頭のカラー写真を見るだけでも、著者の取材がいかに多岐広範に及ぶかがうかがわれよう。本書は気候変動(地球温暖化)を取りあげるが、それ自体が主役ではない。気候変動が起こっているという確信が深まれば、それを阻止する本格的努力がなされるという考え方は、どうやら幻想にすぎなかったようで、人類は気候変動を早急に止めそうにない。

それでは私たちはいったい何をしているのか――それを探り、その過程で人間の本性をあぶり出すことこそが、本書の主眼であり、その結果は図らずも、自己保存と目先の利益を追い求める、「共有地の悲劇」と、いわゆる「現在志向バイアス」の物語となった。

縮小を続けるアラスカのチュクチ海。シェルが2012年に掘削を始めたこの海は、120億バレルもの石油を算出しうる

気候変動ほど大規模で普遍的な出来事が、悪いことばかりであるはずがない。そこには途方もないビジネスチャンスがある。本書をお読みになった方は、その大きさと多様性に驚かれたかもしれない。これまで、気候変動のこの「カネ」にまつわる側面が、これほどまとまったかたちで日本に紹介されたことは、おそらくなかっただろうから。

グリーンランドの氷河が後退するにつれて鉱床が露出し、採掘が可能になったブラック・エンジェルのような鉱山が、デンマークからの独立に向けての運動への資金提供を支えることが見込まれている

気候変動関連ファンド(じつは、クリーンテクノロジーやグリーンテクノロジーよりも、むしろ温暖化が進んだときに業績が伸びそうな企業を重視)、氷が解けて開ける北極海の航路とその領有権、やはり氷が解けることでアクセス可能になる地下資源(北極海やグリーンランドなどの石油、天然ガス、鉱物資源など)、人工雪製造、淡水化プラント、火災やハリケーンなどの保険、営利の民間消防組織(保険会社と提携し、料金を支払う人だけを守る)、水供給ビジネスや水利権取引、農地獲得(豊かな国や企業が、21世紀最初の10年間で日本の面積の2倍以上を確保)、難民の流入防止や拘束、護岸壁や防潮堤、浮遊式の建物や都市の建設、バイオテクノロジー(病原体を運ぶ蚊の駆除や遺伝子組み換え農作物など)、気候工学の応用(人工降雨、太陽光を遮る成層圏シールドなど)……。

ノルウェーの「スノーヴィット」は、世界最北の天然ガス採掘施設で、ここを北極圏の未来のモデルにしている石油会社もある

人間の創意工夫と抜け目のなさには舌を巻くばかりだ。そして、これらが温暖化の対策となるのなら、ビジネスチャンスを活かして儲けてなぜ悪いのか? それは、そこに「不公平」があるからだ。多くの場合、儲けを手にしたり恩恵を受けたりするのは、もともと豊かで、そもそも温暖化に大きく貢献している人々であり、そのしわ寄せを受けるのは、もともと貧しく、そもそも温暖化にはたいして寄与していない人々であるという、いわば「加害者」と「被害者」の構図が存在するのだ。そこに「気候変動に関してもっともつらい真実」がある。

グリーンランドのフィヨルドは、融解の時期が早まり、凍結の時期が遅くなっているため、海上輸送が可能な期間と氷山が見られるシーズンが長くなっている。

日本はどうかといえば、「加害者」の側にあることは間違いなさそうだ。

国際エネルギー機関が2013年に発表したデータを見ると、日本の二酸化炭素排出量は年間13億1100万トン(世界第5位)。1人あたり10.3トン(世界第21位)で、アメリカ人の半分程度ではあるが、気候変動の深刻な被害を受けているバングラデシュ人の30倍以上だ。

日本は食料の自給率が低いので、国外の農地に大きな負荷をかけている。そして、食料輸入にあたっては、輸送のために燃料を消費しており、当然、そこから熱や温暖化ガスが出る。

日本は水が豊かな国だと思われているが、じつは、近年は減少傾向にあるとはいえ2014年には3億4000万リットル以上のミネラルウォーターを輸入している。それだけではない。農業では水を大量に使うので、日本は食料を輸入することによって、外国でも間接的に水を消費している。たとえば、「小麦を1グラム輸出するのは、水を1リットル輸出するのに相当する」という本書の記述を当てはめれば、2013年の輸入量(約560万トン)は、5兆6000億リットルに相当する。また、日本の輸入品(農産物と工業製品)のために使われる水は、国内での使用量全体(約830億トン)にほぼ匹敵するという。

ところが日本の場合、「被害者」となる展開も予想されるから、事態はなおさら深刻だ。

海面が上昇すれば、土壌の塩性化、水没、洪水、高潮、津波などの害を受けやすくなる。日本は多くの主要都市が海辺にあり、国土のうち、いわゆる「ゼロメートル地帯(標高1メートル未満)」の土地面積は0.6%ほどだが、居住人口は300万人を超え、5メートル未満には人口の15パーセント以上が、100メートル未満にはおよそ8割が住んでいる。海岸線の長さは、なんと世界第6位で、日本の面積の約25倍のアメリカ(第8位)や約20倍のオーストラリア(第7位)をも上回る。

食料自給率に関しては、農林水産省の推計によると、生産額ベースでは直近は64パーセント、カロリーベースでは39パーセント(2011年)でしかないという―世界人口が増加の一途をたどり、食料確保が大問題となっているというのに。温暖化によって国内の農業生産に影響が出るのは必至で、デング熱やマラリアといった病気の発生、異常気象現象の多発も懸念される。本書にも出てくるメイプルクロフト社が2010年に算出した気候変動脆弱性指数では、日本は170か国中86位で、中国(第49位)、ブラジル(第81位)などとともに「高リスク」と評価されている。

さて、本書はルポルタージュという性格上、著者の見聞が淡々と紹介されていく。著者はあえて「加害者」を糾弾することもなければ、具体的な解決策を提示することもない。だがそれは、著者が無見識、無節操、無責任だからではない。著者は自らも「加害者」側の一員であることを自覚しつつ、事態を冷静に大局的に眺めている。そのうえで「不都合な真実」を提示して、自らにも、読者にも、地球温暖化について、さらには人間の本性や正義の問題について、考えるよう促すことを目指しているのだ。本書がその発端となれば、著者の目的は十二分に果たされたこととなるだろう。そしてその延長線上に、「公平」な解決策の立案と実現があるならば、これほど素晴らしいことはなかろう。

2016年2月 柴田 裕之

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら