巨大生物は偉大なり 『巨大生物解剖図鑑』

仲野 徹2016年03月14日 印刷向け表示
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巨大生物解剖図鑑 Inside Nature's Giants (SPACE SHOWER BOOKs)
作者:デイヴィッド・デュガン 翻訳:五十嵐 涼子
出版社:スペースシャワーネットワーク
発売日:2016-02-26
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あらためて進化というのは面白いものだと感動した。なにをいまさらではあるが、百聞は一見にしかず。巨大生物の解剖と生理を目の当たりにすると、誰もがそう思わずにいられないだろう。

動物の大型化には、たとえば、キリンの首が長くなるとより多くの餌を食べることができるようになるというように、メリットがあるはずだ。しかし、大型化にはメリットだけではなく、何らかの不都合が生じることがほとんどである。だから、大型化においては、大きくなる、というだけでは不十分で、大型化に伴って生じる不都合を補うようなある種の『工夫』も並行して進化しなければならないのだ。

新しいメカニズムの獲得とは逆に、進化には『呪縛』といえるものがある。生物のデザインは、なにもないところから作り出されたものではなく、それ以前のデザインから漸進的に変化してきたものだ。だから、大型化した動物にとっては、どうしてこんなデザインが残っているのかといったような進化の痕跡が際だった形で認められることがある。

『工夫』と『呪縛』の格好の例として、ご存じ、地球上でいちばん背の高い動物であるキリンを例にあげて説明してみよう。ちなみに、背が高いと餌を採る時に有利である、というのは無条件に信じられていたが、実際に証明されたのは2007年のことらしい。まずは、キリンにおいてどのような『工夫』がなされているか、から。

身長がどうであろうと、脳に血液を循環させないことには話にならない。高いところまで血液を拍出するのであるから、心臓の機能をうんとあげて血圧を高くする必要がある。そのために、左心室の壁は他の動物よりも厚い。それに、首を30センチ長くなると、壁の厚さが1センチ厚くなっているそうだ。

逆に、脚には血液が貯まりやすくなる。スペースサイクルという乗り物で、キリンと同じような循環動態をシミュレーションする実験をおこなうと、ヒトは気を失ってしまう。それを防ぐために、キリンの皮膚は非常に分厚くて弾力性を持つようになっている。いわば、弾力ストッキングをはいたような状態になって、脚に血液がたまってしまって失神するのを防いでいるのだ。

首の上に頭が乗っかっているのであるから、それを持ち上げるのも大変なような気がする。が、これは心配ご無用らしい。後頸部に項靱帯(こうじんたい、項はうなじのこと)という強靱な靱帯があって、その張力のおかげで、垂直から55度という自然な位置を自動的に保つようにできている。首の筋肉を使うのは、頭を低くして水を飲むときだけなのだ。

それに、頭蓋骨は見かけよりはるかに軽いし、脳の大きさは500キロの体重の割には相当に小さくて500グラムくらい。そういえば、キリンは性格はよさそうだが頭が悪いような気がする。そこまで犠牲にして背を伸ばしてどうする、という気がしないでもないが、実によくできている。

次は『呪縛』についてである。この本には、あの『利己的な遺伝子』のリチャード・ドーキンスが監修についている。そのドーキンスが唯一立ち会ったのがキリンの解剖だ。ドーキンスは反回神経を見たかったのだ。その記録は『進化の存在証明』に自身で詳しく描いている。

反回神経というのは、脳から出ている神経で、喉頭部に信号を伝える神経だ。ヒトでは、声帯の動きなどが、この神経によって制御されている。脳からまっすぐに喉頭にいけばいいものを、左側は大動脈弓の下、右側は鎖骨下動脈の下をくぐって、といってもわかりにくいかもしれないが、とにかく、胸部を経由して喉頭に達しているのだ。

大昔、この神経は、魚に似た生物において、脳とエラを最短距離でつないでいた。しかし、進化の途中で、位置的な関係から大動脈と鎖骨下動脈の下をくぐったがために、このような大回りをするようになってしまったのだ。もちろんヒトでも同じような走行をしているが、キリンとは回り道の長さが違う。キリンではなんと2メートル以上も寄り道させられている。

ドーキンスは、それを自分の目で見たかったのである。もし、進化でなく神がキリンを作り賜うたならば、どうして、こんなバカなことをするのか。ドーキンスにとって進化の存在を証明する格好の材料のひとつがキリンの反回神経なのだ。ちなみに、キリンの反回神経がきれいに解剖で確認されたのは1838年以来のことらしい。

この本はイギリスの人気サイエンスドキュメンタリー番組『Inside Nature’s Giants』が書籍化されたものの翻訳である。ダイオウイカ、ナガスクジラ、ホッキョクグマ、ワニ、カンガルー、キリン、カメ、ヒクイドリ、ゾウ、カバ、大型ネコ科動物、ヘビ、ラクダ、がとりあげられている。ダイオウイカ、ゾウやクジラがバカでかいのは頭ではわかっているが、解剖しているヒトのサイズと比較すると、ほんとに笑えてしまうほどでかい。

日本語のタイトルは解剖図鑑になっているけれども、解剖そのものよりも、形態とその生理学的な機能との関連について詳しくかかれている。解剖など気持ち悪いからイヤだと思われるかもしれないが、多くは内臓の写真などではなくて、美しい写真やわかりやすい解説のイラストばかりだ。大型判で写真も多いために5,800円と、ちょいと高いのが玉に瑕だけれど、読んで、いや、見ているだけでも楽しくなってくるオススメの一冊だ。 

進化の存在証明
作者:リチャード・ドーキンス 翻訳:垂水 雄二
出版社:早川書房
発売日:2009-11-20
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ドーキンス先生の本はどれを読んでも面白い。

巨大生物図鑑
作者:デイビッド ピーターズ
出版社:偕成社
発売日:1987-12
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こういうほんとに巨大な生物を解剖できたら、さぞかし面白いやろうなぁ。

動物生理学―環境への適応
作者:クヌート シュミット=ニールセン
出版社:東京大学出版会
発売日:2007-09
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 この本、むちゃくちゃにおもしろい。けど、高い…

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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