『ダークマターと恐竜絶滅 新理論で宇宙の謎に迫る』 監訳者あとがき

NHK出版2016年03月23日 印刷向け表示
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ダークマターと恐竜絶滅―新理論で宇宙の謎に迫る
作者:リサ・ランドール 翻訳:塩原通緒
出版社:NHK出版
発売日:2016-03-23
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著者リサ・ランドール博士は、世界的に著名な理論物理学者で、「ワープした余剰次元」という画期的な理論の提唱者の一人として知られている。日本へは、2005年に東京大学と京都大学で開催された国際会議に出席のため来訪、2007年と2014年にも東京大学で開催された講演会のために再訪している。

この本のテーマは、ダークマター(暗黒物質)、すなわち宇宙の2割以上を満たす見えない謎の物質と、恐竜絶滅との驚くべき関係である。ランドール博士が2013年に共同研究者と共に提唱した最新理論「ダブルディスク・ダークマター」モデル(二重円盤モデル)が正しければ、約6600万年前に恐竜を絶滅させた彗星衝突は、ダークマターの一部が形成する見えない銀河円盤が引き金となって起こった可能性がある。さらに、今から約3000万年後にも、同じような規模の彗星衝突が起こるかもしれないという。一体どのようにして、このような推論に至ったのか。理論の提唱者本人が、数式を一切使わずに見事に解説している。

本書は3部編成となっている。第1部は、それだけで最新宇宙論への優れた入門書と言える。「宇宙膨張とは何か?」から始まり、現代宇宙論における三大謎であるダークエネルギー・ダークマター・インフレーションに至るまで、分かりやすく解説している。第1部を読めば、本書のテーマの一つであるダークマターについて、十分理解が深まるだろう。特に、銀河や銀河団などの宇宙の豊かな構造が形成されるためには、ダークマターが必要不可欠であることが分かる。

2つの銀河団が合体してできた弾丸銀河団の内部では、中央の領域にガスがとどまり、そこを通り抜けたダークマターが外縁部まで進んでいって、ダークマターを内包した球状の領域をつくる。

第2部は、太陽系、生命の起源、恐竜絶滅についての解説となっている。それぞれの題材だけでも一冊の本になりそうな内容であるが、ランドール博士は、それらを相互に関連付けながら、前提知識がなくても理解できるように丁寧に説明している。まず、太陽系の構造と形成から始まり、小惑星や彗星の分類や起源、それらが地球に衝突するメカニズムについての解説がなされる。この部分は、ダークマターと彗星衝突との意外な関連性を理解する上で重要なポイントである。是非とも熟読していただきたい。

天の川銀河の渦状腕と太陽の位置(太陽の大きさは縮尺通りではない)

その後、衝突クレーターの構造や形成について理解を深め、過去5回の大量絶滅に話をシフトさせていく。恐竜を地球上から排除し、大型哺乳類を頂点に押し上げたのは、その中でも最後の、K‐Pg絶滅である。K‐Pg絶滅の原因を探る科学者たちの物語が展開され、臨場感に溢れるストーリーは、世界各国で見つかったK‐Pg境界の粘土層でのイリジウム濃度の測定と直径180キロメートルにも及ぶチクシュルーブ・クレーターの発見でクライマックスを迎える。

第3部では、いよいよランドール博士の新理論、「ダブルディスク・ダークマター」の解説が始まる。まず他のダークマター候補について、それぞれの長所と短所が議論され、それらでは必ずしも小規模スケール(とは言っても地球よりはずっと大きなスケールではあるが)での観測を完全には説明できていないことが指摘される。そして、この問題を解決する可能性として、「ダブルディスク・ダークマター」理論が提唱される。これは、ダークマターのうちのごく一部が、私たちには感じることのできない新しいタイプの力を通じて相互作用し、それによって小規模スケールの振る舞いが変わるというシナリオである。結果として、小規模スケールでの観測との不一致を解決するだけでなく、これら一部のダークマターが見えない銀河円盤を形成できるようになる。

ごく一部の相互作用するダークマターは天の川銀河の中央平面に沿って
きわめて薄い円盤(図中の濃い実線)を形成することになる。

太陽系は、銀河中心の周りを回転しながら、銀河円盤に垂直な方向に振動している。銀河円盤を通過する時、もしもダークマターでできた見えない円盤もそこにあったとしたら、その重力により、太陽系は通常考えるよりも強い衝撃を受けるはずだ。結果として、太陽系の外れにある氷の天体が軌道を逸れ、場合によっては地球に向かってくることもあるだろう。これが、約6600万年前に恐竜を絶滅させた彗星が地球にやってきた理由なのかもしれない。

「ダブルディスク・ダークマター」の理論に基づく恐竜絶滅とダークマターの因果関係は、興味深い可能性ではあるが、ランドール博士自身も認めているように、現在のところは仮説の域を出てはいない。実験・観測による検証を待つ必要がある。しかし幸運なことに、2013年12月に打ち上げられたガイア衛星によって天の川銀河の詳細な3次元地図と星々の固有運動が明らかになれば、この理論が正しいかどうかが検証可能になる。どのような判定が下るのか、今後の進展から目が離せない。

ところで、このあとがきを書いている最中の2016年2月11日(米国東部時間)、LIGO(ライゴ)グループが、ブラックホール連星系からの重力波を検出したと発表した。しばらく前から噂にはなっていたが、とうとう発見したかと感慨深い。事前の予想では中性子星連星が主なターゲットだったが、実際にはブラックホール連星であった。現時点で判断するのは全くもって時期尚早だが、宇宙には、思ったよりもブラックホール連星が多いのかもしれない。仮にそうだった場合、これも「ダブルディスク・ダークマター」の仕業かも、と考えを巡らせてみるのも面白い。今後、重力波観測によって、多くの連星系が発見されるはずだ。「ブラックホール連星は、本当に今まで考えられてきたよりもたくさんあるのか?」「もしそうなら何故なのか?」などの疑問について、理解が飛躍的に進むことだろう。また、別の新たな謎が出てくることも間違いない。わくわくする気持ちを抑えられないのは私だけでないはずだ。

ワープする宇宙』『宇宙の扉をノックする』に引き続き、翻訳のお手伝いをさせていただき、ランドール博士の筆力に改めて圧倒された。内容の面白さだけでなく、科学への情熱や尊敬の念がひしひしと感じられ、充実した気持ちで監訳者としての仕事をさせていただいた。塩原通緒氏による訳は、これまでと同様、科学的正確さを保ちながら、読者にとって分かりやすい表現や言葉を丁寧に選んでいる。原著にも匹敵するこの本を通じて、ランドール博士をはじめとする科学者たちの宇宙の謎への挑戦を、読者の皆さんにも是非経験していただきたい。

2016年2月
京都大学基礎物理学研究所教授 向山信治

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