覚悟を持って戦後を生きる。『戦争とおはぎとグリンピース』

野坂 美帆2016年05月27日 印刷向け表示
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婦人の新聞投稿欄「紅皿」集 戦争とおはぎとグリンピース
作者:
出版社:西日本新聞社
発売日:2016-05-25
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本書は、西日本新聞の女性投稿欄「紅皿」に寄せられた投稿のうち、42編を収録したものだ。西日本新聞は、福岡県を中心に九州で発売されている地方紙で、「紅皿」は敗戦から9年がたった昭和29年、「婦人の日日の明るい経験や意見、主張や(略)真実の声をほしい」という呼びかけのもと開設された。欄誕生から10年間に寄せられた約3千もの投稿のうち、戦争に関連する300余話からその一部を書籍としてまとめたものである。

編者が本書を作り上げるきっかけになった投稿がある。「おはぎ」と題された1編だ。投稿者は福岡市の主婦。戦地に旅立った息子の好物であるおはぎを手に、終戦後、帰国船が到着する度に駆けつけるが、息子は帰らない。そして消息を聞き、という話だ。彼女にとって、息子は兵士ではない。ただ、おはぎが好きな愛しい息子である。陽気な息子は召集され旅立つ前日に、母の作ったおはぎを「うまい、うまい」といって食べる。息子が帰って来たならば、一番に好物を食べさせてあげたい、そういう思いがあったのだろう。帰国船が到着する度におはぎを抱えて駆けつける。しかし、その後、おはぎは仏壇に供えられるようになる。編者はこの1編に心動かされ、「紅皿」の古いデータを読み漁り始めた。

多岐にわたる「紅皿」の投稿から、戦争をテーマに編したことには理由があった。昨年は戦後70年を迎え、安全保障の議論や、戦争を振り返る企画がメディアに多く登場した。それは、西日本新聞も例外ではない。編者は、自身が関わった企画で、戦争体験を聞き取り、また若い自衛官から話を聞いた。しかし、その話は、「日本人として自分の事のように考えなくてはと思う一方で、どうしても、遠い世界の事のように感じて戸惑ってしまう」ものだったという。

しかし、紅皿に寄せられた声は、私の目の前に迫ってきたのです。配給された古い鍋に残る母の思い出、貧しい暮らしの中で見つけたささやかな喜び…。描かれていたのは、当たり前の日常を送るという幸せを諦めず、理不尽な現実に向き合う女性の姿。驚いたことに、当時は10代、20代の投稿者も多く、その等身大の言葉は、時代を隔てて生きる同世代の私の胸を打ちました。

抜き出された投稿は、昭和29年から昭和37年までのもの42編である。時系列に並べられた言葉の奥に、安保条約を巡る政治の動き、大陸残留邦人の帰国など、時代の空気が現実味を持って迫ってくる。「紅皿」の言葉たち42編は知的で、時にお茶目であり、しかし凛とした強さを感じさせるものだ。その内容は日々の生活の中で気付いたことや、考えたことであり、率直な思いが溢れている。時に哀しみがあったとしても、暗さはない。その目は、昨日から今日、今日から明日へと続く先へと向けられている。ポツダム宣言が戦争を終わらせたのではない。それは建前であり、きっかけであって、一人一人の国民の未来を見る目、日々の生活の中での戦後を生きようという意思が戦争を終わらせたのではではないか。日常の言葉を読み進めるうちに、そう思わされてくる。それは逆に、戦後を生きようという意思を持たなければ、戦争はまた未来に現れるのではないか、という不安があったのかとも感じられる。彼女たちの「戦後」は、復興期を過ぎ、高度経済成長と呼ばれる時代に入ったとしても、ずっと続いている。彼女たちは、確かに戦争を生きた。そして、覚悟を持って戦後を生きている。「紅皿」は、言葉を選びながら、それを伝えてくる。

戦後に生まれた私たちは銃を持たなかった。白い米をお腹いっぱいに食べた。私たちは戦争を知らない。知らないでいいように守られていたからだ。2度と日本を戦争に臨ませてはならないと生きてきた人がいたからだ。

「いまのわたしたち、それにこどもたちは、たしかにあのころの食うや食わずの生活から考えれば、しあわせな毎日ではある。だが――—、苦しかった、つらかったあのころの思いを知らないこのこどもたちが、ふたたびあのようなあやまちをくりかえしはしないだろうか。おとなのわれわれでさえも、もう薄れかかっている記憶を、わたしはけっしてこころよいものとは思わないのだけれど、現在のこのありさまにも、平穏な日々のなかに生きて、決して忘れてはならないのではないかと思うのである。」(昭和36年7月12日)

戦争を生きた人に、親があり、子があり、兄弟があり、姉妹があり、孫があり、そして私がいる。私には、子があり、いつか孫ができ、ひ孫が出来るだろう。

平和とは何だろうか。

この本の中には、戦時を生き、戦後を迎えた日本の中で、日々の暮らしを守り育ててきた女たちの思いが当時のまま残されている。迷い、悩み、哀しみ、喜び、生きることを慈しんだ言葉がある。表紙の女性は、着物から洋服に、結髪からショートヘアに変わっても、真っ直ぐ前を見据えている。心正される一冊だ。

 

*原画展開催中「田中千智 原画展/戦争とおはぎとグリンピース 出版記念」5/20~5/31
*パネル展開催中「『戦争とおはぎとグリンピース』刊行記念展」リブロ福岡天神店内ウォールギャラリー(福岡市中央区天神2-5-35 岩田屋本店本館7F) ~5/31

*5月19日公開記事「5月の今月読む本 Part.3」にて、本書を「戦時中の新聞投稿をまとめたもの」と紹介しましたが誤りです。この場を借りてお詫びいたします。元の記事は訂正をしております。ご了承ください。

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