『レッドチーム思考 組織の中に「最後の反対者」を飼う』 「そのやり方は間違っている」トップに直言する「悪魔の代弁者」が組織には必要だ。

文藝春秋2016年06月23日 印刷向け表示
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なぜ名だたる有名企業が、次々と世間を騒がすような事件を起こしていくのか? その問題の根底には、「宿題は自分で採点できない」という、あらゆる組織に共通する原則がある。この組織的なバイアスを回避するために生まれたのが「レッドチーム」という考え方だ。本書は、今や欧米の民間企業でも広く運用されるようになったこの手法を、幅広い分野の実例とともに、内側から明らかにした一冊。訳者の関美和さんが、その読みどころを紹介する。(HONZ編集部)

レッドチーム思考 組織の中に「最後の反対者」を飼う
作者:ミカ・ゼンコ 翻訳:関 美和
出版社:文藝春秋
発売日:2016-06-23
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「どうしてこんな商品が、こんなCMが、こんなデザインが世に出てしまったのだろう?」と、私は思うことがある。おそらく、読者の皆さんにもそうした経験はあるのではないだろうか。だが、本書『レッド・チーム思考 組織の中に「最後の反対者」を飼う』を読んで、ようやく腑に落ちた。

私たちは誰しも、「毎日を過ごす組織の文化に縛られ、上司や職場の好みに自分を合わせがち」だし、「長年なにかに慣らされてしまうと物事を客観的に見られなくなってしまう」のだ。それは何も、私たちが「無能」だからではない。人間の思考と行動は、常にそうしたバイアスに縛られているからだ。

自分の信念を裏付ける事実にばかり目がいくトップの「追認バイアス」。
そのトップの意向にそうことが自分の昇進になると考える「組織バイアス」。
この2つのバイアスがあるために、組織は、外部から見るととんでもない決定をし、それを執行してしまう。

では、それを防ぐためにどんな方法があるのだろう? 株主のチェック、社外取締役、オンブズマン等々様々な方法が模索されているが、「レッドチーム」は、まず軍で生まれ、その後諜報機関が採用し、現在では欧米の民間企業にも広まっている組織運営の新しいトレンドである。

その起源は、かつてローマカトリック教会内に設けられていた「悪魔の代弁者」にまで遡る。カトリック教会による聖人認定(列聖)は、最初の1000年の間、かなり場当たり的に行われていたため、「聖人の大安売り」とも言うべき状態に陥っていた。この状況を改善し、聖人の神聖さと正統性を守るために設けられたのが、「悪魔の代弁者」である。

「悪魔の代弁者」の仕事は、列聖の候補として挙げられたあらゆる証拠や、履歴書に対して徹底的な反対意見を述べることで、各候補者が聖人となることを防ぐことにあった。

このように、「執行役の判断が間違っている」という前提から物事を考える役職を常設することで、ローマカトリック教会はその後の聖人認定を極めて厳格・適切に進めることができた。この「悪魔の代弁者」を、今日の組織運営に組み入れようというのがレッドチームだ。

なぜ、現代の組織にはレッドチームが必要なのか? それは、本書でも何度も繰り返されるように、「宿題は自分で採点できない」からだ。本書の冒頭では、その一例として、製品の欠陥を放置したために、破綻寸前にまで追い込まれたゼネラルモーターズの話が出てくるが、日本企業も他人事ではない。外向きには革新を唱えながらも、実際は内向きな先例と慣習を踏襲しつづけ、取返しのつかないところまできて問題が明るみに出てしまう事例は、この数年だけを振り返っても数多くある。

利益の水増しを長年続けてきた東芝。巨額の簿外損失を架空の利益で穴埋めしてきたオリンパス。二度のリコール隠しで経営危機に陥った三菱自動車。こういうことがあるたびに「なぜここまで放っておいたのか? どうして誰かが声をあげなかったのか?」という批判が起きる。だが、中の人は意識せず組織の慣習に従っているだけなのだ。まさに、「宿題は自分で採点できない」のである。だからこそ、「そのやり方は間違っている」と鋭く主張できるレッドチームを組織に置くことが重要なのだ。

レッドチームは、そもそもの前提条件から疑っていく。CIAの中のレッドチームが、「もし外国人がアメリカを『テロリズムの輸出元』と見ていたら?」と、それまでの認識をまったく逆転させ、その際にどのような問題が生じるかを分析していた事例が紹介される。繰り返される日本企業の様々な大破局も、確かにこうした、前提条件を疑いトップに提言する役割のチームがあれば防げたかもしれない。

また、この本を自身の組織におけるジレンマと置き換えて読む人も多いだろう。例えば著者は、トップが下からの率直な意見を求めて、ホットラインやご意見箱を設けてもほとんど役に立たないと指摘する。社員は上司との衝突を回避しようとするため、やがて沈黙が一番安全で理にかなった行動だと考えるようになってしまうからだ。ご意見箱があること自体、組織の中で反対意見を自由に口にできない証拠でもある。

『レッドチーム思考』の著者、ミカ・ゼンコは、アメリカの超党派組織、外交問題評議会(CFR)のシニア・フェローで、安全保障と軍事戦略を専門にする研究者だ。彼はその研究の中で、アメリカの軍や諜報機関がこの15年程、レッドチームを急速に体系化し、その手法が民間企業にも広まっていることに注目した。そして、CIA長官から企業幹部、またスーパーハッカーまで、200人を超えるレッドチーム実践者へのインタビューを行い、さまざまな分野での実例を収集した。本書では、その中から17の実例を選りすぐり、どんなときにレッドチームが成功し、またどんなときに失敗するのかを詳しく描いている。

軍と安全保障の分野で活用され、実践されてきたレッドチームの手法は、これまではめったに共有されず、いわば秘密のベールに包まれていた。これほど幅広い分野の実例を、ここまで綿密に内側から明らかにしたのは、本書が初めてだ。

レッドチームは、アフガニスタンやイラクで失敗を経験したアメリカ軍の指揮官が、まず組織運営に根づかせた。なぜならば、その失敗の原因は、「悪魔の代弁者」を組織に組み込めていなかったことにあったからだ。アメリカ陸軍は2004年、レッドチーム的な思考を軍人に教育するための「レッドチーム大学」(外国軍事文化研究大学)を創設したが、その参加者は年々急増している。本書の著者、ミカ・ゼンコも、数少ない民間人の一人として、その教壇に立っている。

組織の様々な失敗を、組織が縦割りのサイロに分割され相互の連絡がなくなってしまうことに求めた『サイロ・エフェクト』(ジリアン・テット著)は、日本の様々な識者が取り上げたが、この『レッドチーム思考』も、組織運営術に新たな光を当てる作品として、多くのビジネスパーソンに読まれることになるだろう。

関 美和 翻訳家。杏林大学外国語学部准教授。電通、スミス・バーニー勤務の後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA を取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経て、クレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。主な翻訳書に、『ゼロ・トゥ・ワン』(ピーター・ティール、NHK出版)などがある。 
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