「深海生物テヅルモヅルの謎を追え!系統分類から進化を探る」 分類学に心酔した男の圧倒的成長に迫る

柴藤 亮介2016年06月17日 印刷向け表示
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深海生物テヅルモヅルの謎を追え!: 系統分類から進化を探る (フィールドの生物学)
作者:岡西 政典
出版社:東海大学出版部
発売日:2016-05-20
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「テヅルモヅル」という生物をご存知だろうか。体の中心から五本の腕を伸ばし、その各々の腕を枝分かれさせ、まるで触手のようにうねうねと動かしながら海水中のプランクトンを捕獲し、それらを栄養源として生息している動物だ。腕を広げると、大きなものでは1メートルを超える圧倒的な存在感を持つモヅルもいるようだ.その様子にちなんで、一部の種は学名にギリシャ神話の「ゴルゴン」を冠している。見た目・形ともに異彩を放つこのテヅルモヅルだが、研究者の数が限られていることもあり、未だ生殖発生や生活史などの基本的な生態すら明らかにされていない。

本書は、そんな謎多きテヅルモヅルを研究する茨城大学の岡西政典助教が綴る研究日誌である。珍しい生き物の研究者と聞くと、中高生時代からマニアックな知識を持ちピンポイントで研究室を選んだ人というイメージを持つかもしれないが、著者はそうではなかった。大学初年度はバイトとサークルに明け暮れ、試験前には友達同士で教え合いながら、低空飛行で定期試験を乗り越えていた。また卒業研究の時には、うどんを作り続けて30年の師匠に「うどんって中華ですかぁ?」と尋ねるに等しい質問を、恩師の先生にしていたそうだ。しかし現在、著者は15報近くの論文発表や、学会における多数の受賞歴など輝かしい実績を残す。分類学という学問に心酔した10年前の著者は、どのような過程を経て研究者へと変貌したのだろうか。

私たちはさまざまな「分類」のなかに暮らしている。花金の日には、仕事後に居酒屋へ向かい、友人と楽しいひと時を過ごす人もいるだろう。店に入り、メニューを眺め、飲みもの欄からビールを、前菜欄からオニオンサラダを、揚げもの欄から軟骨の唐揚げをそれぞれ選び、注文をする。当たり前の光景だが、私たちが手際良くオーダーできるのは、料理が「分類」され、「系統」立てられてメニューが作られているからである。アボカドサラダ、イワシの唐揚げ、オニオンサラダ、軟骨の唐揚げなどというように、品目がアイウエオ順に並んだメニューが置かれていることは考えにくい。全てのものは、その特性に基づいて体系的に整理されていないと、活用することが難しいのである。

生物でも同じことが言える。大航海時代を皮切りに世界中の生物が行き来するようになると、生物の名前が複雑化してしまう問題が生じた。たとえば、昆虫のような種数の多いものでは、Apis pubescens, thorace subgriseo, abdominale fusco, pedibus posticis glabris utrinque martine ciliatisというように、とてつもなく長い名前が付けられていたようだ。ちなみにこれは、今でいう「ミツバチ」に相当する。こんなにも長い名前を持つ生物が出てくるようになっては、迂闊にミツバチ談義すらできない。また、生物が増えることで、生物の整理が困難化する問題も生じていた。飲みもの欄、前菜欄というように、生物たちも何かしらの方法で整理しなければならない。そこで登場したのが、分類学だ。

分類学では、私たち人間は「真核生物ドメイン動物界脊索動物門哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属ヒト」と分類される。大きい括りから順に、ドメイン、界(かい)、門(もん)、綱(こう)、目(もく)、科(か)、属(ぞく)、種(しゅ)という階層に分けられており、テヅルモヅル類は「棘皮動物門クモヒトデ綱」に属す。著者の仕事は、テヅルモヅル類の標本を、世界中の博物館から借りたり乗船調査で捕まえたりした上で、過去の論文と照らし合わせながらそれらを分類していくことである。

つまるところ「モヅルを集めて分類する」だけなので、そこまで難しい仕事ではないように思えてしまう。しかし実際は、種を見極めるために重要な骨片の判別ができないため、どれがどの種かを決めることが極めて難しい。さらに、過去の文献を見比べてみると、着目する形質が研究者ごとにバラバラで、研究が中途であることがほとんどだったのだ。暗中模索で研究を進める難しさや孤独と真正面から対峙することになり、精神的に追い込まれることも少なくなかったという。

研究が思うように進まず「就活」の二文字が脳裏をよぎった夏、著者は勝負に出た。クモヒトデ綱の「ツルクモヒトデ目タコクモヒトデ科」にターゲットを絞り、それらの種を徹底的に調べたのだ。すると著者は、これまで誰も名前を付けてこなかった「変な標本」の存在に気付く。この変な標本こそ、著者の処女論文で発表されることになる未記載種だったのだ。しかし、はじめての論文執筆も思うようには進まず、発表までに想定以上の時間と労力を費やすことになる。恩師の藤田先生との半年以上に渡る論文執筆劇は、ぜひ本書でお楽しみいただきたい。

就活や研究、論文執筆など悩みの種は尽きなかったが、誠実に研究を続けた著者は、気付かぬうちに分類学者としての鑑定眼を獲得することになる。

 
それまでの調査では、ツルクモヒトデが採れても「おそらくこの種だろうな」という「憶測」でしか種を同定できなかったのだが、淡青丸調査の際は「シゲトウモヅルだ!ムツウデツノモヅルだ!ツルボソテヅルモヅルだ!タコクモヒトデだ!」という確信を、見た瞬間に持てたのである。

このとき著者は、まだ修士課程の1年目。「うどんって中華ですかぁ?」事件から、わずか1年後のことだ。数々の苦難に遭遇したものの、日々の論文の読み込みや標本観察、乗船調査の経験は、著者の分類学者としての力を確実に高めてくれていたのである。その後も、修士論文の執筆、国際学会への参加、ヨーロッパの博物館周遊などの経験を通じて、プロの分類学者へとステップアップしていく。

分類学は研究者人口が少なく、陽の光を浴びにくい分野だ。しかし、著者のように分類学に心酔した研究者が、日々研究を進め、人類の知見を着実に広げ続けているのである。

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