虫だらけの惑星──『昆虫は最強の生物である: 4億年の進化がもたらした驚異の生存戦略』

冬木 糸一2016年08月05日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
昆虫は最強の生物である: 4億年の進化がもたらした驚異の生存戦略
作者:スコット・リチャード ショー 翻訳:藤原 多伽夫
出版社:河出書房新社
発売日:2016-07-13
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

昆虫は最強の生物である──と断言されると、人類じゃなくて? と疑問が湧いてくるが、まあ「最強」の定義次第といったところだろう。たとえば、人類はこの地球上に種そのものを脅かす天敵はいないわけで、その観点からいえば「人類は地球最強の生物」といってもいいだろう。

しかし、別の観点からすると、これまでに発見され、命名された昆虫は100万種、名前もついていないものも含めれば何千万種にも及ぶという膨大な数になる。仮に異星人が地球にやってきて、その支配領域の広さと個体数、種の多さによって「支配者」を決め、コンタクトを取ろうとしたら──その交渉相手は人類ではなく昆虫になるに違いない。著者も下記のようにとうとうと、節足動物である昆虫がいかに人類より素晴らしいかを述べてみせる。

 ここで読者の皆さんに提唱したい。動物の体の形として優れているのは、外骨格のほうだ。有害な排泄物を体内に蓄積するのではなく体外に排出したほうがいいから、排泄物を利用した外骨格のほうがそもそもはるかに発達しやすいし、言うまでもなく天敵から身を守れるという直接の強みによって繁栄の可能性はぐっと高まる。(…)さらに、現存する脊椎動物のすべての種を足しあわせても、天文学的な数の種を擁する節足動物の何分の一にも満たない現実を考えてみてほしい。

本書はそんな素晴らしい昆虫が4億年以上にわたる期間で「どのように進化してきたのか」を記した昆虫の進化史だ。読了後、道端でセミの死骸を見た時に「言われてみれば、こいつらけっこう凄いことしているな」としみじみ思ったが、日常生活の中に溶け込み、地球上の至る所へと散らばり、繁栄し続けている昆虫がいかに凄いのか、その理屈を本書は徹底的に教えてくれる。

たとえば、多くの昆虫が幼虫からさなぎを経てまったく別の形と機能を持った成虫になる「完全変態」を行うが、これだって考えてみれば異常かつ考えつかないほど複雑な仕組みである。しかしこの仕組みは複雑なだけあって、無数の恩恵を昆虫に与えてくれる。

まず、この機能によってイモムシが葉っぱを食べ蝶は蜜を吸うといったように、成虫は自分の子孫と食べ物をめぐって競争せずにすむようになった。そのうえ、翅などの移動のために必要な目立つ機構は幼虫時には存在せず、目立たない環境で効率的に食事ができるようになったため、多くの種では成虫になったあとにまったく食べる必要さえもなくなった。食事に時間を使わないおかげで、成虫になったあとは求愛や交尾、産卵といった活動に集中することができる。

さなぎになってからも、内部では筋肉が再構築され胸部には飛翔に使われる大きな筋肉が形成され、生殖器や翅、感覚器といった成虫バージョン専用の機能も構築される。あらためて説明されると凄いことをやっているのである。現存する昆虫種の75%以上がこの完全変態を行うが、それだけこの仕組みが生存において有効であるひとつの証左といえるだろう。

もちろんこういった仕組み──「完全変態」や「翅」の機構は、最初からあったわけではない。本書ではカンブリア紀あたりの節足動物から古生代、白亜紀などを経て新生代にまで至る進化の道程を記述していくが、節足動物が陸上に上がった理由、昆虫が空を飛ぶようになった理由、完全変態誕生の経緯など昆虫を語る上で外せない「進化ポイント」が丁寧に解説されていく。

本書は、読むことで生活の中で役にたつといった類の本ではまったくないが、読んだ後はちまたで見かける多種多様な昆虫への見方大きく変わっているはずだ。夏ということで昆虫に接触しやすい季節でもあるし、本書を読んでその驚くべき機構の数々に思いを馳せてもらいたい。

あわせて『昆虫の哲学』をオススメする

昆虫の哲学
作者:ジャン=マルク・ドルーアン 翻訳:辻 由美
出版社:みすず書房
発売日:2016-05-21
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

昆虫の話ついでに、近刊でオススメする機会を狙っていたジャン=マルク・ドルーアンによる『昆虫の哲学』も紹介しておこう。この本は哺乳類ほど我々人類に近くはなく、植物ほどには離れていない、そんな絶妙な距離にいる昆虫と人類の関わりについて考えていくエッセイでなかなかおもしろい。たとえば昆虫やダニやクモ類の命が、哺乳類に比べると軽くみなされるのはなぜか? という問いかけも、あらためて問いかけなおしてみると確かに不思議である。

小型の陸生節足動物と自分を同一視することはかなり難しいし、一方で昆虫らは苦痛を感じていないのも確かなので「まあ別に脚がもげようが残酷に殺されていようが別にいいか」と思うのも無理はない。とはいえある動物に対する扱いが道徳的に非難されるか否かが、その動物に苦痛を感じる能力があるか否かに依拠するのかといえばそうとも言えまい──とかなり単純な問いかけであっても厳密に考えていくとずいぶん厄介な生命倫理の問題に繋がってくる。

アリやハチは社会を築くが、やっぱり哺乳類の物とはまったく種類が違うし、その違いこそが比較対象的に物を考えるときには価値となる。それは『昆虫は最強の生物である』でも同じで、人間とは大きく違う昆虫独特の機構、その歴史からみえてくるものは多い。

 

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら