『ハンセン病療養所に生きた女たち』沈黙を破った証言者の慟哭を聞け!

東 えりか2016年09月16日 印刷向け表示
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ハンセン病療養所に生きた女たち
作者:福西 征子
出版社:昭和堂
発売日:2016-06-30
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 日本人の記憶から、らい病(ハンセン病)の記憶は薄らぎつつある。50歳を超えた私でも実際の患者さんを直接見ることはなく、小泉内閣のときに 国家賠償が行われるというニュースで初めてその歴史をかいま見たぐらいだ。それは遠い物語のようだった。

1873(明治6)年、ノルウェーのハンセンがらい菌を発見し、1907(明治40)年、日本に「癩予防に関する件」が制定された。患者や元患者をハンセン病療養所に入所させるための法律だ。

1931(昭和6)年には「癩予防法」が制定され、この法律によりすべてのハンセン病患者を療養所に隔離できるようになる。このころ全国で「無らい県運動」、つまりハンセン病を撲滅しようというという気運が高まり、「強制隔離によるハンセン病絶滅政策」が広まった。

ハンセン病とはこんな病気である。(国立ハンセン病資料館HP)

もしあなたがハンセン病について何も知らなかったら、かなりショックを受けるかもしれない。問題は完治しても後遺症が容姿に残ることである。そのため忌避され、家族からも見放された。

1943(昭18)年にはアメリカで効果のある薬が発見されたものの、日本では1953(昭和28)年「らい予防法」制定される。この法律は「癩予防法」を改定したもので「強制隔離」「懲戒検束権」などは残されていた。患者は働くことを禁止され、療養所入所者の外出は規制されていた。

それから43年も経った1996(平成8)年、「らい予防法」が廃止された。感染力が弱く、治癒する病気であるのに、隔離政策は続けられていたのだ。菅直人厚生大臣の謝罪を覚えている人も多いだろう。

その2年後には「らい予防法」違憲国家賠償 請求訴訟が起こり2001(平成13)年には勝訴する。補償金の支給の法律が制定され、国と患者との和解が成立した。

ハンセン病を発病すると有無を言わさず隔離される。子どもであっても容赦されず、病気撲滅のため、男は断種され、妊娠した女性は堕胎を強いられた。ハンセン病の作家、北条民雄は『いのちの初夜』でその生活を描き、北条の人生を細やかに辿った高山文彦『火花』は講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞をW受賞した。

だが、今までハンセン病の患者で、表に出てくるのはほとんどが男性であった。ハンセン病療養所は一般社会に較べると、はるかに男性上位であったという。それは女性がないがしろにされているというよりは、男たちから大事にされ庇われてきたのだ。

本書の著者、福西征子は昭和53年からおよそ35年にわたって4つの療養所で医師あるいは所長として勤務してきた女性医師である。どの療養所でも女性は男性の陰に隠れ、声を聴くことはできなかった。

福西は強制隔離された女性の生の声を聴きたかった。広範な人権被害を受け続けた療養所の隔離政策のなかで、女たちはどう生き抜いてきたのか。

本書で語っているのは、国立療養所で現在も療養生活を続けている5人の女性だ。隔離以前、隔離された頃、学校生活、結婚、園内作業、家族との付き合い、そして予防法廃止後の現在の生活とその思いを、福西が聞き取った。

ここで彼女たちの人生のあらましを述べることは難しい。それは一般の私たちには想像を絶する過酷さだからだ。

大正15年生まれで、10才で保養所に入所した人、ハンセン病の両親から療養所で生まれ、実家や親戚のことは何一つわからない人、日々の暮らしに精いっぱいで進学することが考えられなかった人、子どもを産んでもすぐ施設に引き取ってもらった人、二十歳で入所し信仰にすべてをかけた人、一度は完治し普通の生活を営むも夫のハンセン病再発でもう一度入所した人。

本人と同じくらい、家族も社会から虐げられた。音信不通になった人もいれば、兄弟たちからやさしくされた人もいる。だが、彼らの心の中では「縁を切ってもらいたい」と自分に非があるように思っていたことがよくわかる。

予防法廃止後、賠償金を手に入れると、親兄弟に「今までのお詫びに」と多額を分けるのが切ない。

今では、昔、ハンセン病の血統と言われないように、また世間からつま弾きされないようにと、あれほど親や兄弟に気兼ねしたことが夢のようです。親にしてみれば、療養所に入れた子供から、病気でない子供たちを守りたかったのだと思います。それ以外に方法がないと思って、心を鬼にして子供たちを引き離したのだと思います。

ハンセン病隔離政策は、記録には残っても記憶からは消えて行ってしまうだろう。声の大きな男性の記録だけでなく、弱き立場に置き去りにされた女性の言葉が残されることは、とても意義のあるものだと思う。

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いのちの初夜 (角川文庫)
作者:北条 民雄
出版社:角川書店
発売日:1955-09
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 もしあなたがハンセン病について何も知らなかったら、まずはこの本を読むことをお勧めする。隔離された施設の中で、人間らしく生きようとする青年の姿に胸を打たれる。私は中学で今本を読み、しばらく寝られなくなった。

火花―北条民雄の生涯 (ノンフィクション・シリーズ“人間”)
作者:高山 文彦
出版社:七つ森書館
発売日:2012-10
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 その北条民雄の人生を丁寧に辿ったノンフィクション。 

しがまっこ溶けた―詩人桜井哲夫との歳月
作者:金 正美
出版社:日本放送出版協会
発売日:2002-07
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多分、私の読書歴のなかで一番泣いた本。 らい予防法が廃止された時、60年を療養所で過ごした詩人桜井哲夫さんは、「しがまっこ(氷)はまだ融けない」と表現した。その氷を溶かしたのは19歳の在日韓国人女子大生。一人の若い女性とハンセン病患者の詩人との心の交流を描く。

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出版社:中央公論新社
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