『礼服(らいふく) ―天皇即位儀礼や元旦の儀の花の装い―』

新井 文月2016年11月07日 印刷向け表示
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礼服(らいふく) ―天皇即位儀礼や元旦の儀の花の装い―
作者:武田佐知子
出版社:大阪大学出版会
発売日:2016-08-20
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日本における最高の正装をご存知だろうか?

タイトルでもある礼服(らいふく)とは、「大宝律令」および、これを改定した「養老律令」の衣服令において、皇太子以下五位以上の貴族の正装と規定されており、わが国で最も格式の高い服である。元日に行われる朝賀の他、大祀や大嘗という特別な祭祀にも用いられており、国家的に最も重要な儀礼に使用された装束といえる。

といっても明治天皇の即位に際して廃止されてしまったので、現在はその服を実際に見ることはできない。憲法第七条に列挙されている天皇の国事行為のうち、「外国の大使及び公使を接受すること」に該当する重要な儀式である新任状捧呈式では、天皇はモーニング姿でお出ましになり式がはじまる。天皇のそばには外相が立ち、ほかに宮内庁長官と通訳、それに天皇の後に続いて松の間に入った侍従長や侍長の姿が見えるのだが、いずれもモーニング姿だ。

しかし、皇室祭祀には今でも古式の装束がみられる。元旦の早朝の祭儀「四方拝」では、毎年元旦の午前5時半、皇居内の南西部にある宮中三殿と呼ばれる神社のような場の庭に天皇が現れる。その姿は平安時代から伝わる古式の装束で、冠を付けた神社の神主のようだ。庭の中央にある屋根だけの東屋のような場所へ移動し(ちなみにこの時期の都心の最低気温は約3℃)、そこに敷かれた畳の上で、皇室の祖先神が祭られている伊勢神宮、そして四方の神々に向かって、国の安泰や農作物の豊作を祈って拝礼を行う。

また新嘗祭と呼ばれる皇室祭祀の儀式には、天皇は純白の絹の袍(ほう)、純白の袴、底が桐でできた純白の靴、右手には笏(しゃく)という装束だ。天皇はその年に採れた米などの新殻を祖先神をはじめとする神々に供え感謝した後、自らも食すため、農耕民族の代表者という歴史的な性格が色濃く表れた祭りでもある。皇室祭祀の中では最も重要視され、稲の収穫祭を起源とする祭祀であるのだが、こちらは報道されないこともあり国民にはほとんど知られていない。

本書では1200年近く古式の装束として存在し、日本最高の正装として君臨してきた礼服に込められた意義から現代にまで広がっていったドレスコードの変相までを語る。礼服の存在が浸透されていない答えもここにあるはずだ。

著者は古代史と服装史における歴史学者・武田佐知子。紫綬褒章受章者でもある著者が、公家貴族の装束を専門とする津田大輔を推薦し共著とした一冊だ。

美麗な装幀を開けば、膨大な量の出典と貴重な図版から当時の天皇の礼服姿が浮かび上がってくる。例えば、「第三章 礼服とは何か」御即位大嘗祭絵巻図を眺めれば、群臣は白地に文様を表した衣装だが、対して天皇は白一色であることが読み取れ、目を丸くしてしまう。どうも純白というのは古来から共通した特別な色なのかもしれない。

さらに「第五章 天皇の礼服」では、宮内庁蔵の孝明天皇礼服の御大袖が掲載されており、その文様は日形・月形・龍といった定番パターンはもちろん、陰陽五行にみられる単体での山や火などもみられ、当時の集大成であるデザインも伺えて興味は尽きない。孝明天皇の装束は冕冠(べんかん)と呼ばれる中国に由来する冠を着用している。(1846年に即位)それは煌びやかなものだったろう。

ちなみに平安時代後期の讃岐典侍日記では、鳥羽天皇即位の礼服についてこう伝えている。

もろこしのかたかきたる障子の、昼の御座に立ちたる

見る心地よと、あはれに

もろこし=唐土。つまり天皇は当時、桃源郷にも思えた唐を描いた襖絵のようであったと漏らしている。

さらに本書では豊臣秀吉と徳川家康による即位礼の支援、相次ぐ宮中盗難事件など、古代から明治維新までの天皇即位と朝賀の舞台裏での歴史背景が交錯する様子がうかがえる。

歴代の天皇は何をまとってきたのか。日本人の意識から排除された正装を過去にたどれば、朝廷が日本の中に刻んできた歴史の一端に触れることができるかもしれない。読み応え充分な一冊だ。

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