『モンティ・パイソンができるまで ジョン・クリーズ自伝』 訳者あとがき

早川書房2016年12月21日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
モンティ・パイソンができるまで―ジョン・クリーズ自伝―
作者:ジョン・ クリーズ 翻訳:安原 和見
出版社:早川書房
発売日:2016-12-20
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

本書は、2014年にRandom House Books より刊行されたSo, Anyway... の全訳である。

ご存じの読者も多いと思うが、著者のジョン・クリーズは世界的に有名なコメディアンであり、彼の属していた〈モンティ・パイソン〉というグループが登場したのは1969年、《モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス》という英BBCのコメディ番組でのことだった。これは日本でも《空飛ぶモンティ・パイソン》と題して1976年以降に東京12チャンネル(現・テレビ東京)などで放映されているが、とにかく世界中で放映されて、コメディの概念そのものを革命的に変化させた番組として、いまだにテレビの歴史に、というより喜劇やお笑いという広いジャンルの歴史にその名を轟かせている。

とはいえ、なにしろ古い番組だから長らく伝説と化していたわけだが、技術の進歩のおかげで10年ほど前にDVD化され、いまでは簡単に観られるようになっているのはまことにありがたいことだ。当時の英国の有名な人物や出来事をネタにしている部分など、英国人でない私たちがいま観るとちんぷんかんぷんだったりもするのだが、それでもいまだに古さを感じさせないのはさすがというしかない。

この番組の稀有なところは言い出せばきりがないほどあるが、出演者6人全員の共同制作だというのもそのひとつではないだろうか。ひとりでアニメーション部分を作っていたテリー・ギリアムはべつとして、その他の脚本や演出は5人全員で話しあって作りあげていて、とくにまとめ役とかリーダー的なメンバーはいなかったそうだ。本書にもあるとおり、メンバーの個性はひとりひとりばらばらなのに、それでひとつの番組としてまとめあげて、毎週完成度の高いものを作っていたというのは信じられない気がする。そんなリーダー不在の〈パイソンズ〉だが、少なくともグループ結成にいちばん貢献したという意味で、本書の著者ジョン・クリーズはとくに重要メンバーだったと言ってもよいのではないかと思う。

本書はそんなクリーズの「半生記」──というより、「四半生記」と言ったほうがいいかもしれない。なにしろ〈モンティ・パイソン〉結成(このとき彼は30歳になるやならずである)までで話は終わっているのだ。「その後のことはみんな知ってるでしょ」というスタンスなわけだが、日本の読者にはそこまで知られていないかもしれないので、とりあえずここで簡単にその後の歩みをまとめておこう。

先にも述べたとおり、《モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス》の第1シリーズの放映は1969年に始まり、人気が出たおかげで第二シリーズが1970年にすぐ放映され、第3シリーズが72年、第四シリーズが74年に放映されている。人気の高まりを受けて映画も制作され、71年には『モンティ・パイソン・アンド・ナウ』、75年には『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』、七九年には傑作の呼び名も高い『ライフ・オブ・ブライアン』、83年には『人生狂騒曲』が制作された。そのかたわら、グループとして何度も国内外でライブ・ツアーをおこなっている。ただし、1989年にグレアム・チャップマンが癌のためわずか48歳で亡くなってからは、2014年復活ライブまで〈モンティ・パイソン〉としての活動はさたやみになっていた。

ジョン・クリーズ個人としては、本書でも「自分に得るところがないと思うとすぐに飽きる」という趣旨のことを書いているとおり、《モンティ・パイソン》が本格的に人気が出はじめた第2シリーズの途中でもう飽きてしまい、このころから個人としての活動に比重を移しだす。1972年にはアントニー・ジェイとともに〈ビデオ・アーツ〉社を設立して、ビジネスマン向けの教育ビデオを作りはじめている。《モンティ・パイソン》の第4シリーズには一度も出演せず(ただしコントはいくつか書いており、クレジットに名前は出ている)、1975年には妻で女優のコニー・ブースとシチュエーション・コメディの《フォルティ・タワーズ》というシリーズを作り、人気を受けて79年には第2シリーズも作っている。

また、心理セラピーを通じて知り合った精神科医ロビン・スキナーと共著で、1983年にはFamilies and How to Survive Them(家族関係とそれを生き延びる方法)を出版し、さらに続篇のLife and How to Survive It(人生とそれを生き延びる方法)も発表。そして1988年には、代表作ともいうべき映画『ワンダとダイヤと優しい奴ら』の脚本・主演をこなして成功させている。

その他、テレビ出演や映画の「カメオ出演(と言えば聞こえはいいがちょい役のこと、とクリーズは本文中に書いているが)」などはそれこそ書ききれないほどあり、新しいところでは『ハリー・ポッター』シリーズにも出ているが、手を出したさまざまな分野のすべてで成功を収めているのがクリーズのすごいところだ。

《フォルティ・タワーズ》のシリーズは、第1、第2ともきわめて完成度が高く、何度も再放送されていまだに英国シットコムの最高峰と言われているし、精神科医との共著は出版されて30年以上たついまも売れつづけているし、〈ビデオ・アーツ〉社の製品は数々の賞を受け、これでクリーズはだいぶ儲けたと言われているだけでなく、身売りはしたもののいまも立派に存続している。

もちろん『ワンダ』は傑作コメディ映画として評価が高く、助演のケヴィン・クラインはこれでアカデミー賞を受賞しているほどだ。クリーズが飽きっぽくなかったらどれだけすごいことをやったかと思わずにはいられないが、たぶんある程度やってひととおりやりかたがわかってしまうと、それ以上はやる気がなくなってしまう人なのだろう。もったいない──と思うのは凡人の悲しさか。

私生活のほうも簡単にご紹介しておくと、本書にあるとおり68年にコニー・ブースと結婚、71年には長女シンシア誕生。しかし78年には離婚して、81年にアメリカの女優バーバラ・トレンサムと再婚、84年には次女カミラ誕生。90年にはバーバラとも離婚し、92年にはアメリカの心理療法家アリス・フェイ・アイケルバーガーと結婚。本文中に何度か3人めの奥さんの悪口が遠回しに書かれているが、それはこのアリスさんのことである。それまでの二度の離婚はいずれも円満離婚で、もと奥さんたちとはいまもよい関係が続いているそうだが、このアリスさんと2008年に離婚したときには、多額の賠償金と扶養費を請求されている(それを支払うためと称して2011年には「前配偶者扶養料ツアー」を敢行、というのは本書にも書かれていた)。

しかしクリーズはめげることなく、2012年には英国の宝飾デザイナーでもとモデル(で32歳年下)のジェニファー・ウェイドと結婚。本書の謝辞の最後に「魚」とあるのは、このジェニファーさんのことである。なぜ魚なのかと言うと、とても水泳がうまい人なのだそうだ。2014年の復活ライブの成功のあと、クリーズは《テレグラフ》紙のインタビューを受けて、「真の愛を見つけていまとても幸福だ」と答えている。前の3人の奥さんたち(まあアリスさんはべつとしても)やふたりのお嬢さんたちの立場はどうなるのかと思わないでもないが、今年77歳になったクリーズが幸福なら一ファンとしては喜ばしいかぎりである。

本書では、そんな「天才」クリーズがどんな子供で、どんなふうに育ってきて、どんな青春時代を過ごしたかが軽妙な筆致で書かれているわけだが、なにしろ書いているのがクリーズだから、なにも知らずに読んでもめっぽう面白い。英国の学校制度のユニークさもあちこちでうかがえるし、私立小学校の校長先生の描写などはおみごとと言うしかない。

あちこちでコメディの創作や演技に対する分析や洞察が書かれているのも興味深いが、あまり深く踏み込まず、ちょっと思いついたから書いておく、と言わんばかりにあっさり片づけているのもなんだかクリーズらしい気がする。けっして自慢せず、しかし過度に謙遜もしない絶妙なバランスの記述に、ジョン・クリーズの賢さと人柄のよさがにじみでているように思う。

また、グレアム・チャップマンとの思い出話など、チャップマンがアル中になって大変な思いをするのはもう少しあとのことだからかもしれないが、歳月に洗われて「幸福な思い出」だけが強く心に残っているように感じられるのも、ファンとしてはうれしいところではないだろうか。

最後にひとつ付け加えておくと、これは多くの読者にはたぶんどうでもよいことだろうとは思うのだが、ダグラス・アダムスの『銀河ヒッチハイク・ガイド』に出てくる「42」の理由について、本書でクリーズが簡単に推測を書いているのが訳者としてはひじょうに興味深かった。

あるコントで、グレアム・チャップマンが叫んだ「賛美歌42番!」から来ているのではないかとクリーズは書いているのだけれども、ダグラス・アダムス自身は、なんとジョン・クリーズが出典だと言っているのだ。これについては拙訳書『銀河ヒッチハイク・ガイド』のあとがきにも書いてしまったのだが、〈ビデオ・アーツ〉社でクリーズが作っていたビデオで、客をほったらかして計算に熱中しているだめな窓口係が、やっと計算の答えが出て最後に「42だ!」と叫ぶという……ほんとうのところはどうだったのか、アダムスもチャップマンも亡くなってしまっているので確かめようがないのは残念なことである。 

2016年11月

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら

人気記事