『プーチンの世界 「皇帝」になった工作員』プーチンに備わった6つのペルソナを読み解く

鰐部 祥平2017年02月08日 印刷向け表示
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プーチンの世界
作者:フィオナ ヒル 翻訳:濱野 大道
出版社:新潮社
発売日:2016-12-12
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ウラジミール・プーチンという政治家は多くの謎に包まれた男である。ユーラシア大陸にまたがる大国を長年にわたり統治し、欧米の価値観や政治スタンスとは一線を画す事により、周辺地域に大きな影響力を与え続けてきた。この男が何を考え、どのような世界観を持っているのか。大国ロシアを動かすプーチンを知ることは、明日の世界を知るために欠かすことのできないことである。

しかし、プーチンという人物を知るには多くの困難が伴う。なぜなら、クレムリンが発するプーチンの情報は戦略に基づいて構築されたものだからだ。プーチンは自らの情報を巧みに操作する事により、西側諸国の政治家を翻弄してきたのだ。

著者であるアメリカのアナリスト二人は、そんなプーチンの情報のベールを周辺人物の取材や、オープンソース情報を丹念に解析する事により、パイの薄皮を一枚、また一枚と剥ぎ取るような慎重さでその実態に迫ろうとする。

本書は二部構成になっており、第一部はソビエト崩壊により大混乱に陥ったロシアの状況と、それをコントロールする事ができなかったエリツィン政権の失態の中でプーチンが何を経験し何を考えたかに迫る。そして彼が生い立ちとキャリア形成の途上で獲得してきたペルソナを六つに絞り、その一つ一つを細かく分析していく。そのペルソナを基にして築かれたプーチンの統治システムの細部を見ていく。

第二部ではプーチンがクレムリンの支配者として君臨してから現代までの期間に起きた様々な政治的危機にプーチンがいかに対処したかを分析し、その過程で六つのペルソナがいかに作用したかを見ていくことになる。

では、著者達が分析したプーチンの六つのペルソナとはどのようなものか。第一は国家主義者、第二が歴史家、第三はサバイバリスト、第四がアウトサイダー、第五が自由経済主義者、そして第六が諜報員としてのキャリアが築いたケース・オフィサーだ。これらのペルソナはプーチンの生い立ちに深く根ざしたものもあれば、キャリアを積む過程で獲得されたものもある。

例えばサバイバリストとしてのペルソナはプーチン個人および、ロシア人の歴史に深く根ざしたものだという。プーチンの家族は代々サンプトペテロブルクに居住してきた。この町は第二次世界大戦中にドイツ軍に包囲され、辛酸をなめている。レニングラードの戦いだ。この包囲戦では戦闘や飢え、厳しい寒さで150万人の民間人が死んだともいわれている。この死亡者のリストの中にプーチンの兄も含まれているのだ。またロシアの歴史は政策のミスと厳しい自然環境の相乗効果による飢饉に度々見舞われている。これらの環境が、プーチンを常に危機に備える人間に作り上げている。

このペルソナに基づきプーチンは戦略的備蓄を重要視している。2001年にはKGB時代の親しい同僚アレクサンデル・グリゴリエフを国家備蓄局の長官に任命。彼は外貨から穀物、テント、軍事物資、家畜の飼料までとあらゆる資材を備蓄させている。同局はロシア国民全てが最大で3ヶ月間聞き延びることができる食料と燃料、衣類、薬品を備蓄している。度重なるアメリカ、およびヨーロッパ諸国による経済制裁や世界恐慌をプーチンが意にも介さないのは、貿易国の多角化とのみならず、この戦略的備蓄によるところが大きい。

ちなみにこの戦略のたたき台としては「真の戦略的計画の本質とは長期計画ではなく、不慮の事態や予期せぬ出来事に対する計画である」とする米国のウィリアム・キングとデイヴィット・クレランドの著作に影響を受けたのではないかと著者達は推論している。

ロシアを再び偉大な国家にすると語ってきたプーチンは国家主義者として分離独立派や欧米の干渉と常に戦い続けてきた。しかしプーチンが希求する偉大なロシアとは多民族国家であり、多宗教国家である。ロシア正教を国家の中心に据えつつも彼はあらゆる民族をロシアの旗の下に集わせようとしてきた。つまり彼は国家主義者ではあるが民族主義者ではないということだ。彼は常に民族主義を巧みに利用しながらも、彼らが強い力を持たないように常に細心の注意を怠らないようにしている。

ソビエトの崩壊により国家が急速に力を失い、国民を統合する国家思想が消滅した90年代のロシアでは、新たな国家の思想を求める運動が起きた。この中でロシアの美徳を取り戻そうという動きが生まれるのだが、プーチンは称揚される「ロシア思想」の中でも民族主義が口にする「ルスカヤ・イデア」と、民族性を排した「ロシイスカヤ・イデア」を常に明確に区別しスピーチを行っている。ロシア民族の思想を国家神話の中心に据えてしまえば非ロシア系のロシア人が排除されてしまうからだ。

このプーチンの成果は、2014年のウクライナ問題の際に目に見える形で結実している。かつて分離独立を掲げたためにプーチンにより激しい攻撃を受けたイスラム系のチェチェン人の多くが「ロシア民兵」としてウクライナで戦っていたのである。彼らは「ルスカヤ・イデア」によって愛国心を感化されたのではない。プーチンが区別し育てあげた「ロシイスカヤ・イデア」によってロシア人としてのアイデンティティを身につけたのだ。

第二部ではプーチンが様々な危機の中で何を考えどのように行動したかを分析している。特に重要なのが、プーチンがいかなる世界観を持っているかという点だ。プーチンはKGB時代に東ドイツに赴任しておりドイツ語も堪能だ。その洗練された外見とあいまってヨーロッパ的な視点を持っているように考えがちだが、それは非常に危険な事だ。

東ドイツ出身のメルケル首相はプーチンのことを「プーチンはいまだに別の世界に住んでいる」と評したという。この意識のズレがNATOの拡大やアメリカのミサイル防衛計画、また東欧各地で発生した「色の革命」に対するプーチンの過剰な反応と、欧米諸国に対する敵対行動に結びついているのである。プーチンはこれら欧米の外交戦略や色の革命を軍事力以外のあらゆる手段を行使して戦う21世紀型の戦争と位置づけ、ロシアが欧米諸国から攻撃を受けていると解釈しているという。第二部はたっぷりと字数を割いてこの点を分析している。しっかりと読み込めば、プーチンが今日までとってきた行動や政治的決断の中にどのような意味が含まれていたかがはっきりと見えてくる。

国家主義的で強権的な政策を打ち出すプーチンに対し欧米諸国の人々は警戒感を持ちつつも、いずれは行き詰まり失速するだろうと、なかば期待感をこめつつ評論してきた。しかし、彼は度重なる危機に見事に対処し、そのたびに権力基盤を強固なものにしてきた。本書での述べられているように「彼は非常に複雑な人間」であり、薄っぺらなレッテルを貼ってプーチンを理解した気になるべきではないのだ。プーチンとう希代の政治家を深く理解するために本書は必読の書である。また、オープンソースを使いプーチンという人物の人格を一つ一つ分析していく手法はかつてプーチンが属した諜報の世界の常套手段でもあり、その過程での知的作業は読者にも相応の知的興奮を与えるものである。ビジネスマンから学生諸子にいたるまで多くの人に手にとって欲しい作品だ。 

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