『中南米野球はなぜ強いのか』中南米諸国の取材を通して浮かび上がる、日本野球の欠点

首藤 淳哉2017年04月01日 印刷向け表示
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待ちに待ったプロ野球が今年も開幕した。生まれて初めてプロ野球選手を間近で見たときの興奮はいまでもおぼえている。季節は春。小学生だったぼくは、新大分球場の外野の芝生席で、ある選手の一挙手一投足に目を奪われていた。目の前のフェンスには、その選手のウインドブレーカーがかけられていた。

やがて彼がこちらにやってきた。すごいオーラだ。「いい汗かいちょるね!」と横にいたおっさんファンが声をかけると、その選手はニカッと笑ってこう言ったのだ。「この汗が銭になるんや」

純朴な野球少年は、そのひと言に一発でしびれてしまった。その選手の名は、通算317勝を誇る名投手・鈴木啓示。もちろんその時もらったサインに添えられていた言葉は、「草魂」だ。いまから35年以上前の話である。

あの頃の選手は、どこか浪花節が似合う風情だったが、いまではずいぶん様変わりした。2月にキャンプ地を取材した際、何人かWBCに出る選手にお目にかかる機会があったのだが、みなスマートでカッコいいし、鍛えあげられた体躯は、野球選手というよりも「アスリート」という言葉のほうが相応しい。

だが、プロ野球界の変化は選手のスタイルだけにとどまらない。いま野球界全体がグローバリズムの波に洗われていることをご存知だろうか。その震源地となっているのはカリブ海。世界の野球シーンで中南米諸国の存在が必要不可欠になっているのだ。

先日のWBCで中南米諸国が見せた強さは記憶に新しい。メジャーリーグ(MLB)ではいまや選手全体の2割を中南米出身者が占めるというし、日本のプロ野球(NPB)でも12球団すべてにラティーノが所属している。

『中南米野球はなぜ強いのか』は、ドミニカ、オランダ領キュラソー、キューバ、ベネズエラといった中南米諸国を足掛け4年にわたって取材し、なぜこの地域から優秀な選手が次々に輩出されるのかを解き明かした労作。中南米諸国の野球事情についてここまで詳細に書かれた本はこれまでなかった。まさに野球ファン必読の一冊だ。

昨シーズンのNPBを振り返るだけでも、いかに中南米の選手が活躍しているかがわかる。セ・リーグでは、ベネズエラ出身のロペス(DeNA)が34本塁打(リーグ3位)、キュラソー出身のバレンティン(ヤクルト)が31本塁打(同4位)を記録。パ・リーグに目を向けると、ベネズエラ生まれのメヒア(西武)が103打点(リーグ3位)、キューバ出身のデスパイネは92打点(同5位)を叩き出している。

選手だけではない。外国人選手として史上初めて2000本安打を記録し、球団発足以来、チームを初のクライマックスシリーズ出場に導いたDeNAのアレックス・ラミレス監督はベネズエラ出身だ。

常夏の大地でのびのびと育った彼らは、ズバ抜けた身体能力と、ラテン特有の陽気なマインドを兼ね備えている。そんなラテンアメリカの選手にNPBで最初に目をつけたのは広島カープだった。ドミニカ共和国にカープアカデミーが誕生したのは1990年。資金力で他球団に劣るチーム事情をカバーするため、現地で選手を育成しようというこの試みが一定の成果を挙げたことで、2000年代に入ると他の球団もカリブ海諸国から選手を補強するようになった。

この一連の流れのなかで、現地にもっとも深く食い込んだのが、今シーズンから中日ドラゴンズの指揮をとる森繁和だ。ドミニカ共和国と太いパイプを築き、そこを糸口に中南米諸国はもちろんのこと、いまやMLBにまでひろがる人脈を持つという。

ドミニカで森が発掘した選手の中に、かつて中日に在籍したマキシモ・ネルソンという投手がいた。彼をテストした時のエピソードが凄い。約束の時間になってもなかなか現れないネルソンを待っていると、サトウキビ畑をガサガサとかきわけて裸足で出てきて、アップもしないまま、いきなり151キロのボールを投げてみせたという。ドミニカにはそんなダイヤの原石がゴロゴロしているのだ。

中南米諸国のなかで、ドミニカからはもっとも多くのメジャーリーガーが誕生している。現在、MLBの30球団が現地にアカデミーを構えているという。当地で10月から1月にかけて行われるウインターリーグは、現役メジャーリーガーも参加するほどレベルが高いことで知られ、2015-2016年のリーグには、侍ジャパンの4番を務めた筒香嘉智選手(DeNA)もオフを返上して参加している(その武者修行の成果かはわからないが、筒香選手は昨シーズンついに覚醒し、本塁打と打点の2冠を獲得した)。

だが眩しい太陽の光は、ひときわ濃い影もつくりだす。人口10万人あたりの殺人率でみると、ドミニカは24.2人。アメリカが4.4人、日本が0.4人であることを考えると、いかに治安が悪いかがわかるだろう。

しかも国民の半数が月収400ドル以下で暮らす貧困層である。野球はそんな貧しさから脱出するための数少ない手段のひとつになっている。

MLBのアカデミーが多いのも、必ずしも選手の能力が高いことだけが理由ではない。ドミニカ共和国では、MLBのアカデミーの税金を免除することでアメリカからの投資を呼び込んでいる。だが、毎年400人ものドミニカ人がMLB球団と契約する一方で、頂点のメジャーにまでたどり着けるのは全選手のうちわずか2%に過ぎないという。

それにしても本書の情報量は凄い。ドミニカ共和国だけでも一冊のノンフィクションにまとめられるくらいだ。MLBで首位打者を獲得し、95年にボビー・バレンタイン監督とともに千葉ロッテにやってきて大活躍したフリオ・フランコの貴重な直撃インタビューもある。現地で「フランコが牧師になったらしい」という風の噂を聞きつけ、著者はその行方を追う。面会がかなって、フランコの口から語られるのは、日本野球から得たスピリチュアルな気づき、そして超一流のメンタル術の話で、とても読み応えがある。「フランコ懐かしい!」というファンは、ぜひその肉声を本書でお読みいただきたい。

本書を読んで意外だったのは、中南米諸国で実にきめ細やかな指導が行われていることだ。恵まれた身体能力に丁寧な指導が加われば鬼に金棒だろう。日本が追い抜かれるのも時間の問題かもしれない。天然芝の特性を考慮して基礎的な守備練習を繰り返しているのをみて、著者が人工芝に慣れた日本のプロ野球の今後に懸念を表明しているところなど思わずハッとさせられた。もちろん本書が書かれたタイミングは、WBCアメリカ戦の、あの痛恨のシーンよりも前だ。

中南米諸国の取材を通して浮かび上がるのは、皮肉なことに野球先進国であるはずの日本の欠点である。中南米諸国にあって日本にないもの。それは「戦略的な視点から全体を統括するシステム」とでも呼ぶべきものだ。長期的な視野に立って選手を育成するという視点のない日本では、延長15回と引き分け再試合をひとりの高校球児が投げ抜くような事態が当たり前のように起きる(しかもそれが美談として報じられる)。

わが国で野球人口が減少し続ける一方、世界で中南米諸国が台頭してきているのはけっして偶然ではない。その理由を著者は、肌を焦がす彼の地の太陽と同じような熱量で教えてくれる。それが本書のいちばんの魅力だ。

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