介護のひきだし 『がんばらない介護』

吉村 博光2017年04月09日 印刷向け表示
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がんばらない介護
作者:橋中 今日子
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2017-03-17
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混み合う地下鉄でふと頭上を見上げると、週刊誌の中吊り広告が2つ並んでいる。芸能ゴシップや政界スキャンダルなどの見出しに交じって、こんな見出しが目についた。「認知症になりやすい住宅」(週刊文春4/13号)、「団塊絶壁!第1回ボケへの恐怖」(週刊新潮4/13号)部数が伸びるのだろうか。高齢化が、私たちに重くのしかかっているのを感じた。

本書『がんばらない介護』は、認知症の祖母、重度身体障害の母、知的障害の弟の家族3人を21年間にわたって1人で介護してきた著者がまとめた本だ。自ら介護をする傍ら、「介護に疲れた時、心が軽くなるヒント」というブログを立ち上げ、3年間で500件にのぼる介護の悩みを受けてきたという。シンプルな装丁の美しい本だが、じつは著者の汗と涙がつまった凄い本なのだ。

そんな著者が、多くの経験を経てたどり着いたのが、この「がんばらない介護」という言葉だ。介護者なら誰しも、頑張らなければ、きっと誰かに後ろ指をさされるに違いないというストレスを抱えているだろう。介護当事者がつまずくこのポイントを知り尽くした著者は、そのプレッシャーから脱け出して欲しいと願っているのだ。

「がんばらない介護」をするには、次の3つを心がけてください。
・ 1回ですべてを解決しようとしない
・ 1人で解決しようとしない
・ 家族の中だけで解決しようとしない  ~本書より

本書は、精神論だけが書かれているわけではない。むしろ、「がんばらない介護」を実践するための実践的な知識がたくさん詰まっている。例えば、介護を始める時にまずどこに相談すれば良いか、皆様はわかるだろうか。答えは、地域包括支援センターである。本書では、一番初めにこのことについて触れている。

その次に紹介されているのは、介護認定についてである。この区分が決まらないとケアプランが立てられない。でも、調査のときだけ良い状態になり、実際より低く認定されるのは良くあることらしい。そんな時、平時からの記録が意味を持つという。この認定次第で介護者の負担は大きく違ってくる。制度説明の本とは違い、この辺が非常に実践的で役に立つ。

制度を活用し、外部の力を借りることは「がんばらない介護」の基本となる考え方である。しかし、当事者になってみると、これがなかなか難しい。進め方がわからず、一歩進んで二歩下がるような状況になることもある。本書は、著者の経験によって知りえた具体的な事例を豊富に盛り込むことで、当事者になってみないとわからない難しさを見事に表現している。

事例として紹介されているのは、「脳梗塞で倒れた母親の介護を3年間続けたが、疲れ果ててしまった」「親子二人きりの生活で悩みを打ち明けられる相手がいない」「3人兄弟のなかで一番可愛がられなかった自分が介護を担うのが理不尽」「認知症が出始めた母と同居しようかどうか迷っている」といったケースだ。育児とのダブルケアや、学生時のヤングケアによって貧困が生まれるケースなどにも触れている。

テレビや雑誌で断片的な知識を仕入れるのも良い。しかしこれからは、このような本が、一家に一冊必要な時代である。介護制度が複雑すぎて理解できない、などの話しもよく聞く。老々介護の場合は、なおさらだろう。本書のような本で、一通りの予備知識を身につけておくことは将来のための財産になるし、いま頭上にある、漠然とした不安を解消することにもつながる。

著者は、21年間の介護経験だけでなく、500件にのぼる相談に親身になって答えてきている。当事者だから、介護のプロという表現は当たらないかもしれない。しかし、それ以上に頼りになる存在だ。この場合はこれ、という問題解決のひきだしの多さには、正直、驚かされた。現場から生まれたその心得と知識。NHKなど、テレビやラジオでも活躍中という。

介護に関する知識と言えば、その重要性を実感した出来事が私にもあった。当初、我が家ではバスタブに介護用リフトをつけ、脚が不自由な母に入浴してもらっていた。本人にとっても、家族にとっても重労働だった。やがて、子供が大きくなると手狭になったため、ケアマネジャーに相談した。現在は、すべてデイサービスのお世話になっている。本人も満足げだ。

「介護のために、仕事や学校を辞めなくてもよい」というのもまた、本書の大きな柱の一つである。制度といえば企業側も、職員の健康を守り介護離職を防ぐために、様々な制度を整備しつつある。人事に問合せてその知識を深め、当事者はその活用を進める必要がある。後進のためにも、使うべき境遇にある人は我慢せず自ら率先して臨むべきだろう。これもまさに、「がんばらない介護」の類型である。

その点に関連して、「はじめに」で紹介されている著者自身のエピソードを引用したい。我慢を重ねた後、上司から「これ以上迷惑をかけたら辞めてもらう」と言い渡された時、著者はようやく自分が置かれた状況を話す決心をしたという。

「父が亡くなってから、1人で家族3人を支えてきました。働いているのは私だけなので、仕事を辞めるとお金に困るんです」
と今まで恥ずかしくて言えなかった家族の事情を伝えたとき、怒りでこわばっていた上司の表情がゆるみました。そして、こう言葉をかけてくれました。
「何がどう大変なのか、言ってくれないと僕たちはどう助けていいかわからないんだよ。もっと周囲を信頼して相談しなさい。もっともっとまわりの人を頼りなさい」~本書より

介護をめぐる痛ましい事件は、後を絶たない。本書を読む前に、私は『介護殺人』というルポルタージュを読んだ。多くの場合、加害者は追い詰められて「うつ」あるいは「身心耗弱」の状態にあったという。追い込まれる人の多くは、良き人、正しき人なのではないだろうか。悲劇を防ぐためにも、「がんばらない介護」という言葉が、もっともっと広がってほしいものだ。

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