『人はなぜ物語を求めるのか』物語との、虫のいい付き合い方

峰尾 健一2017年05月03日 印刷向け表示
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人はなぜ物語を求めるのか (ちくまプリマー新書)
作者:千野 帽子
出版社:筑摩書房
発売日:2017-03-06
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本書は物語論(ナラトロジー)と呼ばれる研究分野の視点から、人はいかに物語によって世界を理解しようとしているのかを説く一冊だ。

物語論の一部門である「筋(プロット)」研究には、「それなりに人間学的な背景があります」と著者は言う。本書では旧約聖書から桃太郎に至るまで、古今東西の様々な物語とその分析が引用され、さらには認知心理学や神経科学などの知見にも触れながら、幅広い例とともに、私たちと「ストーリー」との密接な関係を描き出す。

著者はいくつかのポイントに着目しながら、いかに私たちが「物語化」することを通して目の前の出来事に意味を与え、世界を認識しているかを示していく。

まず大きく書かれているのが、「因果関係」について。たとえば、前後関係が因果関係にすり替わってしまうようなことがある。「Aが起こった後に、Bが起こった」というのが「Aが起こったから、Bが起こった」に変換される、といったことだ。年表や履歴書の経歴欄のように味気ないストーリーも、因果関係が加われば、よりなめらかになる。「なめらか」だと感じるのは、因果関係が明示されることで、その事柄が「わかった」という気になるからだ。

ストーリーとともに作動しがちな思考の枠組みのひとつとして、「道徳」についても著者は言及する。因果応報や勧善懲悪など、道徳的なストーリーの型が古今東西にわたって見られるのは、そうした図式が人間の心の奥底に巣食っているからだというのだ。

その説明として、様々な研究が引用されている。心理学者ポール・ブルームの研究によれば、人間には、赤ちゃんの時点ですでに「人を邪魔する人よりも、助ける人の方を好きになる」という心理が芽生えているそうだ。また、動物行動学者のフランス・ドゥヴァールの研究によると、人間以外にも、霊長類の一部に道徳感情が見られるという。

世界は公正である「べき」という道徳性に、ストーリーの図式が組み合わさるとどうなるか。見えてくるのは、物語化の負の側面である。悪い出来事が起きた際に、「こうなった原因が必ずあるはずだ」と犯人探しが自然に始まってしまうのも、因果応報という物語の型が私たちの中に根付いているためだ。「人間は、因果応報という道徳的な収支決算の合った世界を夢想」しているという書き方がされており、言い得て妙だと思った。

このような場合に、「ストーリーが人間を苦しめる」と著者は言う。悪い出来事が起こった理由を見つけ出すことで、頭の中でストーリーがつながり、「納得」する。それが本当の原因かどうかは別として。

原因を自分自身に求めれば「自分がダメなせいだ」と落ち込み、他者に求めれば「おまえのせいだ」と怒りが湧いてくる。自責であれ他責であれ、根っこは同じところからきているのだ。

では、ストーリーによる苦しみを和らげるためには何ができるのだろう? 著者はこう語る。

 

ストーリーのせいで苦しむのは、自分が「物語る動物」だという自覚がないからなのです。

 

「物語る」ことから人は解放されない。ならばせめて、そのことを自覚する。本書で繰り返し訴えられているのは、こうした自覚の重要性だ。

 

「人間は物語る動物である」ということを自覚することで、ストーリーのフォーマットが悪く働いて自分が苦しい状況に陥る危険を減らし、あわよくば「ストーリー」のいいとこだけを取って生きていきたい。僕はそういう虫のいいことを考えています。

 

物事はとらえ方次第だとはよく言われるが、心が平常運行ならまだしも、悪いことが重なって不安定な時に、そうした柔軟な考え方ができるとは限らない。著者自身も、ストーリーの負の面に苦しめられた経験について書いていて、虫のいいことを考え続けて色々なことがラクになるまでには、5年以上かかったと振り返っている。

本書を読んで、私たちがいかに物語る動物であるかを実感したとしても、怒りや落ち込みといった感情がなくなるわけではない。ただ、そうした感情が肥大するのを食い止める、ブレーキの効き目は良くなっていくはずだ。

ストーリーは苦しみを生み出すこともあると同時に、喜びの源泉でもある。「物語のない人生なんて!」とはまさにその通りだと思うし、物語る力が人から奪われたとしたら、それこそ悲劇でしかないだろう。

喜怒哀楽のグラデーションのうち、どの部分を膨らませるか。物語化の仕方は、ある程度選択できるということ。その類の話は言い古されているような気もするが、物語論という切り口からそこへ落とし込むアプローチの妙によって、本書には不思議な説得力と新鮮さが宿っている。

巻末にある読書案内も丁寧で、「どの本に、どういうヒントをもらったか」まで簡潔に書かれており、参考文献の列挙にはないなめらかさがある。挙げられているのは小説や物語分析の本だけでなく、哲学、宗教、心理、生物、具体的に苦しんだ人たちのライフストーリーを綴ったものまで幅広い。

読んでいて、自分で自分を追い詰めていたような場面が思い出され、穏やかに読めないところもあったりするのだが、そんな部分も含めて、まずはストーリーの威力を知るということから始まるのだろう。読む前よりも気分は軽く、ハートはしぶとくなったような気がする。読後、そんな調子のいいストーリーが、頭の中に広がった。 

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