『ダイエットの科学』 ダイエットを始める前に先ず読むべき一冊

村上 浩2017年05月12日 印刷向け表示
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ダイエットの科学―「これを食べれば健康になる」のウソを暴く
作者:ティム・スペクター 翻訳:熊谷 玲美
出版社:白揚社
発売日:2017-04-28
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ダイエットは現代人の最大の関心事の一つだ。多くの国で肥満が野火のように広がっていくに連れ、ありとあらゆるダイエット方法が世界中で発明されてきた。あまりにも大量のダイエットが開発されたため、その中から相反する2つを見つけるのは難しいことではない。脂肪の摂取を控えるべきだと訴えるダイエットもあれば、脂肪は好きなだけ摂ってよいというものもある。三食を規則正しく食べることを推奨する方法もあれば、一日一食の方がより健康的なのだと謳うものもある。一体全体、わたしたちはどのようなダイエットをするべきなのか。

ロンドン大学キングス・カレッジ遺伝学教授である著者ティム・スペクターは、巷にあふれる多くのダイエットが神話に過ぎないことを、科学の力で明らかにしていく。政府が推奨する公的な栄養の摂取量ですら、そのほとんどには明確な根拠がないというのだから、どれほど裏付けのない手法が流布しているかは推して知るべしである。

本書は脂肪・糖質・ビタミンなどの栄養素の働きから、腸内微生物と代謝の関係や進化と食事の相互作用まで、実に幅広い分野をカバーしている。そして、それぞれの分野で何が科学的に明らかで、何が不確実なのかを丁寧に切り分けながら議論を進めていく。多くの科学論文をベースに展開されていくものの、著者の体験談やあっと驚く事例が数多く参照されているので、楽しい読書体験と伴にあやしいダイエットから身を守るための知識を得ることができる。ダイエットに興味のある人が先ず読むべき、決定版的な一冊だ。

科学の力を用いてあらゆる角度からダイエットの真実に切り込んでいく本書ではあるが、どれだけじっくり読み込んでも、この本から「誰でもすぐに痩せられる方法」を見つけることはできない。むしろ、著者はそんな魔法は存在せず、夢のような宣伝文句からは距離を置くべきだということを教えてくれる。さらには健康的な食事、健康的な生活とはどのようなものかについて、改めてじっくりと考える機会までも与えてくれるのだ。

なぜ、ある人には有効だったダイエットが別の人には効果を示さないのか。そのヒントは、わたしたちが持つマイクロバイオームの違いにある。マイクロバイオームとは、個々人に固有の微生物コミュニティのことであり、その大半は大腸に存在する腸内細菌である。そして、腸内細菌の種類の違いは、たとえその差が小さなものであっても、健康状態に大きな違いをもたらす可能性があるという。

腸にすむ細菌のDNAを調べれば、人間の二万個の遺伝子すべてを調べるよりも、その人の肥満度をはるかによく予測できる。

わたしたちは、思っているよりも大きく異なっている。遺伝や腸内細菌の違いが食事の好みから空腹感に対する耐性にまで大きな差をもたらすことを知れば、ダイエットに失敗した人の意思の弱さを責めることはできなくなり、これほど多様な人類全てにあてはまる唯一のダイエットなど存在しないことが実感されるはずだ。何しろ、著者等による双子研究によれば、甘いものに対する選好の50%、21歳以降に運動を好むか否かの70%程度は遺伝子によって決まるというのだ。

ダイエットをめぐる言説が混迷を極めているもう一つの理由は、この分野の謎に科学の光が十分に当てられていないところにある。「栄養学の分野では、外部資金を獲得しているような大規模な共同研究や共同プロジェクトがほとんど見られ」ず、「研究水準はほかの研究分野に比べるとかなり遅れている」というのである。重要な要素であるはずの遺伝子の影響が、栄養学では考慮されていないことも多い。著者は世界最大規模の双子研究である「UKツイン・レジストリ」を指揮する疫学と遺伝学の専門家なので、従来の研究に欠けていた要素を補いながら、ダイエットにまつわる未知と既知により明快な境界線を引いていく。その過程では、未知の現象にはどのように向き合うべきか、どのようなデータを信頼すべきか、データを基にどのようにロジックを組み上げていくかという科学的思考を存分に追体験できる。

近年もっとも槍玉に挙げられた栄養成分は脂肪だろう。1955年に米国大統領アイゼンハワーが心臓発作後に実施した低コレステロール食が反・脂肪キャンペーン流行のきっかけの一つだという。しかしながら、脂肪の全てが悪者というわけではなかった。70年代、80年代の「専門家のアドバイス」に従ったアメリカ人、イギリス人は肉やフレッシュチーズの代わりにマーガリンやプロセスチーズの乗ったピザに飛びついた。この選択が誤りであったことは、今ではかなりの確度で確かめられている。本書では、「総脂質」、「飽和脂肪酸」、「不飽和脂肪酸」、「トランス脂肪酸」と4章に亘ってじっくりと脂肪について議論されている。健康診断のコレステロール値が気になるようであれば、ここから読み始めるのも良いだろう。

本書を読み進めていてくと、人類はまだまだ人体について知らないことだらけであることが痛感される。繰り返しになるが、明確に良い、悪いと言い切れる食品は多くはない(マルチビタミンサプリメントのように、高い信頼性の大規模調査で、有効性が一切ないことが確かめられているものもある)。この不明瞭さを切り開くかのように、今後も新たなダイエットが次々と生み出され続けていくことだろう。この本は、そんな情報の渦に巻き込まれないための指針を与えてくれる。

失われてゆく、我々の内なる細菌
作者:マーティン・J・ブレイザー 翻訳:山本 太郎
出版社:みすず書房
発売日:2015-07-02
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こちらはマイクロバイオームに関する決定版。この本の著者も『ダイエットの科学』を「第一級の教育的書籍」と賞賛している。レビューはこちら

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)
作者:伊藤 公一朗
出版社:光文社
発売日:2017-04-18
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膨大なデータの山から、どのように因果の輪を抽出するかについて、複雑な数式を用いることなく分かりやすく解説してくれる。更に深く知りたい読者のための参考図書紹介も充実している。

火の賜物―ヒトは料理で進化した
作者:リチャード・ランガム 翻訳:依田 卓巳
出版社:エヌティティ出版
発売日:2010-03-26
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火の使用が栄養吸収の効率化と脳の巨大化をもたらしたとする説を提唱した著者による一冊。食や人体進化に関する本では必ずといってよいほど引用される。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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