『大学病院の奈落』変われない病院の体質が、惨劇を生み出した

首藤 淳哉2017年09月06日 印刷向け表示
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大学病院の奈落
作者:高梨 ゆき子
出版社:講談社
発売日:2017-08-25
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森友学園と加計学園をめぐる問題に揺れた今年の通常国会で、ある重要法案が可決・成立したことはあまり知られていない。特定機能病院の安全管理を強化する改正医療法である。大学病院のような高度医療を担う病院は、医療安全対策も高水準でなければならないという方針が、法律として明文化されたのだ。

改正のきっかけとなったのは、読売新聞のスクープ記事だった。
<腹腔鏡手術後8人死亡 高難度の肝切除 同一医師が執刀 群馬大病院>
2014年11月14日最終版一面の見出しは衝撃的だった。

北関東屈指の医療拠点として知られる群馬大学病院で、2011年から2014年に腹腔鏡を使った高難度の肝臓手術を受けた患者100人のうち、少なくとも8人が死亡していることが判明したというのだ。記事は、8人を執刀したのはいずれも第二外科の同じ医師で、これらの手術は事前に病院の倫理審査を受ける必要があったにもかかわらず、申請されていなかったことも伝えていた。

読売新聞は四半世紀にわたって「医療ルネサンス」を連載するなど医療関連記事では定評がある。まさに「医療の読売」ならではの渾身のスクープであった。

当時、朝の情報番組を担当していたため、この記事を目にした時の衝撃をよくおぼえている。あわてて医療関係者に連絡をとりながら頭をよぎったのは、「8人もの患者が亡くなっているということは、医師による意図的な行為だったのか?」という疑問だった。

腹腔鏡手術は、腹部に数箇所小さな穴を開け、切り口から細いカメラや手術器具を挿入して行う手術だ。臓器の切除や縫合もモニター画面に映し出された映像をみながら行われる。開腹手術のように腹部を大きく切り開くことがないため、体への負担が少ないとされ、すでに大腸や胃ではポピュラーな手術になっている。

だがその後、この医師は、開腹手術でも10人の患者を死なせていることがわかった。死亡率は実に12%近く。全国で行われた外科手術を登録するデータ・ベースをもとにした肝臓の開腹手術の術後3ヶ月以内の患者死亡率によれば、比較的リスクの高い切除方法に絞ったデータでさえ4%だというから、これは異常な高さである。

問題の医師は大学での立場は助教(かつての「助手」に相当)だが、診療現場では、第二外科の消化器を担当する中心人物で、なかでも肝臓や胆嚢、膵臓の領域を専門としていた。

次々と信じられないような事実が明らかにされていった。腹腔鏡手術で死亡した8名が受けたのは、まだ安全性や有効性が確立していない研究段階の治療法であったこと。にもかかわらず患者と家族に対して安全性について十分な説明がなされておらず、むしろ手術に積極的に誘導するかのような姿勢が病院側にみられたこと。カルテの記録が杜撰だったこと。通常は手術後に患者が亡くなった場合に行われる死亡症例検討会が行われた形跡がなかったこと……。これを大惨事と呼ばずしてなんと言おう。

決定的に恐ろしい事実は、執刀医の技術がきわめて未熟だったことだ。遺族を支援する弁護団がこの医師の手術映像を独自に専門家に検証してもらったところ、「(執刀医の)手技はかなり稚拙」「相当下手。術野も出血で汚染されており、血の海の中で手術をしているような状態」「無用に肝臓に火傷させるなど愛護的操作がない」など容赦ない厳しい指摘がなされた。

この医師は、『ブラック・ジャック』のドクター・キリコのように意図的に患者を死なせていたわけではなかった。拙い技術しか持ち合わせていないにもかかわらず、次々に難しい手術を行い、いたずらに死亡例を重ねていたのである。しかも病院側はこの深刻な事態を放置していた。これほど恐ろしいことがあるだろうか。

本書はなぜこのような事態が起きたのかを仔細に解き明かしている。その背景には大学の学長選挙や第一外科と第二外科の確執といった「白い巨党」を彷彿とさせるような要素が複雑にからみあっているのだが、詳しくはぜひ本書をお読みいただきたい。ただし読み始めたら徹夜を覚悟すべし。まさに巻を措く能わずの一冊だ。

医療界では「プロフェッショナル・オートノミー」ということが好んで語られるという。医師は高い学識と専門技術を備えた「プロ」であり、医療における判断には外部からの介入を受けない自由が認められると同時に、医師は自らを律し自浄能力を持っていなければならないといった考え方だ。

ある程度は賛同できる。プロである医師の判断は基本的には尊重されるべきだろう。だが胸を張って「プロフェッショナル・オートノミー」を標榜できる医師がはたしてどれだけいるかとなると大いに疑問だ。

群馬大病院の問題の執刀医のバックには、彼を引き立てていた教授がいた。執刀医と教授は、日本胆肝膵外科学会の「高度技能指導医」なる資格を持っていたが、この資格の取得に技術審査はなく、手術件数や経験年数などを記入した書類で条件を満たせば認定されるというお粗末なものだった。しかもこの教授は、この書類にすらウソの手術件数を記していたことがわかっている。

さらに執刀医はその後、懲戒解雇処分になったにもかかわらず、上司である教授は、大学の辞職勧告にも「俺は悪くない。犯罪じゃないんだから」と頑として応じず、弁護士をつけて労働裁判をちらつかせ居座ったという。結局、諭旨解雇処分となり、退職金ももらって大学を去ることになったが、教授と助教の力関係を考えれば、処分の重さに差があり過ぎると指摘されても仕方ない。

群馬大病院での患者連続死は、こういった人々によって引き起こされたのだ。彼らは決して凶悪な人間ではない。ちっぽけな組織の中で実績をあげることに汲々とし、地位に恋々とする小人物である。悪の凡庸さを看破したハンナ・アーレントにならって言えば、惨事を巻き起こした者の正体は、医師という肩書きが空しく響くほどに、あまりに卑小な人物たちだった。このふたりだけが特殊だったのだと断言できる医師がはたしてどれだけいるだろうか。

本書は遺族のインタビューにも大きくページを割いている。彼らの無念の声に胸を衝かれない人はいないだろう。「体への負担が少ない」という言葉を信じて腹腔鏡手術を受けて亡くなった患者たちは、みな凄絶な苦しみとの闘いを強いられた。短い人でも17日、長い人は97日にもわたって苦しみ続けた。愛する家族の悲惨な最期を目にした遺族は、いまも自責の念に駆られている。当時の執刀医や教授との面談が実現し、話し合いを始めることができたのは、ようやく今年の7月からだという。

群馬大病院の問題をきっかけに、医学界はさまざまな再発防止の対策に着手しているが、遺族のケアは見過ごされているように思う。不幸にも患者が亡くなった場合には、遺族が納得できるように医師の側が説明を尽くさなければならない。そんな制度をつくれないだろうか。医師に疑問をぶつける機会が持てることは、そのまま遺族にとっての喪のプロセスにもつながるはずだからだ。

医療事故によって医師が業務上過失致死罪に問われるケースはほとんどないと言われる。だが医師は決して万能な存在ではない。いま医師に求められているのは、「わたしは間違えるかもしれない」という思いをどれだけ持てるかではないだろうか。命を扱うことについての畏れ。そういう謙虚さを持つ医師だけが、困難な手術に挑む真の勇気を手に出来るのではないかと思うのである。

本書は日本の医学界に「変わることの勇気」を呼びかけて終わっている。この不幸な医療事故をきっかけに日本の医療が根底から変わることを願ってやまない。

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