『殴られて野球はうまくなる!?』「効き目」があるから、なくならない?

峰尾 健一2017年09月24日 印刷向け表示
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殴られて野球はうまくなる!? (講談社+α文庫)
作者:元永 知宏
出版社:講談社
発売日:2017-07-21
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タイトルを読んでみてどう感じるだろうか。野球界に鉄拳が飛び交っていた時代など過去の話だと思う人も多いかもしれない。平成になってから30年が経とうとしている。水分補給や休息の重要性はもちろん、食事管理や筋力トレーニングの方法など、根性論とは距離を置いたアプローチも着実に浸透した。

昔に比べたらはるかに暴力が減っているのは事実だ。小・中・高、6年ほど前まで学校の野球部で過ごしていた私にも、さすがに怒鳴られることはあったが、拳が飛んでくるような指導を受けた記憶はない。

だが実際には、暴力は野球界に依然として生き続けている。表沙汰になり処分が下ったものだけでも、いくつも例が挙げられる。部員の暴力を主な理由に、2016年秋季道大会を辞退した北照高校。ヤンキース・田中が11年前、駒大苫小牧高校3年時にセンバツ出場辞退を経験したのも、野球部長による暴力事件が一因だった。言わずと知れた超名門、PL学園は今年3月、度重なる暴力事案の末に高野連に脱退届を提出。現在のところ復活は絶望視されている。

著者の元永氏は立教大学野球部4年時、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験したノンフィクション作家。様々なしきたりや厳しい上下関係があった当時の空気を知る人物である。本書は元プロ野球選手・指導者・元高校球児など何十人もの野球関係者の証言から、今なお続く野球と暴力の関係をひも解いていく一冊だ。

この本の特徴は、「暴力を振るう側の気持ち」がたくさん書かれているところ。彼らを、時代遅れ、人としてどうなのかと批判するのはたやすい。しかし読み進めていくと、手を下す時の心境を理解しようとすることなしに、野球界から暴力がなくならない本当の理由も見えてこないことがわかってくる。

ミスや規律違反に対して下される鉄拳制裁。それは感情に任せた、衝動的な行為に見える。傍から見たら、選手が委縮したり反発したりして、逆効果でしかないように映るだろう。

しかし暴力は、時に選手を覚醒させてきた。暴力によって、プレーに必死さや粘り強さが出てくる。チームに緊張感が生まれ、大舞台にも動じないメンタルが形成されていく。指導者に対して向かっていく気持ちから、チームが結束する。暴力的指導の末に勝利を掴み取る強豪校が続出した時代は、確実に存在した。それがどこまで過去のものになったのかも、本当のところは明らかになっていない。

使い方によっては「効き目」があるから、なくならない。読者が本書で直面させられるのは、暴力の「効能」だ。鉄拳制裁が効くなんて信じられないと思っている人ほど、発見の多い一冊かもしれない。私など野球部時代を振り返ってみて、もし暴力が「効果的に」用いられていたら、一時的であれチームはもう少し勝っていたかもしれないと、読みながら一瞬考えてしまうほどだった。

断っておくが、暴力にも色々なケースがあり、本書でも指導者から選手に向けられるものとは別に、先輩から後輩に対する「しごき」のようなものも多数取り上げられている。それらは単に上級生のストレス発散でしかなかったり、上手い後輩にボジションを奪われた腹いせに行われる陰湿なものだったりして聞くに堪えないものがほとんどだ。

だがそうした例とは異なる次元で、手を下すにしても明確な狙いをもって実行に移していた指導者へのインタビューも収められている。日大山形高校と青森山田高校の監督として、春夏合わせて22回甲子園に出場し(春4回、夏18回)、16勝(春3勝、夏13勝)した経験を持つ、澁谷良弥監督。45年に及ぶ監督生活に昨年終止符を打った東北の名将はこのように語る。

 

昔は選手に手をあげたこともありましたし、蹴っ飛ばしたこともありました。それは私だけではなく、当時の他校の監督さんも同じでした。でも、それは感情に任せてやったわけではありません。最初は言葉で優しく諭し、何度もわかるように言って聞かせて、どうしてもできないときには……ということなんです。

 

やるにしても、キャプテンや主力選手に限定することで「オレたちのためにキャプテンが……」とチーム全体が引き締まることを狙ったり、皆の前でとことんやった方がいいタイプと別室に呼んで二人きりで話した方がいいタイプといった性格によって対応を変えたりと、決して衝動的ではなかった様子が伺える。

暴力を受けた経験を語る元選手らへの聞き取りでも、信頼している指導者からの暴力についてはある意味納得していて、むしろ自分を成長させたと語る人も少なくない。

指導者が暴力という「劇薬」を使うことを選ぶ背景にある、日本球界の構造についても掘り下げられている。入部から引退まで最長2年4ヶ月、チーム単位で考えれば同じメンバーで戦えるのは1年間という「限られた時間」。負けたら終わりのトーナメント制が生み出す「勝利至上主義」。読んでいて何度も思うことだが、書かれているのは野球界だけに通用する話ではない。

限られた期間の中で結果を出せる指導者と選手が評価される。こうした状況の中で結果を出そうと思うと、挑戦するよりミスをなくしていく「負けない野球」を目指す方が理に適っている。「ミスは許されない」という緊張感を持たせる上でも、重圧のかかる場面で物怖じしない心を養う上でも、鉄拳は時に威力を発揮する。

ここで忘れたくないのは、「限られた時間」と「勝利至上主義」は暴力の遠因であると同時に、聴衆にとっての「エンターテイメントとしての野球」の根幹でもあるということだ。やはり甲子園が象徴的だが、一発勝負、3年生は負けたら引退という状況からくるプレッシャーと儚さなくして、観る者はあれほど惹きつけられるだろうか。メディアや私たち観客の反応も、野球界の有り方に確かに影響を与えている。

暴力のない指導で勝つためにはどんな方法があるのか。そして、そもそも球児たちにとって本当に大切なことは何なのか。日本の野球界と全く正反対と言っていいような考え方で動いているラテンアメリカの国々の野球界のケースなども織り交ぜながら、著者は問いの幅を広げ、答えを探していく。

ドミニカ野球の指導スタイルを取り入れた、関西のとある中学シニアチームの話が興味深かった。勝利数は減ったものの、入部希望者が20人ほどから50人に伸び、大学・社会人まで野球を続ける選手も増えたという。他にも多数の事例をもって日本球界の育成システムを外側から見つめ直す終盤の部分は、ぜひ実際に手に取って確かめて欲しいところだ。

暴力なしでも強くなることが可能だと示す著者は、最後に改めてその必要性をきっぱりと否定する。本書を経た後に感じる「暴力反対」の気持ちは、読む前に思っていたよりも深く、地に足の着いたものになっている気がした。

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