『アメリカンドリームの終わり』格差社会は、いかにして助長されてきたのか

堀内 勉2017年12月04日 印刷向け表示
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アメリカンドリームの終わり あるいは、富と権力を集中させる10の原理
作者:ノーム・チョムスキー 翻訳:寺島 隆吉
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
発売日:2017-10-06
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本書『アメリカンドリームの終わり あるいは、富と権力を集中させる10の原理(Requiem for the American Dream: The 10 Principles of Concentration of Wealth & Power)』は、ノーム・チョムスキーへのインタビューによるドキュメンタリー映画『アメリカンドリームへのレクイエム(Requiem for the American Dream)』(2015年公開) を再構成して書籍化したもので、今年89歳になるチョムスキーのいわば遺言とも言うべき一冊である。

日本では、チョムスキーの名前は世界で知られているほど有名ではないと思うので、まず初めにチョムスキーについて説明しておきたい。

チョムスキーは、50年以上在籍するマサチューセッツ工科大学(MIT)の言語学及び言語哲学の研究所教授兼名誉教授である。人間の脳には生得的な言語機能があり、全ての言語には普遍的な特性があるという言語生得説と生成文法理論を唱え、言語学の世界に革命を起こした「現代言語学の父」である。

それと同時に、ベトナム戦争以降、反戦運動などの市民運動にも積極的に関わっており、国家、戦争、外交、政治、マスメディアなどに関する膨大な著作を発表し、思想家・哲学者としても広く知られている。現在、存命中の全ての人物の中で、著作の引用件数が世界一であるとも言われている。

こうした幅広い活動を通じて、チョムスキーの影響力は言語学界だけでなく、哲学、コンピュータサイエンス、心理学、社会学などにも広く及んでおり、2005年にはアメリカのForeign Policy誌で「世界最高の論客 (world's top public intellectual) 」にも選ばれている。

そのチョムスキーのこれまでの活動の集大成と言えるのが本書である。50年前からアメリカ社会の富の偏重に警告を発していたチョムスキーが、これまでアメリカンドリームと言われてきたものがいかに形骸化し、アメリカ社会が富と権力を保持するエリート層によっていかにコントロールされているか、アメリカの民主主義がいかにして格差社会を助長してきたのかについて、詳細な検証を行なっている。

こうしたチョムスキーの問題意識は、冒頭の「アメリカンドリームはどこに?」に書かれている以下の記述に集約されている。

わたしは年をとっているからよく覚えていますが、あの1930年代の大恐慌当時の人々の気分・感情は、現在よりもはるかにひどいものでした。けれども、わたしたちの気持ちのなかには、いつかこの大恐慌から抜け出すだろうという希望がありました。状況は必ずもっとよくなると、みんな思っていたのです。「今日は仕事がないかもしれないが、明日には仕事があるだろう、だから力を合わせていっしょに働いて、もっと明るい未来をつくりだすことができる」という希望です。・・・ところが、現在、そのようなものは全く消えてしまって見当たりません。いま人びとのなかに広がっているのは、「もう何も戻ってこない、すべては終わった」という感情です。

 

ほとんどの夢と同じように、「アメリカンドリーム」は大きないくつかの神話を身にまとっています。たとえば、19世紀の夢のひとつは、小説家ホレイシオ・アルジャーが描いた主人公の物語でした。「俺たちは、いまは汚らしくって貧しいけれど、一生懸命がんばれば必ず出口が見つかる」という物語です。それは一定程度、真実でした。・・・しかし、そのような夢は現在のアメリカでは通用しません。いまや、社会的地位が上昇する可能性はヨーロッパと比べてもぐっと低くなっています。にもかかわらず、アメリカンドリームという夢だけは、いまだに残っています。権力による宣伝・扇動がそのような夢をつくりだしているからです。・・・

 

富の不平等は、過去に前例がないほどひどくなっています。・・・似たような時期は過去にもなかったわけではありません。たとえば、1890年代の「金ピカ時代」や1920年代の「狂騒の20年」などです。そのときの状況は現在と非常に近いものでした。けれども、いまのアメリカはそれをはるかに超えるものになっています。富の分配の不平等は、超富裕層(人口の0.1%)という大金持ちに起因しているのです。・・・

 

アメリカンドリームの重要な部分は、階級の流動性です。貧乏な家に生まれても刻苦勉励すれば豊かになれる、というものです。 すべての人がきちんとした仕事を手に入れることができ、家を買うことができ、 車を手に入れることができ、子どもを学校に行かせることができるというものです。 けれどもいまや、そのすべてが崩壊してしまっているのです。

アメリカは本来的には民主主義国家であるが、建国当時からすでにエリート層の間では一般民衆の政治参加に対する懸念や警戒が存在していた。チョムスキーに言わせれば、これまで「特権階級や権力層が決して民主主義を好んだことはない」のである。

それが1970年代以降、金融資本主義が席巻する中で、エリート層の支配欲はより露骨になり、政治を私物化し、民衆を無力化するようになった。今日のアメリカにおいて、アダム・スミスが『国富論』の中で言う「社会を所有している人たち」とは、金融界や多国籍企業のことであり、これらは「すべては自分のためであり、他の人を考慮する必要は一切なし」という「下劣で恥ずべき行動原理」に従って動いているのである。

チョムスキーは、この「下劣で恥ずべき行動原理」を10項目に分類し、アメリカの建国の歴史にまで遡って検証している。

まず、「原理1 民主主義を減らす」では、市民運動が最も活発だった1960年代以降、政府や企業は市民が権力を求める民主主義に対して恐怖を抱くようになり、過剰な民主主義は抑圧されるべきであるとの認識が強くなっていったことが示されている。

そのために必要だったのが、「原理2 若者を教化・洗脳する」ことであり、続く「原理3 経済の仕組みを再設計する」では、グローバル化が進むにつれ、労働者が世界レベルで厳しい競争を強いられるようになり、経済全体が製造業から金融業にシフトするにつれ、1980年代までに、労働者はますます不安定な雇用状況と向き合わなければならないという流れが確立し、階級に関係なくチャンスがあるというアメリカンドリームは非現実的なものになっていった。

次に、「原理4 負担は民衆に負わせる」では、1960年代まではアメリカの法人税が現在より遥かに高かったのが、大企業と政府の関係が密になるにつれ、企業は法人税の低減を訴え、政府が市民に対する税金を引き上げていった様が示されている。

更に、「原理5 連帯と団結への攻撃」では民衆がいかに分断されてきたか、「原理6 企業取締官を操る」では新自由主義がどのように経済を席巻してきたか、「原理7 大統領選挙を操作する」では選挙がいかに金で買われてきたか、「原理8 民衆を家畜化して整列させる」では労働組合がいかに弱体化させられてきたかが指摘されている。

そして、「原理9 合意を捏造する」では、メディアによる市民の洗脳と消費社会が同時に進んだことにより、市民の政治意識が希薄になり、アメリカ社会が本来の民主主義からかけ離れていった事実が示されている。

最後の「原理10 民衆を孤立させ、周辺化させる」では、本来ならば参加者であるはずの民主主義に一切影響を与えることができなくなった市民に残された選択肢は、弱者への責任転嫁であり、そこで産み出されるのは暴力と憎悪であることが指摘されている。

そして、なんとも皮肉なことに、こうした民衆の怒りや憎しみは、その本来向かうべき標的を見誤り、結果としてトランプ大統領の誕生に見られるように、「自分たちの利益を傷つけるような政治家たちを支持する」ようになったのである。

チョムスキーは、このようにアメリカンドリームが失われていった構造を明らかにすることで、金融界や多国籍企業による民主主義の形骸化やアメリカ主導のグローバル資本主義を批判する。そして、「政府の存在は自動的に自己を正当化するものではない」として一部のエリート層による支配とそこから生じる貧富の格差問題に真っ向から戦いを挑み、もう一度民衆の手に権力と自由を取り戻そうとしているのである。

チョムスキーは、本書の最後において、それでもまだアメリカは軌道修正できるとして、今の若者たちに希望を託し、次のように締めくくっている。

何か物事を成し遂げようと試みるとき、わたしたちはまず学ぶことから始めます。世界がどのようになっているのかをまず学ぶのです。そしてその学んだことが、運動をどう進めていけばいいのかを理解することにつながっていきます。・・・

 

いま、主として若者の間で、ひとつの変化が起きています。変化というものがいつもそうであるように、まず若者の間で始まっています。しかし、それがどちらの方向に向かうのか―まさにあなたがたの肩にかかっています。あなたがたが示す方向に向かって運動は進んでいきます。

 

わたしが長い間、親しくつきあってきた友人に、ハワード・ジンという人がいます。かれは運動の進むべきあり方について次のように語っています。

 

「重要なのは、ひとりの偉大な指導者ではなく、名も無い人たちの無数の小さな活動の積み重ねである。そのような人たちが歴史に残るような大きな出来事の土台を築いてきたのだ」

 

そのような名も無き人たちこそが過去に何事かを成し遂げた人たちであり、将来においても何事かをなす人たちなのです。

本書は、現代の知の巨人チョムスキーの思想と問題意識が非常に分かりやすく整理されており、翻訳もこなれているので、現代アメリカ社会が抱える構造的な問題を理解する上で、本書の基となったドキュメンタリー映画と合わせて、是非読んでおきたい一冊である。   

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