『老後破産 長寿という悪夢』 解説 by 藤森 克彦

新潮文庫2018年02月01日 印刷向け表示
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老後破産: ―長寿という悪夢― (新潮文庫)
作者:NHKスペシャル取材班
出版社:新潮社
発売日:2018-01-27
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はじめに

大学の「社会保障論」の講義の中で、NHKスペシャル「老後破産」を教材に用いると、学生は衝撃を受ける。「なぜ高齢期に、こんな悲惨なことが起こるのか」「社会保障制度はどうなっているのだ」と──。丹念な取材で一人暮らし高齢者の生活を浮き彫りにしたルポは、若者の目を社会に向けさせ、社会のあるべき姿を思索させる力をもつ。

本書が取りあげた一人暮らし高齢者の「老後破産」は、日本の「家族依存型」社会保障制度が大きな岐路に立っていることを示している。日本では、高齢期の貧困、介護、孤立といった生活上のリスクに対して、家族が大きな役割を果たしてきた。しかし、世帯規模が小さくなり、家族・世帯の形態が大きく変わる中で、家族・世帯の支え合い機能が弱体化している。単身世帯(一人暮らし)は、その象徴である。

65歳以上の一人暮らし高齢者数は、1985年から2015年の30年間で、118万人から593万人へと5倍になった。また、65歳以上人口に占める一人暮らしをする人の比率も、1985年の9%から2015年の18%へと倍増した。特に、80歳以上女性では、その4人に1人が一人暮らしとなっている。そして、国立社会保障・人口問題研究所の推計(2010年基準推計)によれば、80歳以上女性の一人暮らしは、2015年の167万人(総務省『国勢調査』に基く実績値)から2030年には256万人へと1.5倍に増加するとされている。

また、一人暮らし高齢者の中で未婚者の比率の高まりといった質的変化もみられる。例えば、70代の一人暮らし男性の配偶関係をみると、未婚者の割合は1985年には5%に過ぎなかったが、2015年には25%に上昇した。一方、妻と死別した人の同比率は1985年には70%であったが、2015年には39%に低下している。本書でも示されていた通り、未婚の一人暮らし高齢者は、「老後破産」に陥りやすい。というのも、未婚の一人暮らし高齢者は、配偶者だけでなく、子どももいないことが考えられるので、老後を家族に頼ることが一層難しくなるためだ。

以下では、一人暮らし高齢者の貧困の実態を概観した上で、「老後破産」の背景を考えていく。そして、制度面を中心に対応策を考えていきたい。具体的には、本書の多くの事例で共通に取りあげられていた、①国民年金(基礎年金)の給付額が低いこと、②医療・介護費の自己負担や家賃負担が重いこと、③生活保護制度が利用しにくいこと、④相談窓口が乏しいこと、といった点を取りあげる。そして最後に、「老後破産」に対して、筆者が重要と考える点を指摘する。

1.一人暮らし高齢者の貧困の実態と公的年金

日本の高齢者は「豊かな高齢者」と言われてきたが、国際的にみると高齢者に占める低所得者の比率は高い。OECDの調査によれば、2010年の日本の高齢者の相対的貧困率(注)は19.4%であり、フランス(5.4%)、カナダ(7.2%)、英国(8.6%)、ドイツ(10.5%)、イタリア(11.0%)よりも高く、米国(19.9%)とほぼ同程度である。

そして日本の高齢者の相対的貧困率を世帯類型別に比べると、貧困率が高いのは、単身世帯である。高齢単身世帯の相対的貧困率は、男性29.3%、女性44.6%にのぼり、高齢者全体の相対的貧困率(男性15.1%、女性22.1%)の2倍程度の高い水準になっている(阿部彩〔2014〕「相対的貧困率の動向」貧困統計HP)。また、他の世帯類型と比べても、男女ともに高齢単身世帯の貧困率が最も高い。

高齢単身世帯の貧困率が高い背景

では、なぜ一人暮らし高齢者では、相対的貧困率が高いのか。一人暮らし高齢者の収入構成をみると、公的年金が7割を占めており、その比重が大きい。そこで、公的年金との関係から、高齢単身世帯が貧困に陥りやすい要因をみると、①高齢単身世帯は二人以上世帯に比べて、「国民年金(基礎年金)」のみを受給しており、公的年金の二階建て部分である「厚生年金・共済年金」を受給しない人の比率が高いこと、②厚生年金・共済年金を受給する単身世帯であっても、女性を中心に現役時代の賃金が低い人や、就労期間が短い人の比率が高いこと、③高齢単身世帯では、男性を中心に、現役時代に年金保険料を納めずに無年金者となった人の比率が高いこと、といった点があげられる。

特に、国民年金(基礎年金)の受給額は、保険料を40年間支払って満額の月6.5万円である。保険料納付期間が40年間より短ければ、その分受給額は減額される。本書でも示されていた通り、国民年金(基礎年金)のみに頼った生活は、かなり厳しい。

国民年金(基礎年金)のみを受給する高齢者

それでは、どのような人々が、国民年金(基礎年金)のみを受給する高齢者となるのか。基本的には「自営業者・短時間労働者グループ」であり、現役時代に自営業や農業などに従事した人、パート労働に従事した人である。

一方、被用者(サラリーマン)であれば、国民年金(基礎年金)に加えて、厚生年金を受け取ることができるので、貧困に陥りにくい。また、現役時代に本人が自営業やパートに従事していても、配偶者が被用者であれば、世帯全体では厚生年金を受け取れるので、貧困に陥りにくい。これに対して、現役時代にパートとして働き、未婚のまま高齢期を迎えた一人暮らしの人や、夫婦で自営業を営み、配偶者と死別して一人暮らしになった人は、国民年金(基礎年金)のみの受給となる。

(注)
「相対的貧困率」は、世帯の可処分所得(収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入)を世帯規模で調整して「等価可処分所得」を割り出し、その中央値の半分の額(貧困ライン)以下で生活する人々をいう。ちなみに、厚生労働省『平成25年国民生活基礎調査』の2012年の貧困ラインは年収122万円であり、これに満たない人の割合が相対的貧困率となる。

なお、相対的貧困率は「所得」のみに着目した指標であり、資産などが考慮されていないことに留意が必要である。

厚生年金が適用されない理由

では、なぜ「自営業者・短時間労働者グループ」には厚生年金が適用されないのか。一つの理由は、自営業者や農業従事者には定年がないため、高齢期にも自営業収入を得られると考えられてきたことがある。もう一つの理由は、被用者に比べて、自営業者や農業従事者の所得を正確に把握することが難しいことがあげられる。「クロヨン」と呼ばれるように、税務署による課税所得捕捉率は業種によって異なり、おおむね被用者9割・自営業者6割・農業従事者4割であるとされている。厚生年金は、所得に応じて保険料と受給額が決まるので、正確な所得の把握ができないとその適用が難しい。

筆者は、低年金による貧困問題は、公的年金の改革というよりも、後述する資力調査を緩和した「高齢者向けの生活保護制度」の創設などで対応すべきだと考えている。なぜなら、公的年金制度は高齢期の「貧困予防」を目的として、基本的には現役時代の保険料拠出に基づいて給付額が決まるので、年金の枠内での所得の再分配には限界がある。また、公的年金の給付水準だけで、貧困かどうかを判断することも難しい。既に貧困に陥った人の「救済」は、生活保護制度などに委ねるべきと考えている。

短時間労働者への厚生年金の適用拡大

ただし、短時間労働者への厚生年金の適用拡大は、今後高齢単身世帯になる人々の貧困を予防する政策として実施すべきである。現役世代の単身世帯は、二人以上世帯に比べて、非正規労働に従事する人の比率が高い。そして、非正規労働者の半数は、短時間労働者である。短時間労働に従事する未婚者が高齢期を迎えた場合、国民年金(基礎年金)のみを受給することになり、貧困に陥るリスクが高い。

ところで、短時間労働者は、被用者なので所得の把握を正確に行なえる。また、短時間労働者には定年があり、高齢期に収入を得る手段は乏しい。つまり、短時間労働者は、正確な所得捕捉ができ、定年もあるのだから、厚生年金が適用されるべきである。

なお、厚生年金の適用拡大は2016年に実施されたが、様々な要件がつけられたために対象者が限定されている。貧困予防のために、厚生年金の一層の適用拡大が望まれる。

2.医療費や介護費の負担が重い

本書では医療や介護保険の自己負担(利用者負担)が重いために、必要な医療・介護サービスの受診・利用を抑制している一人暮らし高齢者の事例が多数示されていた。保険料を支払ってきたのに、自己負担の重さから医療・介護サービスを抑制せざるを得ないのは不合理である。

自己負担の現状をみると、医療費の自己負担は、 75歳以上は医療費の1割(現役並み所得者は3割)、70歳から74歳までは2割(現役並み所得者は3割)、70歳未満は3割となっている。また、介護費の自己負担は、年金収入ベースで年間280万円以上の世帯は2割負担、280万円未満の世帯は1割である(2017年現在)。

一方、自己負担が過重にならないように、医療・介護ともに、おのおの自己負担に一定の限度額を設けている。特に、低所得者には自己負担の上限額が低めに設定されている。例えば、70歳以上の高齢者の場合、医療・介護ともに、住民税非課税世帯は月額2万4600円を上限とし、さらに年金収入80万円以下の世帯の上限は月額1万5000円となっている(2017年度現在)。

しかし、本書で示された通り、低めに上限額が設定されたとはいえ、低所得高齢者にとって自己負担は重く、必要なサービスの利用抑制を招いてしまっている。医療や介護の保険料を支払ってきた人には、そのサービスを受ける権利がある。それにもかかわらず、自己負担の重さゆえにサービスを抑制する状況は、社会保険の存在意義が問われる。

医療・介護費の自己負担は、できる限り、低額・低率にとどめるべきである。さらに、自己負担の上限は、低所得者の負担能力に応じた、よりきめ細かな設定が必要であろう。なお、医療保険や介護保険の財政状況はひっ迫しており、財源確保は当然必要である。しかし、その財源を利用者の自己負担に求めるのではなく、社会保険料や租税の引き上げで対応すべきである。というのも、社会保険料は、病気や要介護になって貧困に陥ることを防ぐために、幅広い層が予め負担するものだ。これに対して、自己負担は、病気や要介護になった人々が負担するものである。特に、高齢期には医療や介護サービスの利用頻度が増えるので、負担が過重になりがちである。

3.家賃負担が重い

本書では、家賃が家計を圧迫している高齢単身世帯の事例が紹介されていた。単身世帯は二人以上世帯に比べて持ち家率が低いので、高齢期にも家賃負担を負う人の比率が高い。例えば、70歳以上の持ち家率を世帯類型別にみると、二人以上世帯では89%なのに、単身世帯では68%と約20ポイントも低い(総務省『平成25年住宅・土地統計調査』)。この背景には、二人以上世帯では結婚や出産による世帯規模の拡大に合わせて住宅購入を検討する機会が生じるのに対して、単身世帯では未婚者を中心にこのような機会が乏しく、そのまま高齢期を迎えることがあげられる。

筆者は、借家に住む単身世帯が増える中で、生活保護には至らない低所得者層を対象に、家賃を公的に支援する「家賃補助制度」の創設を検討すべきだと考えている。大陸ヨーロッパでは、住宅を「社会資本」と捉えて、政府・自治体、公的機関、非営利機関などが手頃な家賃の社会賃貸住宅を提供している国が多い。また、生活保護制度とは別に、低所得者及びそれより少し上の所得階層を対象に、家賃補助制度を設ける国もある。

日本では持ち家政策を中心に進めてきたため、民間賃貸住宅の家賃水準が高く、公営住宅の供給量も不足している。今後も、未婚の単身世帯を中心に、借家に住み続ける人々が増加していく。家賃を公的に支援できれば、貧困に陥らずに生活できる高齢単身世帯が増えていくと思われる。

4.高齢者向けの生活保護制度

本書では、貯蓄や持ち家といった資産があるために生活保護を受給できない一人暮らし高齢者が描かれていた。資産を保有する理由として、将来不安、葬儀代としての貯蓄、先祖代々の土地を売却したくないという思い、などの様々な事情があげられていた。また、生活保護受給に対する屈辱感や周囲の目などもあり、生活保護の申請をためらう人もいた。

生活保護制度は、憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」(生存権)を、国が最終的に保障する制度である。一方、生活保護の受給に当たっては、保有資産、働く能力、親子間の援助支援などあらゆるものを活用しても生活できないことが要件となる。そのため、支給に当たっては、福祉事務所が収入や資産などを調査(資力調査)することになっている。資力調査は、生活困窮者にとっては厳しく煩わしいものであるが、最低生活が保障されているかどうかを審査するために必要な措置である。

筆者は、貧困に陥った高齢者を救済する政策として、「高齢者向けの生活保護制度」を設けてはどうかと考えている。同制度の特徴は、一般の生活保護制度に比べて資力調査が緩和され、給付水準が高めに設定される点にある。年金生活者は、若い人よりも労働供給の促進に影響しないので、給付水準を高め、少額の貯金の保有を許容しても、労働市場への弊害は小さい。こうした制度は、米国、英国、ドイツ、フランスなどの主要先進国でも設置されている。

5.生活困窮者に対する相談窓口

高齢者の一人暮らしでは、社会的孤立も問題になっている。例えば、世帯類型別に会話頻度をみると、「2週間に1回以下」と回答した人の割合は、高齢夫婦のみ世帯では、男性4.1%、女性1.6%なのに対して、高齢単身世帯では男性16.7%、女性3.9%となっている(国立社会保障・人口問題研究所〔2013〕「生活と支え合いに関する調査結果の概要」)。

この点、2015年に生活困窮者自立支援制度が成立し、生活困窮者に対する相談窓口が、全国の福祉事務所設置自治体に置かれている。そこでは、経済的困窮のみならず、社会的孤立も含めて、幅広く相談に乗ることになっている。

今「老後破産」に陥って、途方に暮れている一人暮らし高齢者の方は、一人で抱え込まないで、こうした相談窓口を訪れてほしい。本人でなくとも、友人・知人による相談でも構わない。事態が悪化する前に相談できれば、生活再建に向けた糸口も見つけやすい。

6.支え合う社会に向けて

高齢単身世帯が増加する中で、支え合う社会を築くことが求められている。そこで最後に、支え合う社会に向けて筆者が重要と考える三つの点を指摘していきたい。

第一に、社会保障の機能強化である。日本では、家族が大きな役割を果たしてきたため、政府が支出する社会保障給付費の支出規模は低い水準にある。一般に、高齢化率が高い国は、社会保障費の規模も大きくなる傾向がみられるが、国際比較をすると、日本は高齢化率の割に、社会保障給付費の支出比率(対GDP比)が低い水準にある。

家族や世帯の機能が低下する中で、家族に従来通りの役割を求めることは難しい。財源を確保して、社会保障を強化していくことが求められている。例えば、上述の家賃補助制度や高齢者向けの生活保護制度などを検討すべきだ。また、家族介護に頼れない一人暮らし高齢者も増えていくので、介護保険も強化する必要があろう。

ただし、日本は巨額の財政赤字を抱えているので、借金の元利払いもしなくてはならない。険しい道のりではあるが、税や社会保険料の引き上げによって、「財政再建」と「社会保障の機能強化」を両立させていくしかない。そして現段階であれば、両立は可能であるし、社会保障の強化によって国民の暮らし向きを高めていける。

第二に、地域づくりである。身寄りのない高齢単身者であっても、安心して住み慣れた地域で自立した生活を送れるように、医療、介護、生活支援などの提供者が、地域ごとにネットワークを築くことが求められる。

また、「住民サイドのネットワーク」の構築も重要だろう。地域の住民同士で交流し、支え合える関係をどのように築いていくのか。特に、今後75歳以上の高齢単身者が増えていくのは大都市圏である。大都市圏の大規模団地やマンションなどでは、隣近所と人間関係が築かれていないことも珍しくない。大都市圏で、どのように住民ネットワークを築いていくのかは大きな課題となっている。

第三に、働き続けられる社会の構築である。健康で就労意欲をもつうちは、働くことが、貧困や孤立の予防になる。特に、今後、少子高齢化によって公的年金の給付水準の低下が予測されている。しかし、働き続けて公的年金の受給開始年齢を65歳以降にすれば割増年金を得て、低下分を補うことも考えられる(繰下げ受給)。

一方、生産年齢人口は減少していくので、企業にとっても高齢者の労働力は必要になる。このためには、就労を希望する高齢者が働けるように雇用環境を整える必要があろう。

ただし、全ての高齢者が働き続けられるわけではない。働くことが困難な人々にはセーフティーネットの強化と地域における居場所作りが重要になる。

確かに、巨額の財政赤字を抱えるなど、「重苦しい現実」はある。しかし、財源をきちんと確保して、支え合う社会を構築することは、国民の意思でできることだ。しかも、誰もが高齢期に一人暮らしになる可能性がある。「長生きをしてよかった」と思える老後にするためにも、家族だけに依存しない「支え合う社会」を築くことが求められている。

(2017年12月、日本福祉大学教授/みずほ情報総研主席研究員) 

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