悪魔のように邪悪な組織vsイタリア系のシャーロック・ホームズ──『ブラック・ハンド──アメリカ史上最凶の犯罪結社』

冬木 糸一2018年11月05日 印刷向け表示
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ブラック・ハンド―ーアメリカ史上最凶の犯罪結社
作者:スティーヴン トールティ 翻訳:黒原 敏行
出版社:早川書房
発売日:2018-10-18
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ブラック・ハンドという凶悪な犯罪結社が19世紀から20世紀にかけて存在した。

彼らの主たる構成員はイタリアからアメリカへと移住した移民たちで、ブラック・ハンドというのは単一の組織への名称ではなく、小規模なものから大規模なものまで含めた、複数のギャング組織の総称であったようだ、本書はその犯罪結社の勃興から終焉までをおった記録になる。『ブラック・ハンドは悪名高い犯罪組織だった。「あの極悪非道な、悪魔のように邪悪な組織」と呼ばれ、恐喝、殺人、子供の誘拐、大型の爆弾による爆破事件などを行っていた。』

ブラック・ハンドの存在が劇的なものになっているのは、彼ら自身の行動に加えてそれに敵対した人々の存在も大きい。中でも本書の中でメインで語られていくのは、イタリア系のアメリカ人にしてニューヨーク市警察のジョゼフ・ペトロシーノの活躍だ。彼は《ニューヨーク・タイムズ》からは「世界一のイタリア系捜査員」と呼ばれ、故国のイタリアでは「イタリア系のシャーロック・ホームズ」と呼ばれていたという。

『四十六歳にしてすでに「パリ暗黒街の迷路を行くジャヴェール頸部やロンドン警視庁の名刑事も顔負けの活躍をし──まさにコナン・ドイルが想像したのと同じような血湧き肉踊る冒険をしていた」』これについてはさすがに誇張表現だろうと最初は懐疑的に読んでいたが、実際に存在している彼のエピソードの数々、賄賂を決して受け取らない、仕事一筋の高潔さは、シャーロック・ホームズかどうかはともかくとしてヒーローにふさわしい。

ブラック・ハンドは先に書いたようにイタリアからの移民たちの犯罪結社であり、その存在がアメリカにおいてイタリア系移民への差別の拍車をかけていたのはいうまでもない。つまり、同じくイタリア系であるペトロシーノは警察としての職務だけではなく、イタリア系移民の名誉の認知のためにも戦う必要があったのだ。19世紀末から20世紀初頭は、イタリア系であるだけでまともな職につくことも難しかった時代であり、ペトロシーノは警察で確固たる立場を築き上げた点でも(それでも、警察内部で強烈な差別にあい続けるわけだが)ヒーローだった。

ブラック・ハンドの何がそんなに凶悪なのか

さて、ではブラック・ハンドはいったい何がそんなに凶悪だったのか。それを示す事実には事欠かないのでいくつかピックアップすると、まずその規模があげられる。一枚岩の組織ではなく、ニューヨーク市だけでも数人から数十人の小集団からなる数千人の犯罪者を擁し、犯罪のノウハウを共有し、場合によっては相互に協力しあって作戦にあたっていた。子供の誘拐事件(身代金を要求し、受け取れなければ殺すと脅していた)は多発し、1日に35通届けられることもあったという。当然「警察には届けるな」とお決まりの文句もあり、実際には警察に知らせずに払っていたケースも多数だったことを考えると、実数はとても把握できない。

ブラック・ハンドの面々は誘拐に明け暮れているだけではない。イタリア人街のすべての銀行に構成員を窓口として送り込み、口座を監視させ、標的になる可能性のある人々を組織に密告するのだ。イタリア人が集まる場所へと集まって誰か儲けていないかどうか情報を収集するなど、その情報収集能力も高かったようだ。特に凄いのは、ブラック・ハンドらは時に自治体を乗っ取っていることもあり、たとえばペンシルヴェニア州ヒルズヴィルは、警察も行政も完全に支配されていて、労働者は給料日になると封筒入りの給料を受け取る窓口から1,2メートル離れたところに立っている集金人にいくらかの金を払う必要があった。この町は町民からは「地獄の町(ヘルタウン)」と呼ばれていたという。金を払わないと当然殺されてしまうわけだ。

犯罪が多すぎて、時には「お前の店を爆破してやる」と脅迫して実行したら、隣の店と間違えたなどというギャグみたいなミスも起こっていたようだが、そのぐらい気軽に爆破していたわけで、完全なる暗黒の時代だったといえるだろう。『その日、郵便受けに投げ込まれた手紙にはこんな釈明が書かれていた。「うちの者が脅しを実行しようとしたが、まちがえて隣の店を吹き飛ばしてしまった」』

ペトロシーノの活躍

さあ、しかしそんな最悪な状況を誰もが座して見ていたわけではない。ペトロシーノはいくつもの手を打っていくが、そのひとつがブラック・ハンド関連を中心に追う「イタリア系捜査隊」の設立だった。この捜査隊は最初にペトロシーノ含む6人のメンバが選出されたのだが、ただでさえ疎まれているイタリア系であること(刑事部はアイルランド系が圧倒的だった)、嫌々ながらに設立された隊であることなどから、他の警察官から敵視されるはみ出し者集団だった。《イヴニング・ワールド》紙には、「謎の六人」と書かれていたようである(かっこいい)。

自分の部隊を得たペトロシーノは、誘拐犯が金を受け取りにきたところを張って捕まえたり、敵のイタリア・マフィアの大物がレストランで食事をしている席の真ん前までいって、ほとんど特攻のように相手を張り手で倒して連行するなど怒涛の快進撃を続けていく。普通、イタリア・マフィアの大物(周りに大勢の武器を持った味方がいる)を相手にずかずかと近づいていって張り手で倒して連行するなんて自殺行為だが(武装した警察官を十数人連れていけばいい)、ペトロシーノがそうした派手な演出をするのは”いい宣伝になるから”だったという。

ペトロシーノが恐怖の的として犯罪組織に恐れられ、英雄のように広告されることで、悪いことを何もしていないイタリア系移民たちは奮い立ち、逆にマフィアたちは震え上がるのだ。当然、そんな目立ち方をすればペトロシーノは敵組織の憎悪を一身に受けることになる。どこにいっても有名人で、彼は数千通もの殺害予告、脅迫の手紙が家に届けられたという。

おわりに

ブラック・ハンドに対抗して、シカゴではホワイト・ハンドと呼ばれる対抗組織(千人の探偵を雇い、訓練してシカゴの犯罪者たちを追わせることになった)が生まれるなど各地で反撃の狼煙が上がり始めていく。はたして、ペトロシーノは生きてブラック・ハンドを一掃することができるのか──現実に起こった事件だが、ほとんどフィクションとしか思えない事実がどんどん立ち現れてくる凄いノンフィクションだ。なんでも、本作はレオナルド・ディカプリオ主演で映画の制作も進行しているようなので、楽しみに待ちたいところ。

 

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