『饗宴外交』 ワインと料理で世界はまわる

土屋 敦2012年04月13日 印刷向け表示
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饗宴外交「ワインと料理で世界はまわる」
作者:西川 恵
出版社:世界文化社
発売日:2012-04-11
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清羹 海燕の巣 浅葱

甘鯛洋酒蒸 車海老湯煮

マッシュポテト牛酪焼

ソースシャンパン

羊腿肉蒸焼 クレソン

温野菜添 人参・パールオニョン 芽甘藍・占地茸・エリンギ ソースジュードムトン

サラダ トマト レタス デトロイト 花椰菜

フレンチドレッシング

凍菓 富士山型アイスクリーム

   フィンガービスケット

果物 メロン 苺

シャブリ グラン・クリュ ヴォデジール97年

シャトー・ラフィット・ロートシルト89年

シャンパン ドン・ペリニョン96年

上記は昨年、国賓として来日したブータン国王夫妻に対して催された、宮中晩餐会のメニューである。

清羹はコンソメスープ、牛酪はバター、パールオニョンは白い小玉ねぎ、花椰菜はカリフラワー、芽甘藍は芽キャベツである。実は、デザートに富士山型アイスクリーム、果物としてメロンとイチゴが出るのは宮中晩餐会の定番だったりする。ワインはいずれも超有名どころで最高格付け。政府が他国の賓客を迎える際の饗宴でも、めったにないセレクトだ。

これを見て、日本がいかにブータン国王夫妻を厚遇したかがわかる、と考えるのは早計である。実は皇室には国の大小を問わず、国賓を最高のもてなしで迎える、という大原則があるのだ。ブータンやモロッコが、アメリカや中国とまったく同格に扱われる。その公平性は、ある意味賞賛されるべきが、その背後には、皇室が徹底して政治から遠ざかろうとする強い意志がある(実際に皇室が政治的な外交を免れるのは不可能ではあるのだが……)。裏を返せば、本書の著者が言うように、食材やワインのセレクトから、調度品、席順、参加者の衣装に至るまで「饗宴はすぐれて政治である」のだ。

やはり昨年の5月、日中韓3ヶ国首脳の夕食会が迎賓館でもたれたが、このときの食事は下記だ。

前菜 新じゅん菜 紅白白玉 吸い酢 子持和布味噌漬け カマス小袖寿司

お造り 鮪 羽太 伊勢海老

炊合せ 絹皮茄子包み

焼物 前沢牛冷しゃぶ野菜巻き 時鮭を平貝の西京焼き

食事 鯛ご飯

果物 抹茶ムース メロン マンゴー 桜桃

〈飲物〉

アルガブランカ イセハラ 01年

シャンベルタン ブシャール・ペール・エ・フィス 05年

日本酒 飛露喜

前沢牛や宮城のアワビ、青森の時鮭など、被災地の食材が多く使われているのが特徴的だ。いうまでもなくそこには中国が輸入を全面禁止している12都府県の食材が含まれるが、敢えてそれを使ったところにも政治的な意図があるだろう(もちろん事前に通告して承諾を得ている)。飲み物には福島の銘酒、飛露喜。アルガブランカは、フランスの高級ワインに比べたらさして高くはない、わが地元、山梨の甲州種を使ったワインだが、生産量が少ない。01年ということは、おそらくシリアルナンバーが打たれていた頃のものだから、より希少性の高さをアピールできたかもしれない。中国政府は海外からの賓客をもてなす際、中国製のワインしか出さないので、対抗したと見るのは穿った見方だろうか。

話は逸れるが、本書に書かれた震災後の各国の動きというのは実に興味深い。ドイツ、スイス、フィンランド、オーストリアなどは東京の大使館から引き上げ、一方英国、フランス、スペイン、イタリアなどは留まる。イタリアは「友好国の困難な時期に、われわれは東京に残って連帯を証明する」との声明を出している。震災後もっとも早く日本に来たのはEUのゲオルギエワ欧州委員(ブルガリア)。多忙を極める政府に負担をかけないよう、「静かに来て静かに帰った」そうだが、対照的なのは3月31日に来たフランスのサルコジ大統領。それまで再三の訪日要請を袖にしてきた大統領が、震災で国際社会の注目が日本に集まるやいなや、突然来日したいと言い出す。多忙ゆえに何度か断った日本政府もしつこい要請に最後には折れ、会談に応じる。「パフォーマンス」と冷めた目で見る向きもあるが、シラク大統領時代の蜜月から一点冷めた関係になっていた日仏間に和解の道筋をつけたのも確かだ。

ちなみに震災後、各国がナショナルデーのレセプションを自粛したなか、逆にフランスは福島県郡山市で被災者700名を招いた大々的なレセプションを催す。見事なパフォーマンスであるが、そのことが被災者を大いに勇気づけたことは言うまでもなく、素晴らしいアイディアだったといえるだろう。このとき供されたのは、カスレやコック・オ・ヴァン、鶏もも肉のコンフィなど、フランス各地方の伝統的な家庭料理。そんな心温まる母の味を日仏の有名レストランのシェフたち16人が協力して作り上げている。

もてなす際には、事前に相手の好みを調べたり、その国の風土や歴史を考えて料理を出すことがある。コカ・コーラ好きのアキノ・フィリピン大統領にはコーラのグラニテが出されたり(コースメニューを見ると個人的には違和感アリアリだが)、天ぷら好きで魚アレルギーのあるタイの皇太子には精進揚げ、その妃には大好物のカリフォルニア巻きを供したりする。

イスラエル大使だった内田勝久氏が当地でイスラエル諜報機関のトップを招いて会食した際、先方がニンニクが苦手であることは事前に伝えられていなかったが、供された料理には一切ニンニクが使われていなかった。驚く相手にニッコリと微笑みながら「大丈夫ですよ、私はあなたのことはすべてわかっていますから」と答えたのは大使夫人の真美子さん。外交官夫人どうしの人脈や現地で知り合った女性たちとの交流を通じて先方の嗜好を熟知していたのだ。女性同士の情報力は諜報機関顔負けなのである。

尚、2009年12月にトルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領が初来日した際、外務省から出向している担当者が選んだ赤ワインはシャトー・シュヴァル・ブラン。事前に調査したところ、トルクメニスタンは名馬の産地であり、大統領自身も乗馬が趣味で、白馬を持っていることがわかったため、このワインを選んだ(シュヴァル・ブランは「白い馬」という意味)。会話の糸口にもなるし、相手のことをよく知っています、というメッセージを送ることもできるからだ。ところが、某国首相の鳩ポッポなる人物は「今夜は何か馬にちなむワインが出るそうで……」と夕食会前に実にセンスのない一言をつぶやくも、その声が小さくて先方に聞こえず無視され、食事中もまったくこの話題に触れないままで終ったという。担当者の工夫が無駄になった例である。

さて、日本の饗宴の白眉だったと著者が言うのが、安倍寧氏と辻芳樹がタッグを組んだ2000年の九州・沖縄サミットの首脳晩餐会だ。著者の前著でも触れられていたが、この詳細については、ぜひとも本書を買って、著書自身が詳細に綴った文章で読んでいただきたい。一方、品数の多さやワインセレクトのちぐはぐさゆえ、著者が疑問符をつけたのが、洞爺湖サミットの社交晩餐会。このときはワインのセレクトにサミット事務局が口を出すなどしたのがその原因だ。沖縄サミットのように、素人の要求を跳ね返すような、一体感のあるプロフェッショナルのチームができあがっていなかったのだ。

このサミットのメニューは翌日の英国紙で批判を浴びる。アフリカの飢餓や食糧危機問題を論じる首脳たちがキャビアやウニに舌鼓を打つことに疑問を呈したのだ。このことも一因となったのか、近年の国際的な会合の食事会は豪奢な饗宴から、実質本位のシンプルな食事に移行しつつあるという。例えば、11年G8は、実務を話し合うワーキング・ランチからスタート。そのメニューは、

カニのサラダ、黒オリーブ“タギアッシュ油”とレモンのデレッシングで

オージュ地方特産の家禽、ドーヴィル風。ノルマンディーのジャガイモと共に

フランボワーズのタルト、マスカルポーネチーズとレモンで

〈飲物〉

コンドリユ アムール・ドゥ・ディユ09年

シャトー・ラローズ05年

シャンパン ペリエ・ジュエ ベル・エポック

品数も少なく、シンプルな料理が多いが、味は「素晴らしかった」そうだ。ちなみに2010年7月に菅首相がフランスのフィヨン首相を迎えた際のワーキング・ランチは下記。

膳菜 厚焼き玉子、イチジク胡麻クリーム、大板かまぼこ、   サーモンといくら、薩摩芋蜜煮

お椀 百合根の茶碗蒸し

造り 本まぐろのトロとシマアジのにぎり鮨

焼物 黒毛和牛ローストビーフに、赤キャベツの山椒煮とアスパラ添え

焚き合せ 焼なすや穴子、ピーマン

御飯 ふかひれ御飯と赤だし、香の物

デザート 夏桃と抹茶アイスに小豆

〈飲物〉

コルトン・シャルルマーニュ03年

シャトー・ラトゥール96年

田酒

品数が多く、ワインも高級で重い。コルトン・シャルルマーニュやラトゥールを飲んで「ワーキング」できるのかよ! と突っ込みたくなる。

以下は私個人の考えだが、日本が外国首脳をもてなす際、他国政府が要人に食事を出す場合に比べて、品数が多く、ワインも名の知れた定番ものが多いのは、自信のなさゆえの過剰さ、ではないか、と思う。アメリカ大統領は食事会で堂々とコーラを飲むし、ハンバーガーやホットドックを供すのだから、日本政府も堂々と自国のごく当たり前の伝統食を外国要人に勧めてもいいと思う。加えて言えば、本来日本人は、シンプルさのなかに、美しさを見出すことが得意である。外交上の食事におけるシンプルさへ向かう動きは、実は日本に有利なはずだ。「過剰な料理」を卒業して、シンプルの極みのような美しい食事を供するようになれば、それを食べたいがために、各国首脳がこぞって日本に来たがるかもしれない、などと考えてしまうだが。

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ていーあんだ 山本彩香の琉球料理
作者:山本 彩香
出版社:沖縄タイムス社
発売日:1998-11
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外国要人をもてなすなら、山本清香さんの手料理で泡盛をちびちびやる、というのが最高ではなかろうか。これなら英国紙に批判されることもないし、シンプルさというトレンドともぴったり。自分が外国の首脳だったら、いろいろ理由をつけて毎週でも来日する。

エリゼ宮の食卓―その饗宴と美食外交 (新潮文庫)
作者:西川 恵
出版社:新潮社
発売日:2001-05
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本書の原点と言える著者の作品。読んだ当時はそういう視点があるのか! と驚いたものだ。もうひとつ、今知って驚いたのは絶版だということ。古書は安く手に入るので是非。『ワインと外交』も面白い。

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