記録より 記憶に残る コレ弊害? 『セイバーメトリクス・リポート1』

鈴木 葉月2012年04月18日 印刷向け表示
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プロ野球を統計学と客観分析で考えるセイバーメトリクス・リポート1
作者:岡田友輔
出版社:水曜社
発売日:2012-03-10
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セイバーメトリクス(Sabermetrics)

野球についての客観的・統計的な研究。ビル・ジェイムズという一人の野球ファンによって提唱され、アメリカ野球学会の略称であるSABRと測定を意味するmetricsからその名がつけられている。当初は好事家の間の趣味として広まったが現在ではMLBの多くの球団が専門家を雇い入れ、チームの運営に活用している。

全米ベストセラーの書籍に続き、昨年ブラッド・ピット主演で映画化までされた『マネー・ボール』。貧乏球団アスレチックスが統計学的手法「セイバーメトリクス」を駆使し、プレーオフ常連の強豪チームにまで躍進したサクセス・ストーリーは、今や世間が知るところとなった。

ところ変わって日本プロ野球。本書はセイバーメトリクスを日本プロ野球に適用し、純粋に収集したデータを元に統計学と客観分析の見地から滔々と論じている。本体2,200円(+税)の良心価格ながら、充実したデータとユニークな論点は見応え・読み応え十分だ。

ここでの評価指標は数字がすべて。有名・無名は関係なし。名声・人気といったお飾りはきれいさっぱり取っ払い、徹頭徹尾、選手・監督・チームの実力を数字から読み取り、分析・考察を重ねていく。ときに痛快、ときにシニカルなその論調。草の根サイバーメトリシャンの舌鋒は鋭い。

本書の前半は「ゼネラルマネジャー視点で考える2012シーズンと将来」と銘打ったセ・パ両リーグ12球団の戦力分析。「[1] 2012チーム編成」の表は秀逸で、縦軸に年齢・横軸にポジション(先発投手、リリーフ投手……右翼手、指名打者)をプロットすることで、各球団がどのポジションにどの年齢の選手を有し、統計的にA~Eランクで評価された選手にいくら年俸を払っているかが、この表一つで俯瞰できるようになっている。

要するに、この表を眺めるだけで、

・各球団で穴となる、もしくは競争優位を発揮できるポジションはどこか?

・各選手に実力相応の年俸を払っているのか?

・ポジションの世代交代が円滑に行われそうか? (移籍により早急な戦力獲得が必要か?)

などが、誰の目にも手に取るように分かってしまうのである。

見応え満点のチーム編成表に続いては、「[2] オフの動きと2012の戦い」「[3] 将来展望」で戦力分析に移る。既に数字で大勢が決してしまった感もあり、淡々とした語り口に情け容赦は一切なし。

パ・リーグは、楽天・ロッテを除く4球団の戦力は拮抗しているようだ。

昨年、日本一の栄冠を手にした福岡ソフトバンクホークス。杉内・和田・ホールトンの3枚を失い、先発投手陣の運用における余裕は減少。ただ、二塁手(本多雄一)・三塁手(松田宣治)と20代でAランクを誇る2名のスター選手が全盛期を迎え、野手陣の攻撃力は西武と並びリーグ内で優位な立場を維持している。今後は二塁、三塁のマージンがあるうちに、いかに若手を育成するかが課題となる。

エース・ダルビッシュが抜けた日本ハムも、横浜を自由契約になったスレッジを放出時よりも低い年俸で契約。ファームに25歳以下の選手を多く抱え、30歳を超えた選手に関してはしっかりとした利得を稼げる選手でなければ、すぐに放出し若手に切り替える準備を見せるなど、相変わらず”したたか”だ。埼玉西武も中村剛也・中島裕之・栗山巧の3選手の打撃は健在。オリックスも所属選手の多くがほぼピークの30歳前後で、今年はリーグ制覇を目指すべきシーズンとなる。

他方、セ・リーグはオフの補強や編成の将来像で明暗が分かれつつある。強力な投手陣を擁し守備的な戦いを継続できる中日ドラゴンズ、キャッチャーとしてNPB歴代でも五指に入る打撃力を持った阿部慎之介、長距離砲として全盛期に入ったと思われるセンターの長野久義、今後10年以上は利得が見込める24歳のショート坂本勇人の野手陣に、杉内・ホールトンを加え厚みを増した先発陣を加えた読売ジャイアンツがリーグ制覇に名乗りを上げるだろう。

その他4球団については、以下の辛辣なコメントを見る限り、相当厳しい将来が待っていそうな気配である。今後、編成での巻き返しを期待したいところだ。

東京ヤクルトスワローズ

リーグ制覇まであと一歩に迫ったヤクルトは、チームの大黒柱であるセンターの青木宣親をポスティングで放出。海外FA権の取得は最短で2013年とまだ期間があったことを考えると、2012シーズンの優勝を早々にあきらめたと取れる選択だ。

阪神タイガース

現状、若手選手でチームの中心となれる選手はおらず、将来的に明確な強みとみなせるポジションはない。平野恵一、新井貴浩ら野手の主力選手がいずれも30代。鳥谷敬も海外FA権取得後の動向は不明。早急に手入れが必要なのは城島健司、藤井彰人がともに36歳のキャッチャーと、金本知憲が守ってきたレフト。先発投手陣も育成が進んでいない状況。リリーフ陣も同様で、MLB移籍を控えた藤川球児の代替候補の目途を、今期中に立てなければならない。

広島東洋カープ

若手の先発候補は多く存在し、ある程度の質の投手の数がそろっているのが強みだ。野手では丸佳浩(左翼手)の台頭が明るい話題だが、その他のポジションは世代交代の準備が進んでいない。ファームの野手層はかなり薄く、この中からうまく主力級が生まれ続けるとは考えにくい。

横浜DeNA

現在のDeNAは、低迷期間中の場当たり的な補強が響き、強みと呼べるポジションが存在しない。編成としては効率的な補強が急務だが、ここまではピントがずれた内容となっている。ラミレスを3.5億円で獲得したが、前任のスレッジと比べても利得の上乗せは少なく、コスト面は大幅に上昇している。

概して、年齢の高い選手は過去の実績を見込んで年俸は高めだが、全盛期を過ぎると目覚ましい活躍は期待できず、球団経営を圧迫していることが見て取れる。健全な球団経営を目指すのであれば、旬を過ぎた高給取りはいつでも放出できるよう、若手・成長株の発掘・育成に着々と取り組むのが王道だろう。

企業活動に置き換えれば、新卒採用と人材育成の重要さ、中途採用・給与システムの偏りによる弊害の縮図をここに見る心持ちがする。

本編後半の論評・分析論文の中でも、「日本シリーズ”投手酷使”史」は何とも生々しい。

手に汗握る投手戦も野球の見どころ。しかし、無理を強いる連投は確実に体を蝕む。特に、短期決戦の日本シリーズでは、勝負に固執するあまり重い負担がエースにのしかかる。

シリーズ史上の最多投球数は、大方の予想通り1958年の稲尾和久(西鉄)の578球。「神様、仏様、稲尾様」と謳われるように、全7試合のうち6試合(先発5試合・完投4試合)に登板、第3戦からの4連勝を飾り、奇跡の立役者となった。ちなみに稲尾はこのときプロ4年目の21歳。このときの獅子奮迅の活躍は今でも語り草となっているが、その10年後、31歳となった稲尾は9勝11敗と成績を落とし、翌年ユニフォームを脱いでいる。

日本シリーズを大エースに託す起用はその後も続く。南海ホークスが初の日本一となった1959年、杉浦忠は4連投4連勝という神業的な記録を打ち立てているが、その内幕は凄惨なものだ。第2戦、杉浦の右手中指にはすでに血マメができ、これを庇いながらの投球が続いていた。だが、1日空けて後楽園での第3戦にも杉浦は先発。試合中に血マメはとうとう潰れ、「血染めのボール」を受けていた捕手の野村克也が、心配してマウンドに詰め寄るほどだったという。

第4戦は雨で中止となり、血マメを潰した指に少し皮膜が張った杉浦の手の状態を見て、鶴岡監督が先発の決断を下したのは試合当日、遠征先の宿舎を出る直前のことだった。全力投球のできない杉浦は、コースをつくピッチングを余儀なくされたが、これが結果的に成功。3-0で巨人を完封し、大阪の球団に初の日本一をもたらした。

このシリーズで杉浦が投げた32投球回は、チーム全投球回の86.5%に相当する。1958年の稲尾(75.8%)を上回る歴代最高のパーセンテージだ。稲尾のときと同様、他の投手陣は全くと言っていいほど当てにされていなかった。

しかし、こうした酷使がたたったのだろう。杉浦は後に血行障害を患う。これだけの大投手でありながら生涯記録では200勝に届いていない(通算187勝)。何とも惜しい気がするのは私だけではないだろう。

時は流れ1990年代。分業制への理解も進んでいたというイメージも強いこの時代に、またしても驚くべき起用が起きた。1992年、日本シリーズ史上6番目に多い投球数を記録した、ヤクルトスワローズの岡林洋一の酷使である。(投球数430、投球回30、登板・先発・完投ともに3試合)

現役時代は南海の正捕手として、1959年に4連投4連勝した杉浦のボールを受けていた野村監督が、奇しくも今度は監督としてチームのエースに歴史的な酷使をさせることとなった。

鶴岡監督の二の舞を野村監督が演じようと意図したわけではあるまい。事実として、岡林は連投どころか救援登板すらしていない。1・4・7戦に先発し、登板間隔は移動日・中止日をはさんでいずれも中3日と最低限の休養は取らせている。しかし、第1戦は12回161球、第7戦も10回160球といずれも延長戦を投げ切り、結果として酷使の域に達してしまったと言える。(現役通算8年53勝)

これに懲りたのか、野村監督は高津臣吾という稀代のクローザーを見出し、翌年のシリーズで雪辱を果たす。その後、2度の日本シリーズでは細かな継投策で投手の登板の負荷を軽減させながら、シリーズを有利に戦っている。

「先発完投」・「150球の力投」といった、いかにも新聞の見出しを飾りそうなフレーズは耳に心地よく響くが、手放しで喜べる活躍とは言いがたい。そもそも、9回まで150球を要する投球は、素直に良い出来の内容とは言えないだろう。

誰もがそれに気づきながら見過ごされ、近年では登板過多のツケが回ったのか、松坂世代の”地盤沈下”が起こっている。松坂自身、2011年には肘の靭帯断絶が見つかり、手術を行った関係で2012年は早くともシーズン後半の復帰という予定になっている。

近年、こうした過去の反省がようやく生かされつつあるようだ。ダルビッシュや田中将大らの新しい世代は、適切な投球数で降板することが容認され、結果として2桁の完投数を記録しながらも150球以上投げる危険性を回避している。

また、投手交代で物議を醸した中日ドラゴンズの落合前監督も、主力投手の負荷に気を配ることで若手育成・ベテランの起用のバランスをとり、見事な投手王国を築き上げた。2011年日本シリーズが終了した直後、11月22日付の東京新聞に掲載された中日ドラゴンズOB杉下茂氏の言葉が、落合監督の手腕・実績に対する何よりの証左である。

「監督というものは、優勝するために投手を酷使し、踏み台にする人が多いが、岩瀬(仁紀)にしても吉見(一起)にしても、落合(博満)監督は選手を大事に扱ってくれた。それが嬉しかった」

この他、本書では

・送りバントは無駄死なのか?

・盗塁が得点、勝率に及ぼす影響

・「投手の力投」と「打者の援護」

といった、一般的にファンや解説者の間で語られている野球のセオリーやジンクスについても統計を用いた検証を行っている。一読の価値アリだ。

スポーツ、ビジネスに限らず、責任のある立場にある者はことあるごとに判断と結果を求められる。そのとき、誰しもが周囲の評判、過去の成功体験、慣習、目先の利益といった誘惑や目くらましを退け、出来うる限りの客観的事実・定量分析・長期的視点に立った決断が果たして下せるだろうか。

本書は「自戒の書」として、あらゆる分野のリーダーの手元に置く価値があると考える。時折これを見返し透徹した視点を磨く、そんな一冊が書棚にあっても良いのではないだろうか。

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セイバーメトリクスの本場・メジャーリーグの真髄を味わいたい方はこちら。

本書の執筆者による「セイバーメトリクス組織論」をもっと読んでみたい方はこちら。

采配
作者:落合博満
出版社:ダイヤモンド社
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巷では賛否両論あるも、個人的には落合監督のリーダーシップスタイルには共感できるものが多い。ただ自分の場合、同じ淡々とするなら、もうちょっと愛想良くしていようとは思いますけどね(苦笑)。

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