アブラゼミはナッツ味?『昆虫食入門』

2012年4月20日 印刷向け表示
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昆虫食入門 (平凡社新書)

作者:内山 昭一
出版社:平凡社
発売日:2012-04-15
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「昆虫を食べる」と聞くと眉をひそめる人も少なくないだろう。だが、世界では90カ国で1400種以上の昆虫が日常的に食べられている。タイなど現在進行形で昆虫をわんさか食べている国もあるし、日本でもついこないだまでは羽音が聞こえるくらいバリバリと昆虫を食べていたのだ。1986年に生態人類学者の野中健一氏が食用昆虫の都道府県別の在否を調査したところ、イナゴやハチの子は40県以上で食べられていた。ゲンゴロウやセミもそれぞれ8県、5県と少なくない。少しさかのぼり、1946年に刊行された昆虫学者の野村健一氏の書籍によると、全国で約20種類の昆虫が食べれられいたという。利用例数が多い順にあげるとハチ、イナゴ、カミキリムシ、カイコ、コガネムシ、ゲンゴロウ、ガムシ、コオロギ、カマキリ、セミ、トンボ、ヘビトンボ。野村氏はこの書籍でこう記している。「昆虫は結構食べられるものである」。

昆虫料理研究家である本書の著者の視点もその同一線上にある。結構食べられる存在である昆虫を、「どうすればおいしく食べられるか」だ。本書を捲るといきなり、強烈と言っていいほどの、さまざまな虫料理の写真が目に飛び込んでくる。正直、おいしいのかまずいのか全くイメージはわかないが、創意工夫は伝わってくる。ネタが虫の虫寿司やらボクトウガの茶碗蒸し、スズメバチのから揚げ、トノサマバッタの素揚げ・・・。見たことも聞いたことも無い料理が並ぶ。単なるゲテモノ食いにしか見えないが、これらのメニューは著者とその仲間たちが試行錯誤の末、行き着いた究極のメニューなのだ。未知の味の虫を食べまくり、香りや風味を文字通りかみ締めながら素材を生かせる最適なメニューを考え抜いたのだ。臭みや硬さを解決する前処理の方法も記されているように、地味な作業も手を抜かない。虫を食べるのに、ここまで心血を注がれると、「昆虫食べてみようかな」という気持ちがふつふつとわいてきたりする。

著者は虫食いを単なる珍奇な娯楽としては片付けない。栄養学的に見ても養殖の生産効率で見ても、虫は今後、有望な食料資源であるという。すでに、国連食糧農業機関のワークショップでは食糧難の時代を見据え、昆虫食が議題にあがっている。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の研究グループでは飼料効率が高い昆虫を宇宙食として取り入れる研究を進めているという。著者によれば、もっとも生産効率が高く栄養価も高い昆虫はイエバエという。一世代にかかる日数はカイコガの半分の3分の1の2週間で、栄養は鶏肉と比較してもたんぱく質が多く、脂肪は少なめで、ミネラル、炭水化物、ビタミンも含まれているという。

「屁理屈はわかった。結局、うまいのか」と指摘を受けそうだ。「虫はおいしいのか」は本書の最大のテーマのひとつであるし、読者の関心もおおきいだろう。冒頭に記しても良かったのだが、食事中の人がいきなり読むと危険だからあえてここまで書かなかった。ここから先は読んで想像すると少し気分が悪くなる方もいるかもしれないので覚悟して読んで欲しい。

本書では食品会社の研究員も交えて、46種類の昆虫を食べて味を網羅的に調べ、おいしさを5つ星で評価している。調理は素材そのものの味がわかるように蒸すだけだ。ちょっとグロテスクな感もあるが、本当に蒸すだけだ。結果、満天の5つ星は以下の2種類だ。

カミキリムシ(幼虫、蛹、成虫とも):甘味とコクが強く、クリーミーで油が多い。ふんわり甘いバターのような食感                         オオスズメバチ(前蛹):甘味とうま味が強く、とてもクリーミー。鶏肉と豆腐のような風味。

逆にひとつ星は7種類。カイコ(成虫)、ツマキシャチホコ(幼虫)、アカスジキンカメムシ(幼虫)、アトラスオオカブト(成虫)、ゲンゴロウ(成虫)、コガネムシ(成虫)、トビズムカデ(成虫)。アトラスオオカブトを蒸して食べるのかと驚いたが、味は「蒸れたような臭いがしてとても臭い」らしい。

満点ではなかったが、品評会で意外に評価が高く、4つ星を獲得した虫がいる。Gだ。たぶん日本で一番嫌われており、私もこの世の中で五本の指に入るくらい嫌いで、これからの時期、かさかさとわれわれに忍び寄るあのGだ。品評会では大型種のアルゼンチンモリGを試食している。肝心の味だがエビに似ているという。著者が定期的に開催している昆虫試食会でも参加者のアンケートでは「料理の味は一番ノーマル」などの感想が多く、否定的な評価は少ないという。Gの刺身もあるらしい。臭気もあるが、「ホヤの刺身と思えば気にならない」とか。気になるって・・・。

ただ、文化人類学者のマーヴィン・ハリスは昆虫についてこう語っている。「わたしたちが昆虫を食べないのは昆虫がきたならしく、吐き気をもよおすからではない。そうではなくて、わたしたちは昆虫を食べないがゆえに、それはきたならしく、吐き気をもよおすものなのである」。確かにそれは真実かもしれない。私自身、虫は大嫌いなのだが、本書を読み少しばかり昆虫食に前向きになった。イナゴの佃煮しか食べたことはないが、もしかしたら、食べたら好きになるのではという気持ちが不思議なことに芽生えている。酒に合う昆虫などの言及はなかったが、もし記述があったら缶ビール片手に虫捕り網を振り回している自分が容易に想像できてしまうのだ。さすがにGは嫌だけど。

「あー昆虫が食べたくなった」という人も少なくない(?)と思われるので、いくつかサイトを紹介しておく。

著者が主催する試食会

http://insectcuisine.jp/?page_id=548

佃煮や生きたイナゴを取り扱ってます。

http://www.tsukahara-chinmi.com/

「ハチの子飯」を買えます

http://www.green-farm.info/index.php?f=hp&ci=14093&i=14180

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楽しい昆虫料理

作者:内山 昭一
出版社:ビジネス社
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昆虫食先進国ニッポン

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嫌われものほど美しい―ゴキブリから寄生虫まで

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