『海から生まれた毒と薬』

成毛 眞2012年05月06日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
海から生まれた毒と薬
作者:Anthony T. Tu (杜 祖健)
出版社:丸善出版
発売日:2012-04-27
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

「毒にも薬にもならないやつ」とは目立った短所も長所もない退屈な人を揶揄した言葉だ。ときに毒は薬にもなり、短所は長所にもなる。

薬剤開発において毒が薬になるためはLD50とED50が大きく離れている必要がある。LD50とは毒を与えた動物が50%死亡してしまう量(letan dose)のことだ。いっぽうED50とは薬を与えた動物の50%に薬効があった量(effective dose)のことである。このLD50とED50が離れていればいるほど薬としては安全だということなのである。全身麻酔剤のLD50とED50は非常に近いため、一歩間違えると患者は死ぬ。そのために専門の麻酔医がい必要なのだ。

第2次世界大戦後の冷戦期、アメリカは自国スパイに自殺用の毒薬をもたせていた。KGBに捕まったばあい拷問より死を選ぶためである。青酸カリは死ぬまでに数分かかるため苦痛もあった。そこでアメリカはサキシトキシンを開発してスパイに持たせたという。青酸カリのLD50は10mg/kg。サキシトキシンのLD50は0.0034mg/kg。3000倍も毒性が強いので苦痛が少なかったはずだという。このサキシトキシンは毒性のある麻酔性貝毒をもつ二枚貝から発見された。貝は有毒の藻をエサにしていた。

本書はこのようなエピソードを交えながら、重要な物質については構造式を添えつつ解説していく。対象読者は毒性学、薬理学、生化学、生理学などに興味のある学部学生や研究者などと思われるのだが、トリビア満載の大人の図鑑として読むこともできる。淡々として過不足の一切ない文章は小気味よく、要所にかならず図版や写真も入っているし、物質名や生物名には必要に応じて英語や学名が添えられていて、じつに丁寧に作られた本だ。

たとえば第3章では赤潮を取り上げる。赤潮の発生原因はいうまでもなく藻の大量発生だが、その藻が作り出す毒の構造式、そしてその毒が生体に対してどのように作用するかについて神経軸のナトリウムチャネルを図示して説明する。章の冒頭には「出エジプト記」や「続日本紀」まで引用する親切さだ。

第4章はフグ毒と海蛇毒の比較だ。この2つの毒の作用は似ている。中毒を起こしたばあい、意識ははっきりしているが手足を動かせなくなるのだ。しかし、構造はまったく異なっていてフグ毒は小さな分子で上述のナトリウムチャネルに作用するが、海蛇毒の分子量は7000もあり筋のアセチルコリン受容体に作用するという。

以降の章では、魚の刺毒、クラゲやイソギンチャク、魚の腐敗とアレルギー、海産毒からの薬とその原理、駆虫薬海人草、ナマコから水虫薬。海綿由来の特異なヌクレオシドと抗ウイルス薬、ホヤから抗がん剤、日本産海綿から生まれた抗がん剤、魚油から抗動脈硬化症・高脂血症薬、海産健康食品と続く。

そのなかから面白かった項目をもう少し紹介しておこう。モルヒネよりも効果が強く、モルヒネ中毒症がないジコノチドという麻酔薬はイモ貝由来の毒から作られた。ナマコ漁師は水虫に罹らないことを知った京大の学生が開発した水虫薬がある。エーザイが販売している乳がん治療薬ハラヴェンは日本産海綿から得られた物質をもとにしている。

本書の後半にはお馴染みのEPAやDHA、アスタキサンチンやフコキサンチンなどのサプリメントが登場する。それぞれ構造式が図示されたうえで、生体への作用を解説している。どのように薬効があるかどうかは本書を読んでのお楽しみだ。

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら