『ルポ 子どもの貧困連鎖』 見えない苦しみ

村上 浩2012年05月22日 印刷向け表示
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ルポ 子どもの貧困連鎖 教育現場のSOSを追って
作者:保坂 渉
出版社:光文社
発売日:2012-05-18
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定時制高校2年の久美は自らの体に起こる異変に気づいていないわけではなかった。深夜アルバイトの最中に倒れたことは1度や2度ではなかったし、ぜんそくと腹痛がやむこともなかった。それでも、病院へ行くことをためらったのには理由がある。父親の洋平が営む廃品回収行が赤字続きで、国民健康保険料を滞納していたため、無保険状態だったのだ。家計を支えるために働く久美は、病院へ行くことはおろか、家で安静にしていることすら許されなかった。

保護者が国民健康保険料を払えないことによる子どもの無保険状態を改善するため、2010年7月から高校生世代にも短期保険証が交付されるよう法改正が行われた。厚生労働省によると、短期保険証の交付者は久美のような高校生だけでも1万人を超えるということだ。学校基本調査によると、2011年度の全国の高等学校数はおよそ5000校なので、どの学校にも2人程度はこのような状況の生徒がいる計算となる。この数字を多いと感じるか、少ないと感じるかはそれぞれだが、久美のようなケースが決して珍しいものではないという現実は何とも重い。

俺の仕事と生きる権利を奪うのか

定時制高校で生徒指導を担当している藤井は、生徒の予想外のリアクションに困惑していた。藤井は、授業中に携帯電話で喋る男子生徒を注意しただけである。ところが、彼らにとっての携帯は贅沢品でも、暇つぶしの道具でもなく、職場の勤務シフト変更の連絡を受けるためのライフラインだったのだ。授業中だからと電話にでなければ、その生徒の仕事はなくなっていたかもしれない。「子どもの貧困の見えづらさ」を藤井が痛感した瞬間である。携帯を持ち、一見小奇麗な格好をしているその生徒がまさか、保険料も払えず、授業料と家賃のために深夜までアルバイトをしていると想像することは容易ではない。

「過去最悪の相対的貧困率」「二極化社会」「格差社会」などのキーワードはよく耳にするようになったし、それを指し示す統計データを目にする機会も増えたが、その数字を構成している一人ひとりの生活までに思いが至ったことはどれほどあっただろうか。それでも着実に、貧困の現実は多くの人に襲い掛かっている。本書は共同通信社に配信された『ルポ 子どもの貧困』を加筆修正し、専門家のインタビューが盛り込まれた一冊である。連載当時のタイトルに“連鎖”のキーワードが付け加えられていることに、本書を通して感じられる、貧困から抜け出すことの難しさが表れている。

4章からなる本書だが、第1章は高校、第2章は中学校、第3章と4章はそれぞれ小学校と保育園を扱っている。著者は本書の取材に相当苦労したようだ。藤井が上述するような“貧困の見え難さ”に加えて、親を気遣い子ども自ら貧困を隠すことで貧困の見え難さが増しているからだ。著者は、教育関係者からさえ、「子どもの貧困なんて存在するの?」という質問をぶつけられたこともある。

読み進めるのが辛くなるほどどうしようもない現状が、本書を通して描き出されている。例えば、大阪府のある公立小学校では始業前の保健室に行列が出来る。その行列をつくっているのは、給食の残りのパンと牛乳を求める子どもたちだ。彼らは家庭で十分な食事を得ることができず、保健室で与えられる「とっておきの朝食」を楽しみにしている。このような取り組みが行われている学校はまだ良い方かもしれない。誰にも知られることなく飢えている子どもたちもいるはずだ。本書には、母親がうつ病となり荒れ果てた家を掃除しに行く教師も登場するが、このような行動を全ての教諭に求めることなどできるはずもない。仕組みからこぼれ落ちた子どもを救うために、現場は相当に無理をしているのではないか。

連載中は様々な反響が寄せられ、「自分にできることはないのかと考えます」という意見も多く寄せられた。著者自身も「自分になにができるのか」と自問自答を繰り返しながら連載を続けたようだ。見えにくい子どもの貧困の実態と、自分自身に対する問いかけを心にずっしり刻み込む一冊である。

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ルポ - 子どもの無縁社会 (中公新書ラクレ)
作者:石川 結貴
出版社:中央公論新社
発売日:2011-12-09
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所在不明の「居所不明児童生徒」と呼ばれる小中学生を追いかけた一冊。HONZ朝会で紹介されたときは案の定、「そんなことあるの!?」というリアクションをしてしまった。栗下直也によるレビューはこちら

ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)
作者:青砥 恭
出版社:筑摩書房
発売日:2009-10
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高校中退の現場で何が起こっているのか。彼らが高校中退に至った原因はなにかに迫るドキュメント。こちらも読んでいて気持ちが重くなる。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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