編集者による装丁マニュアル

ハマザキカク2012年06月17日 印刷向け表示
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先日、東京MXテレビの『装丁ジャンケン』という、編集者が担当した本の装丁について、バトルするという番組に出演しました。青林工藝舎の手塚社長と対戦して、負けてしまいましたが『エロ語呂世界史年号』も大変好評でした。この本のカバーは編集者である私が造りました。もしかしたらこの『装丁ジャンケン』、今まで出演した編集者の中で、自ら装丁を手がけたという人はいなかったかもしれません。奇抜な企画が売りのハマザキカクのもう一つの特徴が自らDTPだけでなく、本のカバーまで造っているという事です。組版(レイアウト)を編集者自らが手がける事は、今はそれほど珍しい事ではありませんが、カバーまで造っている人はなかなかいない様です。

そこで今回の「ハマザキ書ク」では、デザインの勉強をした事がない編集者でも、手っ取り早くそこそこ見栄えがする装丁を造るテクニックについて、紹介したいと思います。私自身、どこかでデザインを学んだ事はなく、全て独学です。カバーやデザインは、作り手自らが客観的に評価し辛いものですが、今年初め、『デザインの現場』の元編集長が運営する「これ、誰がデザインしたの?」というブログでも「編集者による装丁本」で取り上げられたので、一定水準に達しているのかもしれません。幸い、著者や書店員からは概ね好評です。証拠として私自らが装丁を手がけたというと、多くの人が驚き、中には全く信じてくれない人もいます。

最初は経費削減が理由で自らカバーを手がける様になりましたが、今では仮に十分な予算を掛けられる企画でも、デザイナーには頼まないで自分でやります。著者を除いて本の中味を最も熟読し、客観的に内容を理解しているのは編集者でしょう。人文書などテーマによっては、デザイナーだと内容を理解できない事も多いです。またデザイナーの方がベテランで立場が編集者より上だと、遠慮が働いて訂正や要望をお願いしにくくなります。人によってはふて腐れて、更にデザインが悪化する事もあります。またカバーが出来上がるのは概ね入稿直前なので、出来上がりに不満が残っていたとしても時間切れで、そのまま印刷せざるを得ない事もあります。

他の編集者の話を聞いていると、ただでさえ著者と本文についてバトルしている上に、カバーを外部のデザイナーにお願いする事による、心労やストレスで精神的にも相当参っている人も多いみたいです。

先日、『AGEEIJI』というブログの「K君の思い出」エントリーで、国書刊行会の薄給(?)編集者が自らのポケットマネーでデザイナーに依頼した美談が、編集者界隈で涙を誘いましたが、今の時代、PhotoshopやIllustratorを操作できる編集者なら、カバーは自ら手がける事をお奨めします。それでは今回は『アルバニアインターナショナル』という本を例に取って、私がカバーを造るに当たって、普段用いているテクニックを紹介しましょう。

●Amazon洋書検索

まず最初に本のカバーを造るに当たって、コンセプトをハッキリ意識する必要があります。最初にやる事はアルバニアの象徴的なイメージを抽出する事です。アルバニアと言えばよく世界で一番国旗が格好いい国と言われています。日本ではこの国の本はほとんど出版されていませんが、アメリカやフランス、ドイツなど海外のAmazonで検索するとかなり出版されている事が分かります。海外におけるアルバニア本の先行書を調査し、そこから気に入ったカバー画像を収集する事で、ある程度装丁のイメージの方向性が見えてきます。

●Flickr検索

写真共有サービスFlickrでは世界各地の写真愛好家が様々な写真を投稿しています。「Albania」と検索する事によって、アルバニアを世界の写真家達が、どの様なイメージで捉えているのか、おおよそ把握できます。中には写真を加工してポスターやハガキ風にしている人もおり、スタイリッシュなアルバニア像のインスピレーションを受ける事ができます。

●deviantART検索

写真の次はイラスト投稿サイトdeviantARTで「Albania」と検索します。写真ではなく創作図で、アルバニアのイメージがどういう風に演出されているか、その先行例を知る事が出来ます。自分でも思いも寄らなかった手法で、アルバニアが表現されている事が分かります。

●DVD検索

私が手がける本は常に書籍よりは、DVDのパッケージをイメージして造っています。映画のポスターワークやパッケージはとてもスタイリッシュでキャッチーに造られているので、そのイメージに基づいて造ると書店でも目立ちます。カバーに取り組む前にDVDレンタル屋さんに行って、イケてるアメリカの若者風な気分を盛り立てます。

●集めた画像を一つのレイヤーに重ねた後、黙想

以上の4つの手法でひたすらアルバニアのデザインの先行例を、一つのフォルダーに集め続けます。そしてPhotoshopのレイヤーに重ねまくります。そうするとある程度、それぞれのイメージの良いパーツが見えてくるので、その部分だけを抽出し、精神統一します。そして目を瞑り、頭の中で想像し続けると、カバーの方向性が見えてきます。

●フリーフォントを使う。場合によっては作字も

カバーで最も印象に残る部分は書名です。アルバニアというとカクカクした共産主義イメージ。コンピューターに最初からマウントされているフォントで、この雰囲気を再現できるものはありません。『アルバニアインターナショナル』では「Core 12Bit」という角張ったフォントを使いました。「フリーフォント最前線」や「和文フォント大図鑑」など、各種フリーフォント紹介サイトに商用でも無料で使用できるフォントがあります。これらのフォントを集めて置き換えるだけで、ガラっと印象が変わります。ただしひらがなやカタカナのみのフォントが多いので、書名に漢字が入るとなると、作字する必要があります。

●無料オンライン素材を使う

アイコンやパーツなどで一からイラストを描き起こすのは至難の業ですが、日本だけでなく世界各国のオンライン無料素材提供サイトを探すと、かなり使える素材が入手できます。この辺の無料素材は玉石混交で、限りなく無数にあるので、「Photoshop, Illustrator, free, download, tutorial, layer, brush, vector, eps, psd, ai」等、色んなキーワードの組み合わせ検索してみて下さい。ご存じの方も多いと思いますが、『PHOTOSHOPVIP』でこうしたサイトがよく紹介されています。また『MdN』などデザイナー向けの雑誌でもよく特集が組まれています。

●基調となる色をなるべく2色に限定

慣れていないとやりがちなのが、色んな要素を詰め混みすぎて、本が虹色になってしまう事です。カバー造りに熱中していると、その本一冊だけの事しか見えてきません。しかし書店に行くとありとあらゆる色の本が置いてあり、カオスです。そんなレインボー色ジャングルの中で、最も本を目立たせる方法は何かというと、敢えて色を制限する事です。また基調となる色の面積が大きければ大きいほど、棚での色の専有面積が広がり、存在感が突出します。ごちゃごちゃ色んな色を取り混ぜるのではなく、2色刷りぐらいの覚悟で禁欲的に使用する色を制限すると、引き締まり、書店でも目立ちます。

●最初に造る

本のカバーは大体、本文のゲラが出来てからデザイナーに依頼するみたいですが、私は可能な限り、まだ著者が原稿を書き終える前から、カバーを完成させています。最初にカバーが出来上がっていると、本が完成した時のイメージが分かり、執筆意欲が沸きます。書店に並んだ時の事を想像すると、早く書き終えたくなります。明らかに本に対するモーチベーションが異なります。またカバーが出来ている事によって、その本のコンセプトやゴールがより明瞭になり、著者と意識や連帯感を共有出来ます。

●初期の段階で印刷し、机に置いておく

創作活動は情熱以上に冷静さが必要です。著者の独りよがりの想いや自惚れを戒め、軌道修正させるのが編集者の最大の任務ですが、その編集者自らがカバーを造るのは相当なリスク。編集者自らが自身の自惚れや、独りよがりを抑制させるのは非常に困難です。実のところ最終的には不可能でしょう。ある意味、編集者自装の最大の試練はここにあると言っていいと思います。特にセンスや創作性を問われるデザインワークは、完成後、ハイになっており、得てして自信過剰に陥りがち。そこで私がやっているのが、出来上がったカバーを印刷し、同じ厚さの本に掛け替え、あたかも既に市販されている本かの様に、机に置いておく事です。社内・社外の人の目に留まり、率直な意見を耳にする事ができます。出来るだけ試作品のダミーだとは思われないぐらい、精巧に印刷し、切り取って巻いておくと、「何この本?」「この本面白そうだね」などと直接、生の意見が聞けます。

●自宅のさりげない場所に置いておく

会社の机の上に置いてあると、見える角度や情景が常に一定です。本は出来上がった後、あらゆる環境に置かれるので、自宅の食卓や本棚にもさり気なく置いておきましょう。そうすると実際刊行された後、どういう風に背景に溶け込むのかシミュレーション出来ます。また社内では同じ社員や上司だったとしても他人なので、批評するのに多少の遠慮が少なからず発生しますが、家族は遠慮無しに駄目なところや、率直な感想を助言してくれます。家族からの意見は最も貴重なアドバイスとして傾聴に値します。

●ディスプレイの壁紙に設定する

文章やイラスト、音楽など創作物は出来上がった後、作り手自身が客観的に冷静な判断を下す事は不可能です。特に出来上がった直後は「自分って天才!」と興奮気味。しかし時間を置いて見てみると、徐々にダメなところが見えてきます。逆に言うとダメなところは、時間を置かないと見えてきません。カバーを机や自宅だけでなく、ディスプレイの壁紙に設定しておけば、否が応でも四六時中視界に入ってきます。常に見ているとちょこちょこと直したい所が出てきたり、後で良いアイデアを思い付いたりします。メモリー消費量が上がってしまいますが、出来ればPhotoshopやIllustrator等のソフトを常時起動状態にして、カバーファイルを開いたままにし、いつでも微修正・微調整出来る様にしておきたいです。

●ソフトのフィルター・プラグイン機能を試しに使いまくる

編集者がカバーを手がけるメリットとして、試行錯誤出来るという事が挙げられます。デザイナーなど外部に頼むと、「試しにこうやってみて」「やっぱ元に戻して」と頼むには気が引ける事が多いです。そもそもデザイナーに依頼すると何度もメールで文章で、事細かに指示をお願いするのも面倒だし、「試しにこうやったらどうなるのだろうか?」というシュミレーションをお願いするのには、とても遠慮が働いてしまいます。しかし自分のコンピューターで作成していれば、実験的な操作や配置は時間が許す限り、やりたい放題です。Photoshopのレイヤー機能を適当に押しまくってると、偶発的に思いも寄らない効果的なフィルターが造成されて、そのまま使える事も多いです。これは文章で意識化して、デザイナーにお願い出来るものではなく、偶然の産物ですが、編集者自身のパソコンで編集者が自分で操作しないと、不可能です。ここだけの話、ハマザキカク本のカバーでPhotoshopのオマケ機能をいじりまくっていたら、偶然格好良くなってしまったのが結構あります(笑)。

●Amazonのアイコン並に縮小してみる

ディスプレイで見ていると、実際本になった時のサイズ感覚を忘れがちです。特にファイルを拡大して細部に芸を細かく熱中して何かを施したりしてみても、実際印刷したらあまりよく見えなくて労力の無駄という事があります。逆に言えるのが、最も人が本を目にするのはもはや書店ではなく、Amazonなど各種オンライン書店という事です。参考までにAmazonの以下の全てのサイズをシミュレーションしてみましょう。おおよそですが「検索結果」78px×115px、「該当ページ」205px×300px、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」68px×100pxです。この全てのサイズで書名が分かる様にすると、視認性が高くなり、ネット上の衝動買いに繋がる可能性も高まり、記憶に残りやすくなります。

●帯文はAmazon等の書誌データに載る

カバーとはテーマが少し離れますが、Amazonや各種オンライン書店サービス、図書館では、帯のキャッチコピーや文章が、本の書誌データ・紹介ページにそのまま載せられる事が多いです。それを意識して書いた方がいいでしょう。尚、帯の裏に目次や本の内容を記載しておくと、それがそのまま転載される確率が高いのでお奨めです。

以上、今回の「ハマザキ書ク」は一般読者と離れて、出版業界向けの話になってしまいましたが、HONZは今や、多くの出版社からも注目される存在になっていると思われるので、その結節点として、今回の記事を書く事にしました。出版社の多くがその会社の慣習や規定で、編集者自らがカバーを制作する事はなかなかないと思いますが、中小零細出版社では編集者自装に取り組んでみてもいい時代に差し掛かっていると思います。

●補足:ハマザキカク本の中で、『いんちきおもちゃ大図鑑』即席麺サイクロペディア1『ゴム銃大図鑑』合同会社エムビーというデザインオフィスにお願いしました。いずれも北村卓也さんの手によるもので、私の意図を全て読み取ってくれて、出来上がりに百パーセント満足しています。なぜこれらの本をエムビーに頼んだかというと、本文のレイアウトが図版だらけのカタログ風の本なので、自分で一貫して作るのが不可能だったからです。エムビーはDisk Unionなどの本やパンフレットも制作している、オシャレな感じのデザインに強いです。その一方では『Shadows of Evil』というブラックメタル本も手がけていたりと幅が広いので、是非、デザイン案件をお願いしてみて下さい。

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