『精子提供 : 父親を知らない子どもたち 』 新刊超速レビュー

仲野 徹2012年08月03日 印刷向け表示
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精子提供: 父親を知らない子どもたち
作者:歌代 幸子
出版社:新潮社
発売日:2012-07-27
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おもしろいノンフィクションを紹介するという『HONZ精神』にのっとり、手に取るや置くにあたわず一気読みした本をレビューする、というのを原則にしている。が、今回だけは例外である。内容の重さに、何度も何度も天井を仰ぎ見なければならなかった。しかし、それでも皆さんにご一読をお薦めしたい。親子とは何か、という、おそらく多くの人は気にしたこともないが、根源的な問題を真剣に悩まなければならなくなった人たちの物語を。

『精子提供』は、AID(非配偶者間人工授精)によって生まれた人たちの話である。AIDというのは、不妊の夫婦に、第三者の精子を用いて受精させる「治療法」だ。多くの場合、生まれてきた子供には、AIDで生まれたことが知らされていない。しかし、ふとしたことで、AIDによって生まれてきたことを「知ってしまう」例も多い。そのとき、AIDで生まれた人はどう思うか、そしてどうするか。

誰にも、小さいころ、ひょっとしたら自分はこの家の子ではないんじゃないか、と夢想したことがあるだろう。しかし、それが、半分とはいえ現実であった時の衝撃を想像できるだろうか。それぞれに異なってはいるが、「親にだまされてきた」あるいは「私の存在の半分は何なのか」と感じてしまう人が多いのだ。

中には、半分の欠落を探すために、AIDのドナーを探しはじめる人もいる。日本では、あくまでもドナーの匿名性は保たれているが、イギリスなどのように、ドナーを知る権利を、一定の年齢に達したAIDで生まれた子供に与えている国もある。知ったところで、父親として接してくれることはありえない。せんないことだという気はするが、知りたくなってしまう気持ちも当然かと思う。

AIDというのは、それをおこなった時だけでなく、子供が生まれてから何十年もの間、ひきずられていくものである。きちんとした統計がとられていないので正確なところはわからないが、我が国では、1960年代くらいから盛んにおこなわれたとされている。その後、離婚率の上昇、子供を持たない夫婦の増加、親子のDNA鑑定法の開発、などなど、当時は予想されなかったことが次々と生じてしまっている。

いろいろな理由があったとしても、AIDを「悪しきもの」として利用した両親はいないだろう。それでも、時が流れ、結果として家族にとって大きな問題になってしまうことがあるということなのだ。時を逆転させることなどできない。問題になった家族がそれをどう受けとめていくのか、あるいは、どうして受け入れる事ができないのか。紹介される事例のいくつかには、胸が締め付けられる思いがする。

10年ほど前、こういったことに関連する学会の倫理委員会のメンバーであった。産婦人科・泌尿器科の医師、社会学・法学の先生らにまじって、基礎医学者としての参加であった。AIDや出生前診断など、いろいろな事例を聞いて討論した。しかし、いくら考えて討論しても、全員が完全に納得できる落としどころなど見つかりはしなかった。

この本を読んで、医療と倫理について、一度しっかりと考えてもらいたい。AIDにしても、単に禁止するというのがベストの方法かどうか、むずかしいところである。どれだけ難しいか、どうして難しいか、を考えるに、この本は格好の題材を提供してくれる。ユニバーサルな正解などありはしない。しかし、こういった問題を一度真剣に考えてみるのは、先端科学の倫理的問題に対する鋭敏な嗅覚を身につけるには最善の方法だ。

そしてもう一つ。家族とは、親子とは、いったい何なんだろうか、と、考えてみるための良い機会であることも間違いない。この本を読めば、「血は水よりも濃い」とか「産みの親より育ての親」などという言葉は、軽々しく使えなくなってしまうのであるけれど。

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