『OUT OF AFRICA アフリカの奇跡』

高村 和久2012年08月09日 印刷向け表示
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アフリカで大草原を見たら、どんな気持ちになるのだろう。

視界一杯に広がるサバンナと、悠然と歩く4頭のキリンの親子。当たり前だが、家財道具を持つでもなく、バッグをぶら下げるでもない。それを車の屋根の上から眺める27歳の佐藤さん。そのまま2時間、目が離せなくなった。

キリンと一緒に歩いて行きたい!

本書は、アフリカで「ケニア・ナッツ・カンパニー」を創業し、マカダミアナッツ業界で世界第5位の企業に育てた佐藤芳之さんの本だ。アフリカの社会では、会社員1人で家族10人を支えるという。ケニア・ナッツ・カンパニーの従業員数は4000人、関連する農家を含めると、実に20万人を養っている計算になる。2008年、佐藤さんは、そんな会社をタダ同然で手放した。アフリカのものはアフリカに。キリンのようにシンプルに。そして、70歳を超えた今、新たに、微生物によって土壌改良や汚水・悪臭処理を行う事業に取り組んでいる。

いったい、どんな人なのだろうか。

「原風景となると、やはり志津川ということになります」

佐藤さんは、第二次大戦中に北朝鮮で生まれ、南三陸の志津川で育った。戦後の厳しい時代だ、鼻水で袖はピカピカ、道端の草をむしって食べた。兄と一緒に、大八車で薪を拾いに行った。みんな貧乏だったから全く苦にならなかった。「構造的な格差」こそが悪だ。

佐藤さんのお母さんによれば、小さいころの佐藤さんは悶々としていて、学校から帰ると、ダダーッ、と志津川漁港の防波堤の先まで走って行き、海に向かい、ウォーと怒鳴ったり、わけのわからないことを叫んだりしていた。本人も、なんとなく記憶がある。

10歳のある日、父の野球の試合を見に行って、ファウルボールが左目に当たって失明してしまった。でも、母が非常に心配しているのを見て、悲しませたくないと思った。

俺は平気だよ。目のひとつくらいなくたって、どうってことないよ。

既に起きてしまったことを、いつまでもくよくよしていては、前に進むことができない。片目の視力を失った事は、持って生まれた姿勢をさらに確固たるものにした。アフリカの格言にも似たものがある。

「心配というのは、想像力の誤った使い方だ」

アフリカに行くと決めたのは高校生のときだ。ホームルームで10年後の自分について発表することになり、「10年後には、アフリカにいます!」と言ってしまった。そして文集にも載って後にひけなくなった。そこからアフリカについての本を読み始め、そのままどんどんハイになり、机の前の壁に「アフリカ」と大書した紙をバーンと貼り、「俺は絶対に行くぞ!」と気分を高めた。

まずは語学だ。東京外語大に入学し、ボート部で体を鍛え、先輩にスペイン語の歌を教わった。後にアフリカでお金に困った時、流しのメキシコ人バンドに飛び入りしてその歌を歌い、大人気になってなんとか切り抜けた。人生、何が役に立つかわからない。

その後、ガーナ大学のアフリカ研究所に留学することになった。

留学資金はアルバイトで貯めた。日活ロマンポルノにあこがれ、訪問販売の面接で、団地妻に会いたいと言った。

アフリカ研究所では、スケールの大きい人に何人も出逢った。詳細は本書をご参照頂きたいが、そんな人達が身近で淡々と生活しているのを見て、佐藤さんは、ああ、これはすごいレベルだなと驚嘆する。そして、自分もこのレベルまでいきたいと思う。でも私が思うに、もし万が一、自分の近くにとんでもなくスケールが大きい人がいても、それを素直に認識できなければ、なんともならない。本書に載っている学生時代の写真を見ると、ほんとうに楽しそうで、とても素直そうだ。翻って、思考が固定的で意固地になりがちな自分を反省する。

大学卒業後は、ケニア・東レ・ミルズ社に現地社員として入社した。この頃、一時帰国した際に、奥さんと知り合った。結婚を決めた時には2回会っただけで、手も握っていなかった。『赤いスイートピー』みたいだ。奥さんは、「新郎抜きの披露宴」を開催してからアフリカに来た。空港での

はじめまして。佐藤でございます。

あ、佐藤の家内です。よろしくお願いします。

という会話は、今でも夫婦の語り草になっている。佐藤さんは、自分の披露宴に電報を打った。「結婚おめでとうございます。末永く。。」と書いて、それはおかしいなと思い「皆様、よろしくお願いいたします」と書きなおした。

5年間の契約期間が終わった後は、帰国してフリーになった。

フリーと言えば聞こえがいいですが、早い話がプータローです。

奥さんは、子育てのために実家に帰った。自分は自分の実家だ。真剣にパチンコで食おうと思い、毎日有楽町の駅前のパチンコ屋に通った時期もあった。開店待ちの時間に、日比谷公園のホームレスと仲良くなった。

親は私が昼間家でぶらぶらしているのを見るのが嫌で、「朝はちゃんと起きてどこかへ出かけなさい」と言いました。

ある日、奥さんにパチンコの戦利品を渡して帰ろうとした時、財布の中身を見せてと言われ、50円くらいしか持っていなかった。奥さんが、そこにけっこうな額のお札を入れてくれた。佐藤さんは、これじゃダメだと思い、ケニアに戻ることにする。

最初に事業化できたのは鉛筆作りだった。そして、軸に使う材木を調べている時、たまたまマカダミアナッツに出会い「これだ」と閃く。事業化は、明治製菓や産業貿易のトップの人が応援してくれた。節目節目で、多くの人に背中をポンと押してもらった。

マカダミアナッツのビジネスは、どんどん拡大した。佐藤さんはいう。

私の経営手腕が優れていたというのではありません。

私が何かをやりたいと言いだし、それに興味を抱いて来てくれた人に「じゃあ、これをやってよ」「あなたはあれをやってよ」と、みんなに頼んでいただけのことですから。

でも実際には、本が付箋だらけになるくらい、本書には、ビジネスのヒントになりそうな内容が満載されている。自社商品「アウト・オブ・アフリカ」のブランディングやマーケティングの方法。ビジネスは常に小さく始めたほうがいいということ。会社は、独立した小さい組織が集合離散したほうが良く、優秀な人は、どんどん独立して出ていったほうがいいこと。

もちろん順調なばかりではなく、苦労もあった。キリマンジャロのふもとに土地を買ったときには、徒歩での調査を依頼したところ「2カ月かかっても端までたどり着けない」と連絡がきた。植えたナッツの木は、ゾウの大群に踏み荒らされた。 

一番大変だったのは、倫理観の違いだ。嘘は文化だと思うしかない。嘘もあまりに普遍化すると、もしかすると、彼らの言葉はその場その場では真実なんじゃないかと思えてくる。佐藤さんの対処法は、まずは「受け容れる」ことだ。

「そうだよな、少なくとも君はそう思ったんだよな」

そして、こう付け加えるのを忘れない。

「明日になっても同じことが言えるようになったらすばらしいよな」

アフリカにいると、人間の欲望が鮮明に見えてくる。シンプルでベーシックな生活を送り、欲望に上限をつけることが重要だとわかる。

電気なんて、夕方ちょっと点いていれば充分でしょう。

老いて、病気になって、死にそうになったら死ねばいいのです。「命は地球よりも重い」なんて、あれはセールスのキャッチコピーです。命なんて、実際は軽い。アフリカに住むと、そう見えてきます。

これを読んで、私は、伊達政宗の家訓を思い出した。「倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり。この世に客に来たと思えば何の苦もなし。」 佐藤さんの、東北のDNAだろうか。

2005年、微生物を用いた有機肥料の会社「オーガニック・ソリューションズ」を設立した。肥料の他に、トイレの消臭や汚水処理にも使える。震災後は、日本にも研究センターを作った。除染や、トイレやガレキの消臭に使えるはずだ。

ようやく、自分で意味を見出した。これまでやってきたマカダミアナッツのビジネスは、ソーシャル・ビジネスだった。これに、「環境」と「開発」の要素を加えて、集大成的なビジネスをやってみたい。

いま、健康維持のため、佐藤さんは石段をダーッと駆け上がる。足がフラフラになるまで繰り返す。奥さんは、「いつまでやっているの、あなた。もういいでしょう?」と言う。「いや、良くないんだ、今が始まりだ」と言って、また、ダーッと駆け上がる。しまいには、「勝手にしなさい」と言われる。

Dream as if you'll live forever, Live as if you 'll die today.

家の部屋には、ジェームス・ディーンの大きなポスターが貼られている。毎晩寝る前にウィスキーをグラスに注ぎ、「ハイ、ジミー」と挨拶するのが、自分を鼓舞する儀式だ。ほんとうは、マリリン・モンローが良いと思った。でも、刺激が強すぎて寝られなくなる。

「どこへ何をしに歩いているのかが、おぼろげながらわかりかけてきました。キリンのように、余分なものをまとわずに、ひたすら歩き続けようと思っています。」

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