『日本林業を立て直す 速水林業の挑戦』持続可能な林業とは

鰐部 祥平2012年09月03日 印刷向け表示
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日本林業を立て直す―速水林業の挑戦
作者:速水 亨
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2012-08-23
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書店でこの本を見かけたとき、特に興味を持つこともなく一瞥してその場を離れた。しばらく店内をブラブラとしているとき、頭の中に山と森のイメージがわいてきた。その森は針葉樹で覆われた森。よく考えてみると行楽などで山に行くと車窓から見える森の多くは針葉樹の森ではないか? 自然林でこんなにも針葉樹の森が形成されるわけがない。そうだ日本の森の多くは人工林なのだ。そのように思い至ったとき再びこの本の前に足が向いた。

林業のことに関心がある人はそう多くはないだろう。しかしこの国に暮らす多くの人が車で1、2時間も走れば山や森に行き着くことができるのではないだろうか。それほど我々にとって身近な山と森で営まれる林業という産業に注目することはきっと新しい視点を与えてくれるに違いない。しかし林業は近年壊滅的な状況にある。

著者の速水亨氏は9代続く林業家の家に生まれた。慶応大学法学部卒業というから、なんとなく林業家のイメージとは遠い。著者の経営する速水林業は三重県尾鷲市と紀北町にまたがる4万ヘクタールの林業地帯にある。どうやらこの地方は土壌が痩せており林業には必ずしも向いていないようだ。しかし、紀州藩が藩の特産品として林業を奨励し、痩せた土壌ゆえに他の地方では見られない技術をあみ出す。それは木と木の間を密にして植え、枝同士が鬱閉するのを早め、木の生長を促進させるという特殊な育成方法だ。この方法で成長した木は幹と先端に大きな差のない「本末同大」というすらっとした丸太になり、火事の多い江戸などで住宅用の建材として重宝されたようだ。

このような歴史と伝統のある林業地帯に生まれた著者の林業にかける情熱は凄まじい。家業に飛び込んだ駆け出しのころは、先輩の従業員が森に入るなり、どの木をきるか、どれを残すかを瞬時に判断すのを見ていた速水氏はその判断の根拠が分からず、それを補うため速水林業の所有林の木を1本また1本と計測し膨大なデータを作り上げる。このような気の遠くなるような作業を通して職人と渡り合える知識を身に付け、更に効率化は図るために当時は珍しかったコンピューターを導入し、ついには効率化のために、伝統と勘を重んじる職人達を説得するまでにいたる。常に山の実態をデータとして把握することの大切さを速水氏は強調する。

林業は自然を相手にした仕事だ。この仕事の難しさは農業とは異なり、植林した木から利益が上がるのに長い年月がかかることだ。林業の「明日」とは5年先、「先」とは20年先という著者の言葉にその重みを感じる。そして100年先の森を常にイメージして経営をする。100年先にどんなよい森を育てることが出来るかを語ることの出来る仕事にロマンを感じてしまう。しかし、林業の現状はロマンばかりを感じられる状況ではない。下落する木材価格に低下の一途をたどる木材消費量。かつては細い間伐材は工事現場の足場などとして売ることが出来たが、そのような需要は現在では存在しない。林業従事者の平均年収は現在26万にまで低下している。

速水林業はこれらの状況を改善するために、日本の山でうまく使えないなどと言われていたヨーロッパの重機を次々に導入。重機に見合った林道の整備。植林などの工夫により膨大な労力を要した下草刈の軽減。徹底した効率化と従業員教育により浮いたコストや労力を品質の向上にと振り向ける。こうした努力の結果が現在の速水林業の底力となっている。時代の状況と変化を捉え、伝統に束縛されず巧みに自己改革を模索していく姿は著者の企業家としての才能もさることながら、自然を尊び、山を愛し、森を慈しみ、人間を尊重する、その心がさせるものなのかもしれない。人工林は手入れを怠ればたちまち荒廃する。その影響は単に山や森にはとどまらない。そこに棲む昆虫や動物、鳥、さらには川や海。そして私達人間にも及ぶのだ。そういった意味で林業とは私達が暮らす国土を造っているといっても言い過ぎではないように思える。

自然と山とを相手にする林業にもっとも大切なことは、やはり自然と共生し持続可能な営みをすることではないだろうか。速水氏の林業や自然に対する思いは文化や宗教、歴史までも包括した非常に幅広いものだ。彼の語る言葉は時として思想的ですらある。しかし、単なる思想家、夢想家では終わらない。現在の林野庁の進める政策を非常に細かく分析し、苦言や意見も述べている。またその姿勢は日本国内の問題に留まらず世界へと大きく向けられている。著者は自然に対する深い思想と企業家としての実務能力を合わせた稀有な人のように思える。

もし我々が彼の言葉に耳を澄まし、虚心にその思いを受け止めたなら100年後の森はどのような姿になっているのだろうか。豊かに茂る植生。そこで営まれる動物達の日々。その中から林業従事者は利益を享受し、都市に暮らす人々は週末を豊かな森で過ごす。そんな世界をつい想像してしまう。だが、現状はどこを向いても厳しい。しかし、著者はあえてこの苦しい産業に飛び込んで来る若者達と語り合い、若き林業家達のその情熱に希望を見出している。彼らがベテランになったとき、彼らもまた100年後の森を見据えて豊かな森と林業の両立を目指し多くの難題と戦い続けることだろう。

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