トラブルを未然に防ぎたいなら ”巨大システム 失敗の本質”を読め!

仲野 徹2019年01月27日 印刷向け表示
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巨大システム 失敗の本質: 「組織の壊滅的失敗」を防ぐたった一つの方法
作者:クリス・クリアフィールド 翻訳:櫻井 祐子
出版社:東洋経済新報社
発売日:2018-11-30
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この本の原題『メルトダウン』には二つの意味がある。ひとつは文字通り原子炉の炉心融解、もうひとつはシステムが崩壊または故障してしまうこと。もちろんこの本のタイトルは後者を意味している。数多くの事例から、メルトダウン的な大事故はどこにでもおこりうること、そして、いかにすればそのような大事故を防ぎうるか、が豊富な事例を紹介しながら論じられていく。

まず第一部『失敗はどこにでもある』は、昔とちがい、現在はメルトダウンが生じやすくなっている理由が説明されている。文字通りのメルトダウン寸前まで行ったスリーマイル島の原発事故、その原因解析から導きだされたキーワードは「複雑系」と「密結合」だ。

かつてのシステムは線形系であったのが、いまは複雑系になっている。線形系の代表としては自動車工場の組立ライン、複雑系の代表としては原発がある。前者では、トラブルが発生するとどういう影響が出るかが一目瞭然である。それに対して、後者のような複雑系では、トラブルは肉眼では見えず、計器などを介してしかわからない。さらに、構成要素が網の目のように張りめぐらされていて、予期せぬ相互作用が生じてしまう。

密結合(タイト・カップリング)に対する言葉は疎結合(ルース・カップリング)だ。それぞれの要素の間にスラック(あそび)やバッファー(緩衝)のないのが密結合で、その逆が疎結合である。疎結合では、おおよそ正しく行えば、あそびによる補正があるために、きちんと進行する。それに対して、密結合では「正確な量のインプットを、決まった順序で、決まった期間内に組み合わせ」なければうまくいかない。そのために、常に事故の危険性を孕んでいるのだ。

ここでも、密結合の代表は原発である。また、現代の金融システムは原発と同程度の密結合の状態になっているらしい。だから、とんでもない株価の乱高下をひきおこしたりする可能性が常に存在する。いくつかのシステムが、複雑性と結合性の座標軸で示されている。なんとなくイメージがわくだろうか。

複雑系と密結合によって成立しているシステムの大事故は、めったにおこるものではない。しかし、ある意味で「ノーマルアクシデント」、すなわち、起こるべくして起こる事故なのである。ここで重要なのは、ほとんどのノーマルアクシデントは、複雑性と密結合そのものの性質に内在するものではなく、それを使う人間の行動に起因することだ。いいかえると、行動ルールを変えることによって防止できるはずの事故なのだ。では、どのようにすればいいか、が第二部の主題である。

多くの事例が紹介されている第二部では、アカデミー賞授賞式の大失態-作品賞が「ムーンライト」なのに「ラ・ラ・ランド」と発表されたやつだ-、エアバスの連続墜落事故についで、福島第一原発の炉心融解、原義でのメルトダウンが例としてあげられている。

同じように津波被害をうけた女川原発がほとんど無傷ですんだ。それどころか、近隣住民の避難場所になったことと福島第一原発を比較する。その差をわけたのは、防波堤の高さ、女川が14メートルであったのに福島第一は10メートルであった、というところにある。

確かに、めったにおこらない大きな津波であったかもしれない。しかし、本当のメルトダウンを来すような惨事を引き起こしうることを勘案し、古い石碑に刻まれた昔の津波の教訓や現代のコンピュータモデルの警告など、より幅広い結果を考慮にいれるべきであった。そして、そうすれば防げたはずだと喝破する。

この例などは、我々の実生活に応用することはできない。しかし、本書の最大の価値は、どんな仕事にも、いや、家庭ですら応用できそうな方法が多数述べられているところにある。

そのひとつは「死亡前死因分析」だ。死ぬ前に死因を分析しよう、というのだから、おかしな言葉である。しかし、この方法は非常に有用であることが確認されている。あるプロジェクトを始めるとき、何年か先にその計画が失敗に終わったとして、どうして失敗したかを考えるという方法だ。

こういう考え方をするのは縁起が悪い、と、日本人はつい思いがちだ。しかし、たとえそういったことを考えたとしても、将来の成否に影響をおよぼすはずがない。それよりも、希望的観測を捨てて、そのプロジェクトを冷徹に見据えることのほうがはるかに大事なのである。

複雑性の高いシステムほど、問題を前もって把握することは困難になる。しかし、そうであっても、事故の前兆となるような警告サインはかならず存在する。そのようなサインをいかに汲み上げるようにすることが肝腎なのだだ。

できるだけ多くの警告が出やすくなる方法、そして、そのような警告を汲み上げやすくする方法とその妥当性が詳しく書かれている。こう書くと難しそうだが、組織の多様性を増やす、上下関係をなくす、外部者を招き入れて意見を聞く、リーダーが話すのを最後にする、など、どれも難しいことではない。その程度のことでうまくいくのか、という気がするが、どれもエビデンスが添えられているだけに説得力は大きい。

ほかにも、チームの全員が全員の仕事を理解する、馬鹿げていると思えるような意見にも耳を傾ける、ちいさな逸脱を見逃さずに対処する、などなど。なるほどと思える教訓が、スペースシャトル・チャレンジャー号とコロンビア号の大惨事、フォルクスワーゲンのディーゼルエンジン不正、複雑性を利用して不正をはたらいていたエンロン社、消毒の重要性を指摘しながら全く受け入れられなかった医師・センメルヴァイスの悲劇、BP社の石油大流出事故などの例をひきながら、これでもかと示されていく。

世界をゆるがすような大事故でなくとも、それぞれの家庭や仕事場において予想もしなかった出来事は常におこりうる。思い返してほしい。あとから振り返ってみると、ああしておけば防げたはずだということが多いはずだ。振り返らずとも、前を向きながら事故を防ぎうる。それを教えてくれる、こんな貴重な本はない。
 

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
作者:戸部 良一
出版社:中央公論社
発売日:1991-08-01
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『失敗の本質』といえば、誰が何といおうとこの本です。日本人必読の書といってもいいでしょう。しかし、残念ながら、現代の日本では、第二次世界大戦中の失敗が繰り返され続けているとしか思えない。

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