『空洞化のウソ』というホント

栗下 直也2012年09月20日 印刷向け表示
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空洞化のウソ――日本企業の「現地化」戦略 (講談社現代新書)
作者:松島 大輔
出版社:講談社
発売日:2012-07-18
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企業取材を仕事とするため、経営者に会うことは多い。国内の雇用に対する考え方を聞くことも少なくない。自分でも陳腐な質問だなと思うが、企業の生産拠点の海外移転に伴って国内の雇用縮小などを指す「空洞化」という言葉を一ヶ月に一回は使っているかもしれない。

「空洞化」について個人的に強い関心を持っているわけではない。本音を言えば、相手の答え方次第では記事の見出しが立ちやすいから聞いてしまう。そうは言っても、相手も相手で用意された想定問答集があるので、オンレコの場では「国内の工場は守る」といったことを話すのである。「○×工場閉鎖」などの見出しは簡単には立たないのである。いわば、営業マンが「今度、飯行きましょうよ」と投げかけ、相手は「おまえなんかと行くか、ボケ」と思っていても、「いいですねー、是非」といった答えるのと同じような予定調和なやりとりがあちこちの取材の場でも不毛にも展開されているのである。

こうした流れが少しずつ変わってきたのはリーマンショック以降だろうか。オンレコの場でも、超意訳すると「世界で戦っているのだから何で日本でだけモノをつくりつづけなければいけないのだ。別に国内を軽視するわけではないけれども」と声高に叫ぶ大企業の経営者もちらほらと増え始めた(もちろん直接的にこう話す人は少ない)。それでも大マスコミは企業の海外の新工場建設が発表されると、国内製造業の先細りに警鐘を鳴らしまくるのである。

本書はこうした空洞化に対する危機感のあおりに統計などを使って冷静に反証する。「空洞化はウソだ。海外に出て行く現地化でしか生き残れない。それこそが国内も含めてハッピーになる処方箋だ」と著者は語りかける。3章構成で1章が空洞化について2章はいかに新興国に進出して現地化を進めるか、3章が総括になっている。

実際、空洞化を証明する研究論文や統計はない。むしろ、統計や実証研究はアジアへの進出が進んでいる企業ほど国内の雇用も増えていることを結論付けているという。現地化が進めば国内本社は海外法人をサポートする部署や研究開発部門の人員を拡大する必要性に迫られ、雇用が増えるというわけだ。

それでも「海外進出=空洞化」という議論は都市伝説のように、亡霊のように産業政策につきまとってきたという。こうした間違った見方が日本の産業を萎縮させ、成長を妨げかねないと著者は指摘する。すでに貿易収支(貿易の輸出入の差分)と所得収支(海外投資から得られた配当や利子)が逆転して久しいことを踏まえれば、加工貿易で国を支えているとの認識は改めるべきである。制度的にも「貿易立国から投資立国へ」と変貌していくのは自明だと著者は説くが変化が遅いのが実態だ。

著者は、本筋から逸れた突っ込みを続ける抵抗勢力の存在が日本の産業政策の変革や企業の意識の遅れにつながってきたことを示唆する。本書では具体的な言及はないが、その本筋から逸れた突っ込みというのが「生産の海外移転が進めば、大手企業の地方の工場がつぶれるのでは。そこに勤務している彼らはどうするの」といった類のものだろう。実際、国内大手企業の製造拠点が拡大する可能性は今後極めて少ない。むしろ、大手企業の人員削減や工場閉鎖の報道が年初以降、相次いでいる。もちろん、対策は必要だし急務な問題だが、こうした問題が話題になればなるほど議論の本筋が見えにくくなる。なぜなら人員削減や工場閉鎖がテレビや新聞をにぎわす業界は、海外移転というよりもビジネスモデルや構造不況が原因だからだ。海外移転の結果、もたらされる雇用減「空洞化」ではないのだ。

官僚である著者がグランドデザインを描いても、今後もこうした抵抗は予想される。著者は手遅れになることを懸念する。もたもたしていたら身動きがとれなくなると。だから、勝手に飛び出していきましょうと企業にエールを送る。日本の仕組みを変えるには外から変えるしかありませんと強烈なメッセージをこめて。

現地化に関する記述では新興国戦略で参考になるようなモデルケースを数多く紹介している。筆者がインドやタイに赴任して、海外企業の現地化を間近で見てきたため、取り上げる企業も国際色や規模がさまざまだ。国の産業のあり方というマクロ的な視点に加え、豊富な事例で著者の議論を裏付けした現地化というミクロの視点を内包したことで、本書は一般論に終始しがちな「よくある経済本」と一線を画すことにつながっている。

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