『日本最強馬 秘められた血統』 オルフェーヴルが詰めた20馬身

栗下 直也2012年10月10日 印刷向け表示
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日本最強馬 秘められた血統
作者:吉沢 譲治
出版社:PHP研究所
発売日:2012-09-14
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最後の直線で大外から並ぶ間もなく先頭に立ったとき、誰もが確信したはずだ。「勝てる」。それほど脚色は違った。あとはどれだけ2着以下を突き放すのか。競馬の世界最高峰のレースのひとつである凱旋門賞。日本馬が挑み始めて43年。日本競馬界は悲願の頂に登ろうとしていた。その10秒後にまさか「ぐおおおおおおおお」と声にならない叫びをあげるとは今となっても信じられないが。

10月7日の午後11時25分(日本時間)。凱旋門賞がフランスのロンシャン競馬場で発走した。地上波(フジテレビ)で生中継があったことも注目の高さをうかがわせる。日本からは史上7頭目の三冠馬で現役最強馬のオルフェーヴルが出走。見せ場は十分だったが、惜しくも先頭とは首差(約80センチメートル)の2着に敗れ、日本列島が絶叫の渦に包まれたのだ。

これまでも日本場の凱旋門賞での2着は2度あるが、本日の紹介本『日本最強馬』を読むと今回の2着の持つ意味が異なることがわかる。「下町に昔からある定食屋」に著者がなぞらえるオルフェーヴルの血統が最大の理由だ。何だかマニアックな香りがしてくるが、安心して欲しい。本書が面白いのはタイトルを見事に裏切り、単なる血統解説本ではないところだからだ。日本の競馬界が長らく「血」の幻想に縛られすぎていたことや、オルフェーヴルの活躍が内需が縮む中、日本の場産地が世界に飛び立つ希望になっていることを指摘している点にこそ本書の本質はある。競馬に詳しい方には「何を今更」の記述もあるかもしれないが、凱旋門賞をみて「オルなんちゃらって凄いのね」と興味を持った人にも気軽に読める内容になっている。

サラブレッドが血で走る動物であることは間違いない。競争力の高い血統は繁栄し、逆ならば廃れる。またしても朝からマニアックな話になってしまうので簡略化するが、オルフェーヴルは父親も母親も母の父親も内国産馬だ。つまり日本で生まれた馬だ。日本で培ってきた血であるからこそ関係者の胸にぐっと迫るものがあるのだ。「定食屋」は言い過ぎかもしれないが、超一流とは言い難い血統であるのは事実だ。父ステイゴールドは大人気種牡馬のサンデーサイレンスの産駒だが、競争成績は超一流には届かなかった。香港でGⅠ(一番格が高いレース群)を勝利したのも引退レースとなる50戦目。国内でのGⅠ勝ちはゼロだ。母の父、メジロマックイーンは天皇賞春を連覇するなどした歴史的名馬だが種牡馬になった時期がサンデーサイレンスの全盛期と重なり、十分な血脈を築く前に死亡する。そもそも日本古来の「古臭い」血統だ。実際、マックイーンを輩出したしたメジロ牧場は経営難ですでに40年以上の歴史に幕を閉じている。ただ、マックイーンはステイゴールドとの相性の良さで、母の父として再び注目を集めることになる。

本書によるとこれは戦後の競馬史を振り返れば何とも皮肉な話だという。二代(母方は三代以上)にわたり国内で育てた系譜が海外に打って出て好勝負を演じること自体が一昔前には考えられなかったことだからだ。というのも、前述のように日本では長らく「血」の劣等幻想に悩まされてきた時代があったからだ。つまり、「血統がダメだから勝てるわけがない。だから優秀な種牡馬を輸入しよう」を繰り返していた時期があったのだ。血統は確かに重要だが著者は、あまりにも血に原因を求めすぎたため内国産馬が冷遇される時代が長く続いたと嘆く。この極端の思想の背景には海外遠征での惨敗があった。

海外遠征の歴史は本書によると、1958年のハクチカラの米国遠征で実質的に始まる。惨敗が続いたが、59年に出走した重賞レースで米国の歴史的名馬ラウンドテーブルを負かしてしまうのだ。これに騒然としたのが日本の関係者。「勝てるんじゃない?」と遠征に火がつき62年に当時の天皇賞馬タカマガハラ、64年に宝塚記念や有馬記念を勝ったリュウフォーレルと一流馬が米国遠征に挑むが相次ぎ惨敗。リュウフォーレルに至っては勝ち馬から30馬身(一馬身は約2・4メートル)も離された最下位に沈んだ。相次ぐ惨敗を受け、遠征熱が冷めたのもつかの間、欧州への遠征が69年に始まる。67年に米国遠征していたスピードシンボリが英国や仏国のレースに挑戦。凱旋門賞にも出走するが見せ場もなく24頭立ての11着以下(当時は11着以下は記録していないという)に終わる。

大敗に終わるが、この遠征がひとつの転換点になったという。これまでの米国遠征はほとんどが招待レース。費用は相手持ちだ。一方、スピードシンボリなどの欧州遠征は自腹。オーナや騎手が世界に追いつけと私費を投じて、国内で走らせておけば賞金が稼げるものの負け続けながらも海外遠征を続けた。シンボリの生産者兼オーナーの和田共広が欧州遠征時の会見で語った言葉にその思いは込められている。「国内だけで競馬をやっていても意味がない-中略―日本だけが取り残されている現実を残念に思う」。もちろん、遠征だけでなく、海外馬の強さを目の当たりにしたことで海外種牡馬も手当たり次第に買うようになるわけだ。

こうした種牡馬の積極輸入は現在の競走馬の確実な底上げにつながった面もあるが、皮肉なことに日本の血は劣っていないという証明も実は早い段階で証明されていたと著者は指摘する。一時期は世界一の高額賞金レースとなったジャパンカップ(JC)の創設だ。81年に始まり、最初の2年の惨敗を受け、「10年は勝てない」と言われたものの、83年の第3回で日本馬が2着に入り、84年にはカツラギエースが勝ってしまった。実際、JCの歴史を見れば、その後も、血統は一流とは言えず格下と思われていたオセアニア馬や香港馬が活躍したことが「血統で劣るから勝てない」が全てではないことを裏づけていると本書は指摘する。血も重要だが、輸送技術や調教、育成などのノウハウこそが足りないという認識が広まっていったわけだ。

ただ、「血」だけではないということがわかりつつも、80年代以降90年代半ばまでは海外遠征は下火になる。「海外で勝てない」という事実もあったが、それ以上に80年代末の日本競馬の予想外の盛り上がりが大きい。バブルの追い風もあり、日本の賞金が高額化。「リスクを負って海外に遠征する必要がない」と急速に「内向き」になる。

現在、多くの馬が再び海外遠征に出向くのは国内の賞金が下がったわけでも、「血が劣っていない」証明が済んだからでもない。関西のトップ調教師の一人である森秀行氏は海外遠征の意味を「外国に出向いて日本馬は強いんだなということを示し、日本の競馬に競走馬を送り込んでもそう簡単には勝てないことを、海外にアピールすることです」と語る。鎖国を続けた日本のレースも開放の圧力に晒されて徐々にではあるが海外に門戸を開き始めている。著者は競馬の自由化とともに海外遠征の意味がロマンではなく自らの生活を守るものへと変化しているのだと説く。そして今、海外に挑戦する意味はもう一つの意味も持つ。オルフェーヴルのような内国産馬が活躍すれば、日本の場産地にも海外から目が向く。これから国内の競馬産業が急成長を遂げることは考えにくいことを考えれば競走馬だけでなく、馬産地もデビュー前の馬の売買で今以上に海外を視野に入れるしかない。海外遠征の活発化は地盤沈下が進む馬産地の光明につながる可能性もあるという。

日本馬で初めて凱旋門賞に挑戦したスピードシンボリは24頭立ての11着以下に沈んだ。着差は不明だ。72年に挑んだメジロムサシは19頭立ての18着に終わり、着差は20馬身以上だったという。それから40年。内国産の星、オルフェーヴルは首差届かなかったものの、かつて詰めるのは難しいと見られていた20馬身の差をほぼ詰めた。本書を読めば読むほど熱きホースマンの情熱と無念が20馬身差を詰めたことがひしひしと伝わってくる。欧州優位の最高峰レースで内国産馬が「世界で戦う」だけでなく「世界に勝てる」ところまできているのだ。我々の「ぐおおおおおおおお!」が悲しみの絶叫から歓喜の雄叫びにかわる日も遠くない。

午後11
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