あやつられたのは人間?『欲望の植物誌』

刀根 明日香2013年01月25日 印刷向け表示
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欲望の植物誌―人をあやつる4つの植物
作者:マイケル ポーラン
出版社:八坂書房
発売日:2012-10
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人間の欲望をあやつる植物。気がついたら植物の虜となり、子孫繁栄のための奴隷となる。なんて怪しい。一体どんな色、形なのだろう……。

なんてことはない。本書の主役である4つの植物とは、リンゴ、チューリップ、マリファナ、そして、ジャガイモである。これらは人間が思うがままあやつりたくなるほど魅力的である。リンゴは甘ければ甘いほど良く、季節問わず食べられるなら最高に嬉しい。しかしその結果、人間があやつられたと思うほど歴史や文化に影響を及ぼした。その一部始終を「植物の目を通して」描こうというのが本書である。

リンゴと「甘さ」、チューリップと「美」、マリファナと「陶酔」、ジャガイモと「管理」。これらの植物と人間の欲望のせめぎあいは、そのままヒトと自然界の複雑な関係に直結する。ヒトと植物の共生を問い直す本書は、現在の社会において見過ごせない難問を提示する。その重要な問いかけが注目を集め、全米でベストセラーとなったのだ。

ただし先を急ぐなかれ。その「難問」が何かを知る前に、まずはこれらの植物をめぐる著者の旅を十分に味わって欲しい。果物、花、薬草、そして基本食品を代表する選ばれた4つの植物は、いずれも素晴らしい物語の持ち主なのだ。著者はその物語を体感すべく、実際にそれぞれの植物が人間と出会うまでのルートに沿って、空間的にも歴史的にも遠い場所へと旅に繰り出す。旅中の信じられないよなエピソードが他の植物関連本とはひと味違う、内容豊かな本に仕上げている。

1806年の春、オハイオ川をゆっくりと下っていく小舟。1人の男、ジョン・チャップマンとリンゴの種の山。アメリカ開拓時代、新世界でリンゴは人間との「ビジネス」を始める。砂糖が貴重品だった当時のアメリカでは、リンゴは唯一「甘さ」を提供できるものであり、同時にリンゴの木が実をつけると、物寂しい開拓地に色がやどり、安らぎを約束してくれる「甘い風景」をもたらした。「甘さ」だけではない。植物がもたらす糖分を特定の酵母に食べさせることで、アルコールが生まれる。その「酔い」もまた、人々を魅了したのだ。人間はリンゴに首ったけになり、手厚く保護し栽培した。共進化の第一歩である。

しかし、人は出来るだけ甘く、理想的なリンゴを求める、その代償として、リンゴの多様性は狭まった。もともとリンゴの種はどれもまったく新しい遺伝的組み合わせをもっているが、接ぎ木によって人間に好まれる今のリンゴに収斂し、市場に出回っている種類は5、6種程度になってしまった。リンゴと人の共進化は成功したかもしれないが、果たしてリンゴはこのまま生き残ることができるだろうか。リンゴがウイルスに抵抗性をもち、さらにウイルスがそれを克服するという追いかけっこ、すなわちウイルスとリンゴの共進化が、危機に直面している。

同じことがチューリップにも起こっている。17世紀オランダを中心とするヨーロッパでは、チューリップは「思わぬ七変化」で人々を魅了した。この花は突然変異を起こしやすく、思いがけない鮮やかな色を吹き出す「魔法の花」は、庭に敷き詰められ、宝箱のように愛でられたのだ。

しかし、暫くすると、絵の具をベタベタと塗りたくったような鮮やかな色の「商品化された」チューリップが市場を占めるようになる。きっかけは、七変化の原因がウイルスであることが発見されたことだ。ウイルスが色素を抑える性質を持っていたため、部分的にまた不規則的に、色素に変化を及ぼしていたのだ。ウイルスが見つかったら最後、人間はそれを操作し始める。魔法のような「思わぬ七変化」は商品化に伴って邪魔者となり、この世から消し去られようとしている。

マリファナは人間の「陶酔」を操作する。古くから祭儀などで使用され、人間の意識に働きかける化学物質をつくることによって、自身を聖なる存在として崇めさた。著者は、最先端の栽培事情を調べに、アムステルダムまで足を運び、そこで得た強烈な印象を感じたままに吐き出すのだが、その文章が非常に面白い。マリファナがたどった摩訶不思議な歴史と相まって、読んでいるだけでハイになりそうだ。

最後のジャガイモの章が、本書のメインテーマ。いよいよ読者は「難問」と向き合うことになる。訳者によると、1998年、「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」に発表した記事をもとにしたものだが、この記事は遺伝子組み換え技術が市場に導入された当時、いち早くその問題点を指摘し、アメリカの世論に大きな波紋を投げかけた。

ニューリーフという新種のジャガイモをご存知だろうか。これは植物自らが害虫を殺す成分をつくりだすよう、遺伝子操作をほどこされたジャガイモである。よって農薬漬けにされる必要もない。著者はこのニューリーフを実際に庭で育ててみる。

ニューリーフが私たちに問いかける難問とは何か。現在、遺伝子組み換え技術に関する議論は、人間の健康への影響など、人間視点の一方通行である。しかし、これら植物の問題は人間視点の範囲では収まらない。「植物の目を通して」問うことから始まる。遺伝子工学とは何か? 植物にとって単一栽培とは何を意味するのか? この章を読み終わると、一気に本書が引き締まり、見過ごしてきた不安に直面することとなる。著者の楽しい旅やさまざまなトリビアから最後に見えてきたこの「避けられない難問」を私たちはどう受け入れるのだろうか。

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