手紙を書くような介護 『家族のためのユマニチュード』

吉村 博光2018年09月14日 印刷向け表示
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家族のためのユマニチュード: “その人らしさ
作者:イヴ ジネスト
出版社:誠文堂新光社
発売日:2018-08-24
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本書の主題であるユマニチュードは、NHK「あさイチ」などでも紹介された“その人らしさ”を取り戻す、優しい認知症ケアの手法のこと。私が前作をHONZでご紹介させていただいた頃に比べると、日本でも、大分浸透してきた印象があります。ただ、介護の現場まで伝わったかというと疑問が残ります。先日、こんな出来事がありました。

私の母が3泊4日のショートステイでお世話になった時のことです。私が母の顔を見に行ったとき、すがるような眼で「一刻も早くここを出たい」と懇願されました。前日様子を見に来た妹によると、母は数人がかりで押さえつけられていたそうです。腕には青いアザがありました。つまりここでは、従来的な介護が続いていたのです。

いま介護の現場は、深刻な人手不足です。その一方で、身体拘束が問題視され、介護する側とされる側の信頼関係の構築が求められるようになりました。これは一見時間がかかることで、人手不足解消と逆行するように思われます。でも本書によると、ユマニチュードで関係を築けば、むしろ、介護者の負担を軽減できることが報告されているそうです。

回り道のようにみえて、人手不足の解消にもつながる──この“魔法のような”ケア技法を介護事業の経営者の方々に知っていただきたいです。経営合理化のどんな参考書よりも、きっと役に立つと思います。なぜならこれは、質の低い労働力を無理につなぎとめる短期的な努力ではなく、ヒトという経営資源の価値を高める長期的な経営努力だからです。

「ユマニチュードこそ、介護問題の切り札。でも、なかなか現場に浸透していかない」という忸怩たる思い。それを痛切に感じたからこそ、編集者の方は、前作に続いて本書を編んだのだと思います。誰にでもわかるようにまとめられたこの本から、「現場に届け!」という作り手側の強い意思が伝わってきました。

私も編集者の方と同じ思いです。私は、ユマニチュードを実践し、助けられました。前作は文章でその考え方を紹介した本。本書はイラスト付きの実践篇です。苦しい状況におかれた介護者にとって、読む負担が軽いのは非常にありがたいこと。介護に疲れている方は、ぜひこの本を手にとってみてください。それでは、本書の目次をご紹介します。

第1章 ユマニチュードとは
第2章 記憶の機能
第3章 認知症の人の特徴とその対応
第4章 ユマニチュードの4つの柱
第5章 ケアは一連の物語
第6章 よくある困った状況とその対応

まず、ご注目いただきたいのは第3章です。認知症をお持ちの方が「普段どういう感覚なのか」を説明しています。私達は身近な人の認知症に遭遇すると、次々に襲ってくる「なぜ?」に直面します。「なぜ、覚えてないの?」「なぜ、そんなことをするの?」・・・これを未解決のままにしていると、それは相手を責める言葉に変わり、やがてその切っ先は自分に戻ってきます。

第3章を読むと、その「なぜ?」から解放されます。理解し受け入れるまでには、たくさんの涙が流されるかもしれません。なかなか難しいことかもしれませんが、相手の状態をそのまま受け入れ、今の相手を尊重することこそがユマニチュードの基本。この第3章は、次章以降の行動につなげる土台づくりの章です。

第4章は、見る・話す・触れる・立つというユマニチュードの中核となる4つの技術の紹介です。認知症をお持ちの方に、「あなたのことを大切に思っています」ということを伝えることを目的としています。「触れる」について、例えば、次のように書かれています。

相手に触れるときの大原則は、つかまないことです。触れるときは下から支え、触れる面積をできるだけ広くすることによって、触れた部分にかかる力を和らげます。 ~本書第4章「ユマニチュードの4つの柱」より

これは、妻から教えてもらい、私も実践しています。続く第5章では、ケアをする際の一連のステップを紹介しています。私達は友人宅を訪問する際、まずドアをノックすることから始めます。そして、楽しい時間を過ごし、再会を約して別れます。このように誰かと楽しい時間を過ごすときと同じ流れを意識することが、ここで紹介されているケアのステップです。

第6章は、介護中の方がすぐに活かせる章。人によって違いますが、介護の現場では「ごはんを食べてくれない」「何度も同じことをたずねる」「自分の子どもを小学校に迎えに行くと言う」といった状況がよく起こります。その理由とその具体的な対応方法について、ここでは言及されています。身につくまで、何度も読み返したいものです。

最後は「おわりに」です。その一字一句に、著者の思いが詰まっていました。励まされる方はきっと多いと思います。前作のレビューでも、私はエピローグの文章を「深遠な詩のよう」だという比喩とともにご紹介しました。下に引用する箇所は、まるで著者から読者一人一人に宛てて書かれた「手紙のよう」ではありませんか。

ご本人が《他者》を頼らざるを得なくなり、意思に基づいた自分の選択を表現する自由がない脆弱な状況になったとき、ケアをする側がケアを受ける相手の主導権を奪うのではなく、相手を《自分とは異なる存在である》と認めることが、相手との関係における重要な基盤となります。そうすることで、私たちは《本人の自由が他者の自由を通じて広がる》ことを理解できるようになります。そのためには相手を気遣い、人間としての尊厳を尊重することが何よりも大切なことなのです。 ~本書「おわりに~介護をしているあなたへ」より

はじめてのことですが、今回のレビューは気がつくと「です・ます」調になっていました。おそらく、母のことを思い浮かべながら、書き始めたからだと思います。そのため、本の紹介というより「手紙のよう」な文章になっているかもしれません。手紙とは、読んでくれる相手を意識した、いわば二人称の文章です。

ダイバーシティの社会では、人との違いを受け入れる力が必要となります。そこでは、「こうすべき」という理屈や美談、根性論より、相手の立場にたった二人称の行動が求められます。介護の時はもちろん、自分とは違う相手のことを尊重するという意識を常にもつこと。それを通じて、自分も自由になること。ユマニチュードは、生きづらさを抱える全ての人への処方箋なのかもしれません。 

「ユマニチュード」という革命: なぜ、このケアで認知症高齢者と心が通うのか
作者:イヴ・ジネスト
出版社:誠文堂新光社
発売日:2016-08-03
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 ▲こちらが前作です。

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