『ひとりフラぶら散歩酒』 やれそうでやれない贅沢

栗下 直也2013年02月20日 印刷向け表示
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仕事を抜け出し、日が高いうちからグイっと飲む。平日の昼酒。私のような小心者の会社員にとっては南米の秘境を訪れるよりも、南の島で美女と戯れるよりも実現が難しく感じる。近くて遠い昼間の居酒屋。本書にはそんな羨ましくてたまらない、散歩がてらの昼酒のエピソードが満載なのである。

著者は大竹聡氏。酒や酒場についての著述を手がけるフリーランサーでサラリーマンではないのだが、新橋ガード下サラリーマン臭が強いためか、われわれサラリーマンを昼酒の世界に心地よく誘ってくれるのである。詳しくは、HONZでも以前取り上げた『ぜんぜん酔ってません 酒呑みおじさんは今日も行く』を手に取っていただきたいが、大竹氏の泥酔時の気の大きさと素面に戻ったときの小心さがまさにわれわれサラリーマンを彷彿とさせるのだ。飲んで飲んで飲まれて飲んでぶっ倒れるまで飲んで、次の日もまた飲んでばかりいるさまは忘れ去られた昭和の新橋マンそのものである。

一昔前の作家などのエッセイに昼酒に関する記述は少なくないのは広く知られるが、無頼な雰囲気漂う文豪の方々に昼酒を語られると、ただでさえ憧れである平日の昼酒散歩がはるかかなたにぶとっび宇宙旅行並に遠い存在になってしまう。その点、大竹氏は本書を読んでいただけばわかるが新橋臭はするものの無頼のにおいはきつくない。

「日ごろ、酒はなんでも飲むが、若い頃からの習慣でいうと、ビールで始まり、焼酎で軽くわけがわからなくなって、最後にウイスキーをしっかり飲んですっかりわからなくなる」

すばらしいほどの効率的な酔いっぷり。何だか他人のような気がしない。

そんな、毎晩、満身創痍の大竹氏が、二日酔いにも関わらず、ふらふらと散歩に出かけるのだから読まずにはいられない。

肝心の中身だが、題名どおり、ひとりでお酒を飲みながらのフラフラぶらぶら散歩に関するエッセイ集である。新橋ー有楽町、神保町ー後楽園ー神楽坂、西浅草ー神田といった都心から、高尾山ー府中、立川ー国分寺、あきるの市、箱根や鎌倉、山梨まで計13編がおさめられている。「ぶらぶら」は最近の人気ワードであるが、「ぶらぶら」を装いながら実は周到に練られた「ぶらぶら」ではないかと勘ぐりたくなる「ぶらぶら」もあるのだが、本書は完全に著者の気分で「ぶらぶら」進む。コースがずれても軌道修正なしの「ぶらぶら」である。

例えば、箱根湯本ー本厚木の散歩編では「箱根に行くならロマンスカーに限る」の書き出しで始まり、「たとえ遠回りになったとしても一度新宿に出てロマンスカーに乗る。これは私にとっては掟」とまで書いておきながら、ロマンスカーに乗るのに最適な電車に乗り遅れ、急行小田原行きで向かう破目に陥る。おいおい。この編の20ページのうち、ロマンスカーのすばらしさに4ページも割いておいて乗り遅れかよと突っ込まざるを得ないが、このグダグダ感がこれから先に控えているであろう昼酒のさらなるグダグダ感を期待させ自然とページを捲る速さも増すのである。

立川ー国分寺編はさらにひどいことになっている。著者は初夏に暑い暑いと唸っていたら、数年前、炎天下の中、お遍路さんをしたことを思い出す。「あの時、食った讃岐うどんはうまかった。いやいや、それよりも歩き終えた後、息継ぎなしで一気飲みした発泡酒は最高だった。うどんと発泡酒か。そうだ、蕎麦を食べに行こう」と思いたつ。えっ、何で蕎麦と思うが、ここは納得したふりをして読み進める。いざ、電車に乗り込む著者。電車に揺られて眺める外の景色は見るからに暑そう。席を立つ気力もない。目指した蕎麦屋の駅は過ぎ、いつのまにか立川駅に降り立ち、気づくと競輪場でビール片手にコロッケをつついているのである。平日に競輪場でビールとは何とも優雅である。とはいえ、著者は特に競輪を好まない。予想紙の読み方もよくしらない。平日に「今日行くところがない」状況に比べれば競輪場にでも行っていた方が健全という理由で散歩コースに組み込まれているのである。競輪場の後は、モツ焼き屋に向かう著者。蕎麦はどこにいったのかは謎である。

本書は散歩の途中で訪れた店の住所や連絡先は各編の末尾に記している。著者の足跡をたどることも可能なわけだ。実際、立川競輪の後に国分寺に移動して入ったモツの名店『いっぱいやっぺ』には個人的に是非とも訪れて一杯やりたいものだ。名前が気に入っただけだけど。

ただ、訪れる店の参考としてだけ読むのは当然ながら勿体無い。著者が指摘するように、「気分よくぶらぶらした挙句に一杯飲みたいとき、どこぞの筋の何某という店に入らねばおいしく飲めないなんて狭く考える必要はどこにもなくて、むしろ、酒販の自販機と小さな公園でも見つかればシメシメとにやついて当然というもの」である。つまり、本書の散歩コースは東京を中心に関東圏に限られているが、著者の気ままさと脱力感が生み出す小旅行は関東に詳しくない人でも楽しめるはずだ。そして、昼間にそぞろ歩いて酒を飲みたくなるのも間違いない。上司に怒られても責任は持てないけど。

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