HONZの特別な一冊!『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』

土屋 敦2013年03月27日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)
作者:川上 和人
出版社:技術評論社
発売日:2013-03-16
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

最近の小学生向け恐竜図鑑を読むと、カラフルな羽毛に包まれた、ニワトリやダチョウみたいな恐竜がいっぱい載っていることに驚く。

羽毛恐竜。1990年代に羽毛の痕跡の残っている恐竜(獣脚類)が次々と発見されたことで、鳥と恐竜の距離はぐっと近くなった。一方で、かつて「鳥の先祖」だと言われた始祖鳥と現生鳥類の距離は遠くなる(本書の帯には、始祖鳥の骨格標本が「オレ、鳥の祖先じゃないんだって…」と悲しがり、その横に「どうしたんだ始祖鳥!」というよくわからないコピーがついている)。

そんなわけで、そろそろ鳥類学者が恐竜について語ってもいいんんじゃない? と誰か(著者自身だけかも知れない)が思って出来上がったのが本書だ(たぶん)。

というわけで、著者は高らかに宣言する。

現代社会において、鳥類が恐竜から進化してきたことを疑うことは容易ではない。というか、疑ってもらっては困る。なぜならば、この本は鳥類が恐竜から進化してきたことを大前提に書いているからだ。

恐竜の生活を類推するためには、原生種で最も近縁と考えられていたワニと比較することが多かった。しかし、半身浴をしながら地面に這いつくばるワニと、二足歩行で悠々と闊歩する恐竜を同じ俎上で議論することには誰しもいささかの疑問を感じていた。そこに、直系の子孫である鳥類が登場したわけだ。「貴方の子よ」と突然現れる美人恐竜学者とその腕に抱かれるニワトリ、目に見えてうろたえるティラノサウルス、という一幕が頭をよぎる。モンタギュー家とキャピュレット家の和解ほどの衝撃的なできごとである。

よく意味がわからない。が、しかし、とにかく著者は、鳥類学者の立場から、恐竜の形状、色、歩き方、色、その行動を鳥と比較、類推しつつ、鳥類学の正しい研究成果と無責任な憶測で語ってゆく。

上記引用でみなさまが想像したとおり、何より、語り口が最高だ。

例えば以下は、前肢のみならず、後肢にも羽毛が生えている、すなわち4枚の羽根で飛んでいた可能性のある恐竜に関する記述に続く文章。

鳥の前肢は飛ぶためのもので、後肢は歩くためのものというのは、小二男子でも知っている。間違えて脚に翼を描いた子がいたら、「最近の子供は外で遊ばないからこうなるのだ」と知った風に社会問題に格上げしながら、迷わず優しくたしなめるはずだ。

さらに脚注があり、

社会問題に格上げ もっとらしいが、本質的でないことが多い。

とある。

脱線につぐ脱線。しかし、納得のいく議論とおもしろトリビアが満載で、何より、研究成果を拠り所に想像力をフル活用させ恐竜に思いを馳せることの喜びが行間から溢れ出ている。

例えばもともとは単純な突起だったものが細かく分岐して生まれた恐竜の羽毛の進化について、羽毛の進化はただ一回生じたのではなく(進化論的には、稀有な偶然が複数回起こることは考えにくいという理由で、このように考えるほうが自然らしい)、何度か起こったのではないか、と語る(アホウドリ、カモメ、カモは、それぞれ独立して水かきを進化させた、なんて話を引きつつ)。

恐竜時代は約1億5千万年もの期間にわたっているのだから、同じような偶然が何回か起こっても不思議はないだろう。昔の話だが、旅先で何気なく声をかけた妙齢の女性が、偶然大学の教官の娘だったことがある。短い人生のなかでそんな偶然が起こる世界なのだから、1億5千万年あればいろいろあったはずだ。

すごい根拠。「いろいろあった」という大雑把さが素晴らしく良い感じだ。

語り口の面白さのみならず、恐竜学者がカチンときそうな、なかなか鋭い発言も多い。

「従来の恐竜アートは、いうなればほとんどが想像の産物」(恐竜の復元図をアート呼ばわり)。

(最近の羽毛恐竜だらけの図鑑に対して)「より古い近縁種で見つかっているからといって、見つかっていない恐竜まで羽毛にくるんでしまわなくてもよいのに、と思う今日このごろである」「図鑑で描かれる図は、文章よりも心に残る。むやみに羽毛に包まれた姿を見続けるとついつい洗脳されてしまうので要注意である」(退化は簡単に生じるので、羽毛がなくなったり、鱗に戻った系統もいたはずだという)

(翼を得て、便利な腕の機能を失ったという考えに反対して)「鳥の祖先は、翼を持つことと引き換えに腕という便利な重要器官の機能を失ったのではなく、体のバランスを保つために退化してゆく腕という黄昏の器官を、飛翔というべつの用途に転用していったのではないかと考えられる。鳥が空を飛ぶという偉業を成し遂げることができたのは、不要な器官のリサイクルというちょっとエコな感じのする進化の道をたどったからなのだ」

さらに始祖鳥に関する考察も興味深い。

始祖鳥には飛翔に必要な竜骨突起がないため、飛べなかったと判断されることもあるというが、それに対して著者は言う。

あの恰好で飛べなかったら詐欺だ

見事な反駁である。だから始祖鳥は滑空してときどき羽ばたいていたはず。飛翔は竜骨突起がない状態で始まり、やがで飛ぶのに効率のよい形態として突起が進化したのだという。ただし、それは、想像2割、期待8割(えっ、証拠は0割?)の話、だそうだ。

あまり書きすぎると本書を読む楽しみを減じてしまうのでこのあたりでやめておくが、全編、こんな感じで、とにかく楽しく、面白く読め、同時に、鳥類学や恐竜学の最新の知識、そして優れた研究者ならではの「想像する思考」が堪能でき、さらにトゲナシトゲトゲや著者がピアノを弾けないことなども知ることができる。

装幀もイラストも、遊び心に溢れていて素晴らしい。編集に関わった『チリメンモンスター』などで知られるSTUDIO PORCUPINEの貢献度も高いだろう。そして何よりその遊び心が、正しく「科学」という確固たる基礎の上にうえ成り立っているのがよい。爆笑しながら読んでいるうちに科学的思考が身につくといったら大げさだろうか。

さらに特筆すべきは、著者の文章の持つリズムの心地よさ(成毛眞の文体に似ていると思うのは私だけか)。加えて、どういうわけか、宮田珠己の『旅の理不尽』を中米の安宿で初めて読んだときの衝撃を思い出した(ちなみに著者のサインは、宮田珠己のヘンなイラストによく似ている)

本書は、『くう、ねる、のぐそ』『ダチョウ力』と並んでHONZにとって特別な一冊となることは間違いない。

最後に今一度、著者の言葉を引用する。

恐竜は鳥も同然である。このことこそが、この本のテーマであり大前提である。今からでも遅くない、この大前提に賛成できない読者は、庭で飼育しているヤギにこの書籍を食べさせた末に、ヤギ乳でも飲み、健康増進に邁進すればよい。

近所の人がヤギを飼っていて、しょっちゅうヤギ乳を飲まされていた私が経験的に言うと、ヤギ乳のクセは相当のものだ。ヤギ乳を飲みたくなければ、とにかく本書を読むべし。

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon
  • Amazon Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

電子版も発売!『ノンフィクションはこれを読め! 2014』

HONZ会員登録はこちら