人を優しくする本 『内臓とこころ』

足立 真穂2013年04月07日 印刷向け表示
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内臓とこころ (河出文庫)
作者:三木 成夫
出版社:河出書房新社
発売日:2013-03-05
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ストンと身体に入っていき、「腑に落ちる」という表現がしっくりくる……

私には、そんな感覚がある。

三木さんの言葉の意味はひとそれぞれだろう。

音楽のようなリズムもそこに加わる。

さて、三木さんの処女作である本書は、あなたにどう響くだろうか。

生前の三木成夫を知るひとが、その出会いや人柄を語る場面に何度か遭遇したことがある。

文庫版解説を書かれている養老孟司さんしかり、東京芸術大学で弟子として研究をされた布施英利さんしかり、講義を聴いて異様な迫力に圧倒されたという茂木健一郎さんしかり。

そのひとたちに共通する表情がある。

眼差しは少し遠くを見て、ぼんやりとした残像を思い出すような、どこか優しげな顔を、どなたもされるのである。

時代はさかのぼる。三木成夫は、1925年、香川県丸亀市生まれ。1951年に東京大学医学部を卒業後、同解剖学教室へ。東京医科歯科大学を経て、1973年東京芸術大学保健センター(現在は保健管理センターとなっているよう。学生と教職員の健康管理に務める組織である)に移る。1987年に死去。

今回の文庫『内臓とこころ』の元本となった単行本は、築地書館から『内臓のはたらきと子どものこころ』として1982年に刊行されていた。最近購入した単行本の奥付を見ると、11刷した後に、1995年に増補新装版が出て8刷となっており、広く読まれたものだとわかる。2013年3月20日刊行になっているこの文庫版も、すでに版を重ねたと聞く。いまだに名前を冠したシンポジウムや会が存在することからしても、亡くなられて四半世紀以上の時間を経てなお、相当数の人の内に生きているということだろう。

この処女作の成立ちは、とてもユニークで、埼玉県深谷市にあるさくら・さくらんぼ保育園での「内臓の感受性について」という講演会が土台になっている。聴衆は主に、保育士と児童の母親たちだったようだ。講演会でのことばを比較的素直に原稿化しており、「三木節」とまで呼ばれた魅力的な話術が文面からも伝わってくる。養老氏の文庫版解説によると、東京大学医学部で特別講演を頼んだところ、こんなこともあったそうだ。

講義の終わりに学生から拍手が起こった。後にも先にも、東大医学部の学生を相手にしてそういう経験をしたことは他にない。三木先生の話は、そういうふうに人を感動させるものだった。ご本人の表現によれば、「はらわた」の感覚で話をされたからだろう。

三木先生は、「内臓感覚」を説明するための例として、オシッコのときの膀胱の感覚、乳を吸う時の唇の感覚、おなかの空いた時の胃袋の感覚についてあげていく。冒頭の膀胱感覚なんぞ、びろうな話でごめんなさいといいながらも、放尿感の「快」と禁尿感の「不快」を対比させ、こんな風だ。

あの膀胱の壁が、刻一刻と張りつめてくる、その状況を思い浮かべればいいのです。要するに「内臓不快」——これが人間苦の究極の“引き金”だというのです。

この調子で話される「ウンコの復権」のところで、私は爆笑してしまった。東京芸大で体育を教えていた野口三千三さんの授業について、楽しそうに横道にそれて行かれるのだ。

少し長いが、抜粋してご紹介してみよう。

この先生の授業が変わっている。最初の授業に“はらわた”を“つかませる”講義をするというんです。内臓の感受性が鈍いと、心のこもった絵も描けないし歌もうたえない。これは技術以前の、ひとつの哲学なのだという……。

ただ体育の授業は一年しかない。……かなり荒療治が必要だ。そこで、ショック療法を考え付いたというわけです。なんでも学生たちに聞きますと「からだの内に手を突っ込むわけにはいかんから、家に帰ったら、新聞敷いて、そこへしなさい(笑声)。それを両手で握りしめろ……!」とやられるらしい。半ば冗談と思って、他にも聞いたら、この私と考えが似ている……(笑声)。

動物の排泄物は、分解されて最終的には植物に受け渡されていく。「生態環」の不可欠な要素となるわけだ。三木先生の手にかかれば、生態学のポイントが笑いのある楽しい話に変わっていく。

例をあげて行くとキリがないのだが、そうやって動物の内臓が自然のリズムをどれだけ深く取り込んでいるかに具体的に触れつつ、生命40億年に及ぶ長い進化の歴史とともにある、からだの内蔵するリズムを宇宙リズムとして論は進む。その先で「こころ」について、内臓感覚とどう関係しているか、またその形成はどうなされ、自己と結びついていくかを語って行くのだ。

続いての『胎児の世界』でその生命観が結実していくので、あわせて読むとよいと思う。ただし、生前に出版された著作はこの2つのみ。死後行なわれた追悼シンポジウムは、隔年でそのまま開催は続いているそうだ。著作についても、『生命形態の自然誌Ⅰ』『海・呼吸・古代形象』『生命形態学序説』『ヒトのからだ』と、遺稿からの刊行が続いた。

亡くなられた後にこれだけ刊行やシンポジウムが続く人はそういないだろう。だが、三木先生の言葉には、誰かに伝えなくちゃ、と思わせるものがある。私もそのひとりで、書かなくちゃとどこかで背中を押されている。

なぜかと考えてみればそれは、この本には、優しい何かに包み込まれるような感覚があるからだと思う。その感覚を誰かにバトンタッチしたくなる一冊なのだ。

糸井重里さんが文庫化に際しツイッター上で、「子どもの生まれた人によくプレゼントしていた本です」とつぶやいていらしたが、育児や教育の現場で確かに支えになると思う。

宇宙リズムとかいってよくわからん。なんか宗教っぽい。ウンコの復権!?

そんな風に思う人こそ、読むと自分が大きく変わってくる。

だから、まず、ひとつ深呼吸して、鷹揚な宇宙のリズムに身を任せてみる。

周囲の人にも、必要なときには自分に対しても、優しくなれる、かもしれない。

内臓のはたらきと子どものこころ (みんなの保育大学)
作者:三木 成夫
出版社:築地書館
発売日:1995-12
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胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))
作者:三木 成夫
出版社:中央公論新社
発売日:1983-01
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