『利他学』

栗下 直也2011年05月31日 印刷向け表示
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利他学 (新潮選書)
作者:小田 亮
出版社:新潮社
発売日:2011-05-25
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「どこの誰かは 知らないけれど誰もがみんな 知っている」というのは確か、月光仮面の主題歌だったか。正体も明かさず、人のために体を張る正義のヒーロー。あれはテレビドラマの中の出来事だよなと思っていたら、昨年は月光仮面ではなかったが、タイガーマスクの主人公である伊達直人を名乗る人物が児童養護施設にランドセルを送る動きが全国で起き、世間の注目を集めた。一部では「迷惑な奴だ」やら「マネーロンダリングの一環だ」やら「パチンコの新台のタイガーマスクの宣伝だ」やらいろいろな噂がたっては消えた。こういう噂が立つ背景には「人は報酬もなく、自ら他人のために、そんなことをするのか」という疑問があるのだろう。だが、伊達直人騒動ほど目を引かないにしろ、我々の回りにはそういう利他的な行動は少なくない。

例えば、冬の入試シースンにはトラックの運転手が試験時間に遅れそうな受験生を車に乗せて試験会場まで送り届け、名前も名乗らず去っていったという話は何年かに一度はワイドショーで取り上げられる。最近では、東日本大震災後の寄付や物資の支援などに加わった人も少なくないはずだ。こうした、顔もしらない赤の他人への利他的行動はなぜおこるのか。本書では生物学、経済学、心理学などの既存の実験成果をもとに、この解明に挑んでいる。

そもそも生物は自分の種を残すために行動する。その点では本来、利他的な行動というのは考えにくい。そうした中、何故、利他的に行動するかと言えば、それは結局、血の存続を合理的に考えた結果である。つまり、自分が一時的に損をしても、一族での存続(適応度)が高まると判断するとき、人は血縁の濃度に応じて利他的になる。

だが、我々は血がつながらない他人に対しても利他的だ。なぜだろうか。それは本書によれば、互恵的利他行動という考え方に基づく。「お互い様」の精神だ。すぐにではないにしろ、いつかは「お返し」してもらえるという発想だ。また、直接的に恩を与えた人間から返ってこないにしても、利他行動で「評判」が高まることで、巡り巡って、経済的な尺度でより高いリターンが期待できるわけだ。

だが、これでは冒頭の行為は、説明がつかない。伊達直人の正体は誰か分からないし、トラックの運転手も人知れず去っていったからだ。本書によれば、このような人々は他者に対して親切に振る舞うという行為自体を報酬と感じる仕組みがあるという。実際、脳の研究でも裏付けられている。著者は、巡り巡って返ってくる利他行動が進化した結果そのようなメカニズムが生まれた可能性が高いとしている。つまり、伊達直人のような人々は普段から利他的な行動をすることによって、彼・彼女を良く知る人からサポートを受けており、利他的な行為がもたらす恩恵を知っている。利他的行為をすることが後のリターンにつながるため、行為自体が快楽になっているわけだ。暴論を言ってしまえば、人が利他的な行為をすべきで非利他的な行為をすべきでないのは最終的には自分自身の損得なのである。

もちろん、人間、誰もがそのような互恵関係に下支えされた集団に属しているわけではない。だが、著者は言う。人間は外見で利他的かどうかを判断できる、つまり関与する集団を意図的に選べる。これは科学的にもある程度、実証されているという。既存の実験では、利他的な人ほど笑ったときに、眼輪筋がよく動く、わかりやすく言えば、目尻にしわがよくできるという。これは日米の研究結果に共通している。

この記述を読んで、私は思わず鏡を見つめてしまったが、外見という者はある程度、尺度になるのは自分の経験でも納得できる。「うさんくさいなー」と思う人は一部を除き、大概うさんくさい。『人は見た目が9割』なんて本も会ったし、本屋に行くと『初対面で~』なんて本が所狭しと並んでいる。今や、利他的かどうかもわかってしまう時代なのかと。鏡の前で目尻を増やしながら、月光仮面の仮面の下はどんな顔をしていたのかなとぼんやり考えた。

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