『中国という大難』− 文庫版解説

成毛 眞2013年04月25日 印刷向け表示
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中国という大難 (新潮文庫)
作者:富坂 聰
出版社:新潮社
発売日:2013-04-27
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富坂聰氏の『中国という大難』文庫版(2013年4月27日発売)の解説を書いたので、編集部の承諾を得て全文を掲載する。単行本の発売は2007年4月27日だが、本書で語られている中国問題はまったく古くなっていない。それどころかさらに深刻になっているように見える。ある意味で中国は先進諸国から半世紀遅れたテーマパークであり、最新ピカピカのお化け屋敷だ。こわごわと内実を見てみるのに最良の書である。

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富坂聰さんは現在もっとも信頼するべき中国ウオッチャーの筆頭である。自称他称問わず中国の専門家は無数にいるが、富坂さんの豊富な人脈に裏付けされた取材力は他に抜きん出ていると思う。そのことは本書の「プロローグ」を眺めてみるだけで納得できるであろう。

一九九四年に富坂さんが取材したとき、その男は赤い資本家とよばれた香港返還の立役者であった。栄光を手にしたその男はやがて疑獄事件に連座し、死刑判決をうけて収監される。しかし、その九年後、あろうことかその男はひょいと北京に姿をあらわし、激しい雷雨のなかで再び富坂さんとの面会に応じるのである。この臨場感こそが富坂さんの真骨頂である。

幸いにして中国ビジネスにかかわってこなかった私が現代中国に対してもっている偏見は、騒音に満ちて小汚く、金欲まみれで下品、幼児性と尊大さが入り混じる、死ぬまで関わりになりたくない国、というものである。もちろん、腹を割って話せる中国人の友人も持っている。しかしその多くは華僑であったり、海外留学経験のある地球人としての中国人である。二〇年近く前に何度か中国を旅行したが、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区など穏やかな人々が住む辺境だけを選んだ。通過点の北京や西安では動物園にパンダを見に行った程度だ。できるだけ現代中国を避けて生きてきたのだ。

しかし、先年の毒入りギョーザ事件の末や、このところの尖閣諸島問題をめぐる反日暴動、大気汚染物質の飛来など、日に夜に報道される中国関連のニュースから目をそらすこともできず、完全に無視して生きていくことが難しくなってきた。それならば、中国に行かずともその輪郭だけでもしっかりと理解してみようと本書を手にとった。

じつはこれまで単に中国のニュースから目をそらしていただけではなく、現代中国関連の本もあまり読んでこなかった。その理由は現実の変化率が高すぎて、すぐに内容が陳腐化してしまうこと、どんなに読んでもヌエのごとく得体の知れない存在なのではないかという疑いをもっていること、読んでいるうちに言い表しようのない不安と不快感が増してくることなどだった。しかし、本書はその難点にみごとに応えてくれた。

中国の経済成長を支えているファクターのひとつは低コストの輸出産業だ。人為的にコントロールされた為替レート、農村部からやってくる無数の低賃金労働者、そして環境を無視した安普請の生産設備こそが低コストの源泉だった。しかし、為替レートの維持や低賃金労働者の確保には限界があり、東南アジアなどの途上国に比べ国際競争力を失いつつある。いっぽうで、安上がりの生産設備はいまだに稼働しつづけている。その結果として大気汚染だけでなく、水資源の乱用と汚染が広がっている。

本書によれば一人あたりの水消費量はすでに日本のそれを超えているという。しかも、二〇〇六年当時ですら淡水の六〇%が重度の汚染状態だというのだ。汚染水を垂れ流しながら、中国が決断したのは人類史上最大の土木工事といってもよい三峡ダムと南水北調だった。いうまでもなく三峡ダムはいまでは世界最大の汚水を湛えたダムであり、南水北調とは長江の水を華北まで運ぶための奇怪にして世界最大の運河だ。

このあまりに大きすぎるダムや運河の長期的な環境への影響は、文字通り測りしれないものがある。気候変動や地震など、どんな天変地異が起こっても不思議ではない。また巨大土木工事は当然のことながら巨大汚職の温床でもある。富坂さんは現代中国を象徴するこの巨大モニュメントと複雑な背後事情について、じつに丁寧に取材し第一章としてまとめている。

ところで、毛沢東はかつて一九五八年から一九六〇年にかけて「大躍進政策」を推進した。英米を追い越せとばかりに、鉄器時代さながらの手製の溶鉱炉を全国に作り、密植と深耕という非科学的というよりもオカルト的な農産方式を奨励するなど、愚かしさの限りを尽くして、国土を石器時代と思わせるような状態にまで引き戻し、結果的に四千五百万人ともいわれる餓死者を出した。

さすがの毛沢東もこの「大躍進政策」の失敗で失脚したのだが、六年後には悪名たかき文化大革命を引き起こし復活する。その文化大革命ではさらに一千万人近い犠牲者を出したとされる。すなわち毛沢東は中華人民共和国建国の父であり、人類史上最大の大虐殺の責任者でもあるのだ。

じつは、その毛沢東ですら三峡ダム計画はサインしなかったのだ。長江を止めることで天罰が下るかもしれないと恐れていたという。どんな天変地異が起こっても不思議ではないということがけっして誇張ではないことがお分かりになるであろう。本書の第一章だけでも現代中国のエピタフ(墓碑銘)となりえる内容だといっても過言ではないのだ。

ところで、富坂さんの作品に共通する特徴は、取材対象に語らせることにあるといっては言いすぎだろうか。多くのジャーナリストによる作品は取材ノートをまとめ、情報を付け加えて整理をし、自身の言葉で語ったものだ。それはいわば日本のテレビ番組に登場する解説者やコメンテーターのようなものだ。たしかに短く端的にまとめられているので理解しやすいのだが、あくまでも第三者の目線であり、観察者の振る舞いだ。観念が先行し、感性は後回しにされる。

いっぽうで富坂さんの作品には取材対象者の言葉が大量に挿入される。たとえば本書の第一章一行目は、

「涼水河?聞いたことないなあ。亮馬河の間違いじゃないのか」

である。取材のために乗ったタクシーの運転手にまず第一声を任せるのだ。これはまるで事件現場を背にしてマイクを当事者に差し向けるアメリカのテレビレポーターである。読者は富坂さんとともに事件の現場に立ち、まずはなにごとかを感じることができるのだ。

地方と中央、共産党と軍、地縁血縁と企業体、市場経済と地下経済、行政と各業界など、さまざまな利益集団の集合体である中国という組織を一言で理解することはまさに不可能だと思う。かといって、それぞれとその相互関係の詳細を記述していたのでは膨大すぎて、完成する前に現実が変化してしまうのも中国だ。それゆえにまずは感性を研ぎ澄ませて感じることが重要になるのだ。

その結果、往年の東映ヤクザ映画を観おわった男たちが全員肩をいからせて映画館から出てきたように、富坂作品を一冊でも読み終わった読者はすっかり中国通になった気になるはずだ。東映映画のヤクザにも仁義という理があったように、中国にも崩壊を免れるための経済優先という理がある。加害者であり被害者でもあるという意識と事実は東映映画のヤクザと現代中国に共通するものなのかもしれない。

富坂さんはエピローグで、中国という大難に日本の内政問題として向き合わなければならない時期が近づいてきているという。本書で取り上げられている大難はまかり間違うと、また新たな歴史時代を迎えることになりかねない混乱の原因になるかもしれないのだ。そうなった場合、日本には真の大難が降り掛かってくる。これからも富坂さんの本から目が離せそうにない。

(二〇一三年二月、書評サイトHONZ代表、早稲田大学客員教授)

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