あなたは「神」を信じますか? 『科学者はなぜ神を信じるのか』

仲野 徹2018年07月27日 印刷向け表示
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あなたは神を信じますか?こう訊ねられたらどう答えるだろう。日本だと、神様は存在しないと思うけど神頼みはする、というのが多数派だろうか。この本で問われるのは、我々が普段思い浮かべるようないたるところにいる神様ではない。キリスト教の神、創造主としての神である。

科学者のスタンスはどうだろう。『利己的な遺伝子』のリチャード・ドーキンスは『神は妄想である』という著書で、科学的合理性こそが重要で、宗教はそれに反するものであると痛烈に批判した。この本、宗教的背景からか日本ではあまり話題にならなかったが、世界中で百万部を越すベストセラーになった。もちろん賛否激論である。

一方、ヒトゲノム計画を率いた一流の生命科学者、米国・国立衛生研究所(NIH)所長のフランシス・コリンズは、無神論者の家庭に育ったが、後に敬虔なクリスチャンとなった。そして、科学的真理と信仰的真理は矛盾しないと確信し、『ゲノムと神;科学者、神について考える』という本まで上梓している。

ドーキンスとコリンズは、十年ほど前にタイム誌で対談している。その際、ドーキンスは、宇宙創造の背後に神のようなものが存在することまでは否定していなかった。宗教上の教義による思考停止が科学に反する、というのが、神は妄想であると敵視する根本的な姿勢なのだ。

この二人は生命系の科学者である。それに対して『科学者はなぜ神を信じるのか』は、素粒子論を専門とする一流の理論物理学者にしてカトリック教会の助祭でもある三田一郎先生による、物理学の歴史という視点からの神についての考察だ。

うわ、難しそう、と、ひるまれるかもしれない。じつは、わたしもそう思っていて、買い置いたあと、しばらく積ん読状態になっていた。しかし、読み始めるや、あまりに面白くて一気に読んでしまった。

地動説のコペルニクスに始まり、ガリレオ、ニュートン、アインシュタイン、量子力学のハイゼンベルクとディラック、先頃亡くなったホーキング。一章ずつに、それぞれの理論とその周辺が説明される。そして、多くの物理学者たちが神とどのように折り合いをつけてきたのかが解説されていく。とてもわかりやすく説明されているし、どのエピソードもバツグンに面白い。

たとえばコペルニクス(14731543年)のお話。まったく知らなかったのだが、コペルニクスはキリスト教の司祭でもあった。しかし、地動説に気づいてしまう。その考えは口コミで広まり、教皇の耳にまで届くが、当時の説の精度の低さからか、さして咎められはしなかった。

意外なことに、聖書の教えに背く者として徹底的に糾弾したのは、カトリックではなく、宗教改革の火の手をあげたマルチン・ルターであった。おもしろいのは、ルターから徹底的な攻撃をうけたコペルニクスだったが、宗教戦争の時代にルター派の若者をかくまったということだ。コペルニクスが心優しき聖職者でもあったことがよくわかる。

コペルニクスは心から神を敬い、神がどのような宇宙を作ったかを知りたかった。そして、「宇宙はもっと美しいものであるはずだ」という考えから、宇宙に複雑な仮定が入り込むことを許せなかったのだ。その考えが、観測が進むにつれて矛盾が噴出していた天動説を否定することにつながり、地動説という新しい時代の宇宙論の嚆矢となった。

コペルニクスの考えが正しいことを明確に証明したガリレオ(15641642年)は、ご存じのとおり宗教裁判にかけられた。コペルニクスと同じく、キリスト教の教えをおおきく揺さぶったガリレオだったが、自身は神の存在を疑うことなどまったくなかった。

ガリレオと入れ替わるかのように生まれたのがアイザック・ニュートン(16421727年)である。ニュートンは、運動方程式の確立、万有引力の発見、微分積分法の開発などを、わずか1年半の間、それも25歳になるまでに成し遂げたという真の天才だ。ちなみに、そのニュートン、人間のことは信じられなかったが、無神論者を説得するほどに、創造主としての神のことは信じていた。

ニュートンの業績により、初期値さえわかれば、全知全能の神でなくとも方程式を使って未来を予測できる、ということになってしまった。言い換えると、神の領域が科学の領域へと引きずり下ろされたのである。聖職者にとっても科学者にとっても、どれだけ大きな衝撃であったろう。この時代から、議論は、神そのものの存在ではなく、「宇宙に創造主は存在するか否か」へと収斂していくことになる。

本の後半、は読んでのお楽しみだが、もうひとり、三田先生と同じく、聖職者であると同時に物理学者であったジョルジュ・ルメートル(18941966年)だけは紹介しておきたい。宇宙膨張論はエドウィン・ハッブル、ビッグバン理論はジョージ・ガモフによると世に知られているが、じつは、いずれもルメートルが先んじていたというから驚きだ。

どうしてルメートルにクレジットがいかなかったかというと、ルメートルの謙虚な人柄と、科学と宗教という「不毛な議論」をさけようとした姿勢のためだとされている。しかし、これも意外なことに、非常に早い段階で、教皇により「ルメートルらの発見は神の創造を科学的に証明したもの」で「ビッグバンはカトリックの公式の教義に矛盾しない」と認められている。

『最後に言っておきたいこと 私にとっての神』と題された短い最終章を読めば、三田先生がこの本を著された理由がわかる。子どものころに洗礼をうけたが、宗教にはさして興味なくすごしておられた。しかし、50代になって、物質と反物質の研究から宇宙のはじまりを見つめ、「神の意志を感じ」、「神の存在を信じる」ようになられたのだ。

「ついに人間が宇宙のはじまりを、神を持ち出さずにすべて理解した。もはや神は必要ない」と考えることは、それこそ思考停止なのではないでしょうか。どこまでいっても、宇宙をすべて理解した、と言いきることは決してできないはずだからです。

創造主としての神を信ずる姿勢は、「自然に対して最も謙虚であるべき科学者」と全く矛盾しない。ドーキンスが拒絶する思考停止とは真逆で、科学と神について考え続けることこそが正しいく科学的な姿勢である、というのが三田先生のお考えだ。

初めに神は物理法則を創られた。そしてエネルギーの塊から物質と反物質を創られた。物質の方がほんの少し多かった。同量の物質と反物質は消滅しあい、エネルギーに戻った。ほんの少し多かった物質が残った。

そして神は天地を創られた。

もし『三田一郎版聖書』があれば、こういう書き出しになるらしい。なるほど、こんな神なら存在しうるのかもしれない。

これほど素晴らしい知的刺激にあふれた本、それも、日本人によって書かれた本はめったにない。科学に興味のある人にも、宗教に興味がある人にも、いや、どちらにも興味のない人にこそ読んでほしい一冊である。

神は妄想である―宗教との決別
作者:リチャード・ドーキンス 翻訳:垂水 雄二
出版社:早川書房
発売日:2007-05-25
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あのリチャード・ドーキンスによる神の否定。ここまで書かなくてもいいんじゃないの、と思うくらい完膚なきまでに宗教を否定している。
 

遺伝子医療革命 ゲノム科学がわたしたちを変える
作者:フランシス・S・コリンズ 翻訳:矢野 真千子
出版社:NHK出版
発売日:2011-01-21
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神を信じるコリンズの遺伝子とゲノムについての本、少し古いけど、むちゃくちゃよく書けてます。 残念ながら『ゲノムと神』は絶版です。

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