『シンディ・ローパー自伝』 And you will find you

高村 和久2013年05月09日 印刷向け表示
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トゥルー・カラーズ シンディ・ローパー自伝
作者:シンディ・ローパー
出版社:白夜書房
発売日:2013-03-11
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シンディー・ローパーは、家族や、一緒にプレイするミュージシャンが、みんな魔法を持っていると言う。

だから、私はほんとに魔法をかけられたマジカルな人生を生きているわけ・・・ただ、たまにそれが見えないからとか、他のことを見るのに忙しいからとかで、そのことを信じるのを忘れちゃう日があるんだけど。

そんな本人の魔法は、日本に渡って来て中学生の私にかかった。というか、みんなかかった。ヒットチャート1位だ。1980年代を代表するミュージシャンだ。夜中のMTVを見たり、ラジオを聞いたり、テープにとったりした。

本書の原題は "A Memoir"、シンプルに、「自伝」だ。義父の色目が気持ち悪くて17歳で家を出た。歯ブラシと、下着の着替えとリンゴひとつと、オノヨーコの『グレープフルーツ』を入れた紙袋を持った。愛犬も一緒だ。姉の部屋に転がり込み、出版社の受付で働いた。タイプライターが1分に19文字しか打てず、衣装はセクシー過ぎ、ランチの後にビールを受付で飲んで、残念ながら続かなかった。ウェートレスも続かなかった。注文カードの文字が小さく、フライド・チキンとチキン・ポットパイをずっと間違えた。

チキン・ポットパイの代わりにフライド・チキンを出されたときにお客がどんなに腹を立てるかなんて、信じられないくらいなんだから。いつも「どっちだってチキンじゃないのさ!ころもをパイにして食べたからってもっと健康的だなんて思うんじゃないよ!」って内心毒づいていたものよ。最終的にマネージャーが私を脇にひっぱっていって言った。「なあ君、もしかしてウェートレス業は向いていないんじゃないか?ホステスになるのはどうだ?」

学校は何校もドロップアウトした。友達がレズビアンだったので、自分もきっとそうだと思って試してみたが違った。キャンパス初の女性ストリーカーとなり、ブーツを履いて帽子をかぶって、カフェテラスを裸で駆け抜けた。

やる必要があったのよ・・・たくさんの男性がやっていたんだから、今度は女性の番だった。

女性運動に参加し、スポーツブラを燃やした。犬と一緒にヒッチハイクで旅をし、犬と一緒に路上で物乞いをした。

孤独に耐えきれないことも多くて、ずっとベッドに横になっていた。ほんとになにも対処できなくなると、よく震えが、ひどい不安の発作が起こった。それが起こると私は自分の体を抱きしめ、自分に話しかけて落ち着かせようとした。「あなたは大丈夫よ。・・・深呼吸して!」って自分に言うわけ。そして守られていると感じる必要がほんとにあると思ったら、流しの下の戸棚の下を空っぽにして、そこに潜り込んだ。囲まれている感じがするので、そこにずっといるとだんだんと気分が良くなってくるのだった。

様々な逆境を超え、シンディ・ローパーは音楽の世界でブレイクしていく。デビューアルバム『She's So Unusual』のジャケット撮影は、自分でメイクを行い、友人がスタイリングした。雑貨屋で働いていた時にお客さんに聞いた「いつだってすごく暗い日には最高に明るい色を着るのよ」を憶えていて、コニ―・アイランドの小便臭い路地で、赤い服を着て裸足で踊った。レッスル・マニア(プロレス)のバックステージでプロモーションし、ハルク・ホーガンと記念撮影した。数々の賞をとり、数々の失言をした。スピルバーグ監督に対して「そんなのあんまりクリエイティブじゃない」等、そのスケールは大きい。

本書を読んでわかるのは、シンディ・ローパーの素朴さと強さだ。レイプや中絶等でどん底まで傷ついてもへこたれない。自分で考えて良いと思ったことは、たとえアウトサイダーになってもやっていく。ゲイやレズビアンなどのマイノリティを一貫して応援し、震災直後の日本でコンサートをチャリティに変更してただ一人継続し、無料ネット中継まで敢行した。ショーの観客は一度たりとも見限ったことはない。夢中にさせるまで働き掛け、観客席に突入も厭わない。観客も全然おかしなことをしないという。

だってさあ、私って全然セックス・シンボルじゃなかったのよ。そんな恰好しなかったから。網ストッキングにマジックで塗った片方黒、片方白のスニーカーを履いていた。セックスシンボルみたいに振る舞うこともなかった。私は表現の自由と、人と違うことの自由を売っていたのであって・・・セックスじゃなかった。ほんとよ、あとを追いかけてくる男なんてひとりもいなかったもん。代わりにいたのは悲しい人たちばかり。だって私が歌って癒そうとしていたのはそういう人たちだったんだから。

1980年代、中学生だった私は、なぜだろう、卒業文集のページにでかでかとシンディ・ローパーの絵を描いた。あの爽快な気分は、卒業のせいだったのだろうか。それとも、シンディ・ローパー越しに自分の何かを見ただろうか。あれから何十年も経つけれど、今でも私はシンディ・ローパーのファンです。本書は3月11日に発売された、HONZにしては少し前の本だ。収益の一部は、被災地復興のために寄付されている。

シンディから日本語版に寄せて

この本を日本のみなさんに捧げます。みなさんがいつも私をとても温かい気持ちにさせてくれたから、日本は私の第二の故郷になりました。3・11の荒廃と恐怖の間にみなさんが見せた落ち着きと忍耐は勇敢で驚くべきものでした。世界中がそれを目撃したのです。ガンバッテ。みなさんのことをいつも思っています。


本書にも出てくる、全便足止めされたブエノスアイレス空港にて行った即興パフォーマンス。

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