『捕食者なき世界』 ウィリアム・ソウルゼンバーグ

村上 浩2010年09月19日 印刷向け表示
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採点:★★★★★

2010年科学読み物で現在のところNo.1の面白さ!生物多様性に興味があるひとには特におススメ

生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の開催を目前に控えて、文藝春秋が立て続けに良書を翻訳出版している。地球最後の日のための種子と併せて読めば、「多様性」の「重要性」が理解できる。本書にある図版は原著にはないものらしく、文藝春秋エライ!!と言いたくなる。本書P68の図にいるような生物たちが闊歩する世界を想像してわくわくしない人は少ないはずだ。


捕食者なき世界 捕食者なき世界
(2010/09)
ウィリアム ソウルゼンバーグ高槻 成紀

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■あらすじ

食物連鎖、食物ピラミッドの「頂点」に存在する捕食者たちがいなくなることで、生態系にどのような影響を与えるのか、彼らは本当に「頂点」に君臨しているといえるのかについて考える一冊。捕食者がいなくなってしまった世界は決して被食者たちの楽園ではなかった。更新世末に大型肉食動物が激減を招いた犯人は誰か?HSSの仮説を中心として、幅広い研究の成果を解かり易く統合しており、アメリカのサイエンスジャーナリズムの凄さを思い知らされる。

■感想

とにかく面白い!!ヒトデがいなくなった海岸では何が起こるか、シャチがラッコを襲い始めた原因は何か、ダムによって離れ小島となった土地でサルが好き勝手に振舞うとどうなるか、今まで聞いたこともないような事例のオンパレードで飽きずに一気に読んでしまった。食べるもの-食べられるものの関係性は上から下へと線形に繋がる「ピラミッド」のような単純な構造ではない。「捕食者」は我々生態系のキーストーン(要石)であり、「捕食者」からの影響を被食者たちも大いに受けているのだ。

北極圏のホッキョクギツネを研究していたチャールズ・サザーランド・エルトンはそこに広がっている生物の連鎖を以下のように表現している。

きちんとした生理学的配置というよりむしろ、非常に乱雑で動的で変わりやすい自然の姿だ。気候に合う植物だけが生え、環境に適応できる動物だけが整然と暮らしているわけではなく、変わりやすい環境に、変わりやすい個体群が暮らしているのである

本書に登場する科学者たちの研究方法は創意工夫に富んでおり、非常に興味深い。実験室で行う実験のように条件をコントロールすることは事実上不可能なため、彼らの実験は先ず「実験室」を探すことから始まる。望ましい実験室とは、「捕食者のいる世界」と「捕食者のいない世界」が隣接しており、しかも、2つの世界に分かれて間もない場所だ。当然、そんな都合のいい場所なんてそんなに無いので、自らそのような場所を作り出さなければならないことも多い。

ロバート・ペインはヒトデが生態系に与える影響を調べるために、シアトルのオリンピック半島にあるマッカウ湾へ毎日毎日繰り出して、海に向かってひたすらヒトデを投げ捨て続けることで、「ヒトデのいない湾」を作り出した。後から聞いてみれば単純な実験だが、その当時こんなことを思いついて実行に移す人間は彼だけだったようだ。

「ヒトデのいる世界」では15種類いた生物が、「ヒトデのいない世界」では短期間のうちに8種に激減してしまった。『アメリカン・ナチュラリスト』誌に投稿された論文の中で彼は自身の仮説を以下のように要約している。本書はこの仮説の証明に挑んだ科学者達の物語でもあるのだ。

その地域の種の多様性は、環境の主な要素がひとつの種に独占されるのを、捕食者がうまく防いでいるかどうかで決まる

数の面では圧倒的少数である「捕食者」による上からの支配よりも、植物やプランクトンなどの大量に存在する「被食者」によるボトムアップ型支配の方が、民主的で平和なように錯覚してしまいがちだが、生態系のボトムアップによる支配はかなり残酷である。ダムによる浸水のために、ジャガー、ピューマ等の捕食者が生きていくことのできなくなったバロ・コロラド島の惨状を見れば、いたずらに捕食者を殺してきたことを後悔しないではいられないだろう。その島ではホエザルが増殖し過ぎてしまったのだ。

ホエザルのお気に入りの木々さえも、サルたちに復讐しはじめていた。葉という葉を食べつくされた木が新たに出す芽には、苦くて吐き気を催させる毒素が多く含まれるようになった。朝食は服毒の時間となり、さるたちは哀れにもがつがつと新芽をむさぼっては、決まってそれを吐き出すのだった。表向きは捕食者によるトップダウンの支配から解放された彼らだったが、植物によるボトムアップの調整というはるかに残酷な時代に踏み込んでいた。

とは言え、「捕食者のいる世界」を構築するために、自分の家にしょっちゅう狼や熊が出現するという状況をもはや人類は受け入れられないだろう。羊のクローンが可能になったとはいっても、まだまだその研究は途上段階になる。地球最後の日のための種子のように、動物たちの遺伝子だけを残せば良いというわけではないだろう。捕鯨のように「文化」が絡んでくる問題も沢山あり、進むべき方向はまだまだ模索中だ。

海外のサイエンスノンフィクションの凄さはその参考文献を一覧するだけでも分かる。大学院生時代にAnalytical Chemistryに論文を投稿したが、本書の参考文献はそのときの参考文献の何倍もある。著者の肩書きは科学ジャーナリストとなっているが、この分野の人材は日本にはまだまだ不足しているのではないか。竹内薫さん等がいることはもちろん承知だが、、、新聞、雑誌に「Science」欄が常設されていない先進国は日本くらいらしいが、「技術立国」を標榜するのなら、技術の面白さ・有用さを伝えることにもっと力を注いでも良いんじゃないかなぁ。成毛さんもこの前のトークショーで「理系卒の翻訳書の方が外れが少ない。XXX大学文学部卒の人間の翻訳書は文章が下手で読むに耐えない」と仰っておられた。ちなみに、本書の訳者は教育学部卒だが凄く読みやすかった。一般論と個別の話は当然異なる。

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