相関と因果関係 『なぜうつ病のひとが増えたのか』

村上 浩2010年10月05日 印刷向け表示
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採点:★★★★★

「科学的にものごとを考える」ことに興味のある全ての人におススメ。なぜ「うつ」のCMが多いのかよく分かります

本書は2009年7月に幻冬舎ルネサンスより出版されたものの文庫版(一部加筆アリ)であるが、文庫化されるまでその存在を知らなかった。1人の医者が世の中で起こっていることに対する素朴な疑問を様々なしがらみを越えて、科学的な視点から解き明かす様は無茶苦茶面白かったし、新作が出れば是非読みたい。しかし、もう著書にはもう製薬会社から講演の依頼はこないだろう。


なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書) なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書)
(2010/08/25)
冨高 辰一郎

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■あらすじ

1996年からの6年間で日本で病院に通院する患者数は2倍に増えた。現在通院している患者数は100万人を超えたとも言われている。特定の病気が6年間という短期間で2倍になるという現象を不思議に思った著者は、他の先進国でも同様の現象が起こっていることに気付く。様々なデータを収集、分析することでうつの急増とSSRIという新型薬の導入の関係性を見出した著者は様々角度からこの現象を分析する。製薬会社と医者の関わり方、医療と宣伝広告活動の関係性をその当事者の視点から解き明かしていく

■感想

医療業界は相当にしがらみが多いらしい。さすがに「白い巨頭」のような状況はもうないのかもしれないが、えらーい教授様の学説に異を唱えるのは相当に難しいだろう。同様に、様々な方法でお金を出してくれる製薬会社に不利な発言も当然し難いはずだ。MRの方と医師にインタビューをしに行ったことがあるのだが、その気の使い方は半端じゃなかった。帰り道で同僚と「生まれ変わったら頑張って医者になろうな」と冗談を言ったことを覚えている。

そのような「うまみ」を捨てることになるにも関わらず、しっかりと「うつ増加」の原因を探る著者の姿勢は、学会の”常識”に断固として立ち向かう傷はぜったい消毒するなの著者と似た雰囲気を感じる。

なぜ製薬会社はSSRIを積極的にプロモーションするのか?それはその薬価が高いからだ。通常の市場で取引されるものであれば、価格が高くなれば需要が減少するが、人命に関わる薬の価格弾力性は低いどころか、マイナスの場合もある。これは、保険によって自己負担が抑えられていることも多分に関係するだろうが、このような状況であれば製薬会社ができるだけ高い薬を売りたくなるのも当然だろう。SSRIの登場によって初めてうつは「魅力的な」市場に変貌を遂げたのだ。

実はSSRIが登場するまで、製薬会社にとって抗うつ薬市場はそれほど魅力あるものではなかった。抗うつ薬の薬価はかなり低く、うつ病通院患者も現在ほど多くはなかった。そのため製薬会社は抗うつ薬の積極的なプロモーション活動を行っていなかった。しかし新薬の薬価が従来より数倍高くなれば状況は一変する。製薬会社にとって抗うつ薬の市場は魅力的な市場となった。

disease mongering(病気の押し売り)という言葉があるほどに、欧米では製薬会社の豊富な資金を背景として啓蒙活動に警戒心が増している。小児の躁うつ病や、男性型脱毛症、ADHDなどもその例に当てはまるようだ。男性型脱毛症については、一時期爆笑問題が万有製薬のCMに出ていたのを覚えている方も多いだろう。米国では1994年から2003年までに2万だった小児躁うつ病の患者は80万(!)にまで増加した事例もあるようだ。

製薬会社の宣伝広告活動は我々の想像を超える規模である。白衣を着た研究開発者が多い「お堅い」イメージを抱きがちだが、その米国での宣伝広告費は既に自動車、食品業界を凌駕しているようだ。当然、このような宣伝活動が全て悪いと言うわけではない。知識の少なさや誤解のために、「治療すれば治る」病気で亡くなる人は当然少ないほうがいい。しかし、殊更に不安を煽ってニーズを作り出すことは正しいことだろうか?

処方箋医薬品は我々消費者は直接購入することはできないし、そもそもどのような選択肢があるか知らない。購入を意思決定を行うのは未だに多くの場合は医者なのである(「ジェネリックにして下さい」と言ったことがある人がどれくらいいるだろうか?)。当然そのような医者は製薬会社の重要な顧客となり、様々なマーケティング活動が医者に向かって行われる(日本の医者当たりMR数は世界最高)。

SSRIをサポートしてくれる有力医師には、製薬会社も優遇してくれる。オピニオンリーダーと称され、製薬会社負担で国際学会に参加を勧められたりもする。往復する飛行機はビジネスクラスで、宿泊するのは高級ホテルである。学会費用の自己負担がない上に何らかの理由(コンサルタント料という名目が多い)で製薬会社から報酬が支払われる。
著者は自らはオピニオンリーダーではないが、「人数あわせ」で呼ばれたこともあるらしい。しかし、このような本を出したらもう呼んでもらえないだろう。

このような医師と製薬会社の蜜月関係も欧米ではその旗色が変わりつつあるようだ。欧米での学会発表には、どの製薬会社から資金提供を受けたかを明記するのが当たり前になっており、世界最大手ファイザーは500ドル以上の資金提供を行った医師の氏名を公表する計画を立てている。SSRIの導入が遅れた日本だが、このような対策も遅れているのではないか。

SSRI現象が各国で見られる原因は、「うつ」という病気の特質に由来する部分も大きい。どこからが「うつ」でどこまでが「うつ」でないかは明確ではないし、自分の不調が「うつ」のせいであると知った方がよい場合と知らない方がよい場合がある、という非常に不明瞭な病気なのだ。これからの病気はこのように健康と一続きのものが増えてくるのかもしれない。

自分が病気の影響下にあるという意識には、バランスが必要なのだ。重い病気になっているのに、病気であることを認めないのもよくないが、行動や症状を必要以上に病気の影響下にあると考えることも、心の健康にとって望ましいことではない。

「抗うつ薬」と言えば、自殺との関係が取り沙汰されることも多いが、自殺数が高止まっていることから、その因果関係を特定するのは早すぎるかもしれない。近年デンマークでは抗うつ薬の処方量が増えているが、人口当たりの自殺数は減少傾向にある。SSRI現象が日本よりも先に起こった先進国のデータが出揃えば、ある程度の結論が得られるかもしれない。

全体的に平易な言葉、論理構成でかかれており、「うつ」についてい知るための本としても、現在起こっている現象の「原因」を探るための科学読み物としても非常に面白かった。皆におススメできる一冊。

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