法則をはずせ『〈遊ぶ〉シュルレアリスム』

新井 文月2013年05月17日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
〈遊ぶ〉シュルレアリスム (コロナ・ブックス)
作者:巖谷 國士
出版社:平凡社
発売日:2013-04-26
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

どうも「シュール」という言葉自体がひとり歩きしている。

日本語でシュールと聞くと「虚しい」とか「理屈で説明し難い」感覚を連想するだろう。さらにシュルレアリスムは超現実主義などと訳されるので、よけい小難しいものに感じてしまう。

本書では、シュルレアリスム本来の意味を代表的な作品とともに理解できる。登場する作家はブルトン、マン・レイ、エルンスト、マグリット、ダリ、瀧口修造など。20世紀最大の芸術運動シュルレアリスムをフルカラーの作品と共にわかりやすく解説しているが、この活動自体は現在でも続いている。

実はシュルレアリスムは第一次世界大戦(1914-18)後、目前の現実に立ち向かうシリアスな環境から生まれた。シュルレアリストの作品が面白いのは、その戦争背景からどう発展してきたかにある。それまで西欧近代国家は、合理的かつ科学技術至上で秩序を謳っていたが、若者達にとっての結果は散々たる戦争の災難であった。大戦が終わり復旧を余儀なくされ、社会実情にあわない制度は、彼等にとっては目前の現実が「嘘っぽく」映っていた。そこで、理性による調和を信じない人達は新しい世界観を求めた。

シュルレアリストはまず何をしたか。著者は仏文学者・批評家・作家としてシュルレアリスム研究を長く続けてきたため、考察が解りやすい。シュルレアリストはまず自動記述をはじめた。自動記述というのは、意識や技術の支配を受けず、できるだけ速く文章を書く行為である。できるだけ早く書く(描く)、彼等はその中で思考から超越した、想像だにしない作品が生まれてくるはずと信じた。はたから見れば、はてしなく子供っぽく映っただろう。それは1919年、シュルレアリスムの祖であるブルトンによって創始され基本原理の一つにまで広がった。

シュルレアリスムの驚くべきは、ブルトンの自動記述の提案で、まず論理と理性に対抗したのである。つまり芸術作品の基本であるコンテクストを攻撃したのだ。コンテクストを知らない人のためにざっくりと説明すると、村上隆氏も口をすっぱくして語るように現代アートを鑑賞するにあたっての必須概念である。

【例:現代アートのアニメ作品コンテクスト】

・私の作品は、アメリカ人であるあなた達のせいで生まれました。

・なぜならアメリカは戦争で勝ちました。日本は敗戦後、ぬるま湯国家になってしまった。

・だからマンガやアニメカルチャーはあなた達がもたらした結果なのです。

特に宗教から独立した美術はコンテクストの知識が必須であり、これを知らないと「なぜこれがアートなの?」ってことになる。

シュルレアリスト達は、コンテクストなんかくそくらえ!とばかりに、一貫した論理的哲学を最初から避け、思いつくがまま組み立て展開してきたのだ。本書にはオブジェ、コラージュ、写真、人体など作品が多数掲載されているが、行きあたりばったりの遊びにも見えるようでいて、ねっとりした執着性の高いダリの技法などはクオリティが非常に高い。

シュルレアリスト達はよくグループで作品を制作したようで、真剣な遊びは大きなムーブメントになった。本書でもシュルレアリストの集合写真をよく見かける。この中にひときわ美男子で写っているのがサルヴァドール・ダリだが、彼ほど名が知れたシュルレアリストはいないだろう。本人が精神鑑定書つきの異常者なのか、変人のふりをしていたのかはさておき、グニャリと溶けた時計や、木からにょっきり伸びた腕など、彼の作品はそれこそ街の大工から上流階級までが注目するほどに芸術を身近にしたのは事実だ。人気の秘密は単純で、どれもが不可思議な世界だが、それが古典的風景の中に描かれ、対象だけを観ると普通の人なら頭を抱えてしまうが、ダリはきわめて緻密かつ「巧妙」に描いているため、不思議と高尚なものに感じるのだ。見せ方ひとつで物事の印象は変わる。

ルネ・マグリットはもっと知的に遊んでいる。彼は冗談を視覚化させた。鏡に映った自分の後頭部を見つめる男、先端が指になっている靴など不可思議な情景の作品が多い。しかし掲載されている作品群を観ると、アカデミック様式を忠実に守っているのがわかる。そのため彼のジョークは芸術の域になる。彼の意図とは別に絶大な影響を及ぼしたのは広告の世界だ。マグリットの作品を観れば、広告のほとんどが現実の中に不釣り合いなものを入れるマグリットの作風にそっくりだと気づくだろう。ポスターやコマーシャル、雑誌などのプロモーションは、よくみれば同じ価値基準なのである。

fancyというサイトがある。遊び心満載なプロダクトデザインを中心に紹介しており購入/販売もでる。ここでは日常を愉しむべく、基本法則をはずして、世の中の思い込みをハッと気づかせてくれる。こういった遊び心がシュルレアリスムの根底部分で繋がっている。

デュシャンの『泉』も、既製品の男性用便器だったが、タイトルとつけ架空名のサインを入れ、横倒しにして会場に置かれたとき、便器としての用途や機能や役割を失い、オブジェになった。実は、これらの行動は子供でもできる作業だ。ただ、その遊びが時に世界中の価値観を覆すときがくる。そういった意味でシュルレアリスムは芸術の基本を見事に押さえている。

根幹にある「遊び」の観点から、実に面白くまとめられた一冊。

----------------------

美術館で作品をなんとなく鑑賞してしまう方へ。コンテクストの基本を抑えることができ、作品を構成する構図や圧力も理解できる。この知識があると現代アートがぐっと面白くなる。

(HONZに入る前、初の)レビューはこちら

芸術闘争論
作者:村上 隆
出版社:幻冬舎
発売日:2010-11
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら