『マヨラナ』天才が描く天才の物語

久保 洋介2013年06月25日 印刷向け表示
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マヨラナ―消えた天才物理学者を追う
作者:ジョアオ・マゲイジョ
出版社:NHK出版
発売日:2013-05-25
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1938年、一人の天才物理学者が謎の失踪を遂げた。まだ31歳の若さながらすでに国際的に名の知れた優秀な核物理学者が、イタリア・シチリア島のパレルモからナポリ行きの船に乗り、それっきり消息を絶ったのだ。遺書らしきものは残されていたが、遺体は収容されなかったうえに、以後数十年にわたってあちこちから目撃証言が出続けており、その消息は未だ謎である。もし本当に生きていることが分かればノーベル物理賞が授与されてもおかしくない人物だ。

彼の名はエットーレ・マヨラナ。粒子がそれ自身の反粒子でもあるという奇妙な粒子の存在を考案し(彼の名をとってマヨラナ粒子と呼ばれる)、当時未知の粒子だったニュートリノのモデルとして提唱した理論物理学者である。マヨラナ粒子は、彼が考案して以来70年以上自然界に存在することは確認されてこなかったが、2012年、遂にその存在が発見・確認され、彼の理論の正しさは立証された。次はニュートリノがマヨラナ粒子かどうかというのが現代素粒子物理学の大きなテーマである。

現代物理学の基礎を70年以上前に、それも若干30歳にて構築した天才的物理学者はどんな人間だったのか、そして彼は何故に失踪したのかという謎に迫るのが本書である。どんな分野でも天才の話は鉄板ネタであり、読んでいて面白い。エットーレ・マヨラナも類に漏れず、その逸話は明らかに常軌を逸している。物理学者についての話だが、物理好きも、そうでない人も楽しめる内容だ。

彼は、20代前半にして「0と3の間のコサインxの指数積分は?」という現代ではコンピューターにやらせる計算を暗算で一瞬のうちに答えるほどの実力を持ち、中性子・ニュートリノ・核力・放射能といった当時最高級の頭脳が悩んでいた問題に次々と説明を与えていくのである。それも考えだした理論を煙草の箱に走り書きしては、最後の一本を取り出すとともに、握りつぶした箱ごと捨ててしまう。それを見て憤怒する同僚を横目に「発表してどうするんだ?こんなもの子供の遊びじゃないか」と言い捨てるのである。しかも煙草の箱に殴り書きしていた理論は、ニュートリノのパリティ対称性を破る性質など、どれもノーベル賞を受け取れるような理論である。彼の才能に誰もが戦慄を覚えたのは言うまでもない。

本書を「彼のように天才的な人物をどうやったら育てられるのか?」という視点で読んでも全く意味はない。彼は幼少時代から天才であり、一般人が学べることは一切ない。彼の天才っぷりを目の当たりにすると、彼から何かを学ぼうという願望は読了後には完全に消え去ることになるだろう。著者が本書で書いているように、天才とは不可思議なものであり、ほとんど事故のようなものなのである。

そんな世紀の天才はあるとき突然と鬱になり、社会との繋がりを切断する。そして彼を慕って連絡をとりにきた同僚のアマルディ(最近話題が多いCERN設立に尽力した人物)に放ったのがこの一言だ、「物理学は間違った道を進んでいる、われわれはみな間違った道を進んでいる」。発言の真意は今となってはよく分からないが、紐理論や超対称性など複雑な理論が乱立する今の物理学を言い当てていたのかもしれない(もしくは、彼の同僚がその後原子爆弾や原子力発電所に使用される遅い中性子の研究をしていたことを憂いていたのかもしれない)。そしてその発言の数年後、彼は忽然と姿を消したのである。

本書は、この知られざる天才物理学者エットーレ・マヨラナの短い生涯と業績を、もう一人の型破りな若き物理学者がユーモア交えて面白おかしく書き記している。著者のジョアオ・マゲイジョは、ケンブリッジ大学で博士号を取得し、現在はイギリス版MITであるインペリアル・カレッジの教授という理論物理学の王道を突き進む男だ。ただその経歴と提唱する理論から、奇才として知られている。

ジョアオ・マゲイジョは、7歳の時に教会学校で先生のケツをつねって放校となり、11歳の時にアインシュタインの『物理学はいかに創られたか』という本を読んで物理学にのめり込む。名門校に入学するが、15歳の時に学校教育の偽善について過激なレポートを書いて退学。その後、独学で勉強を進め、ケンブリッジ大学の博士号を取得しているのだ。

研究者になってからは、「真空中の光速は一定」という前提に基づいたアインシュタインの相対性理論に異議を申し立て、「光速は速くなる」という光速変動理論なる大胆なアイデアを世に出した異端児である。こんな奇才が書く伝記が当たり障りのない普通の伝記になるはずがない。そして驚くべきは彼の文才である。物理学者ならではのロジカルさはもちろん、リズム感があり、解説が分かりやすく、ユーモアに飛んでいる。物理学者が書いた文章とは到底思えない。

天才の伝記を天才が書くとこうも面白いのか、と気付かされる一冊だ。

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天才による天才の物語と言えばこちら。『羽生善治論』

羽生善治論  「天才」とは何か (角川oneテーマ21)
作者:加藤 一二三
出版社:角川書店
発売日:2013-04-10
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著者は過去にどんな面白い本を出しているんだろうと思ったら、これだった。我らが青木薫による翻訳である。『光速より速い光』

光速より速い光 ~アインシュタインに挑む若き科学者の物語
作者:ジョアオ・マゲイジョ
出版社:NHK出版
発売日:2003-12-26
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