『ローカル線で地域を元気にする方法』偉大なるマーケティング本

久保 洋介2013年07月25日 印刷向け表示
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いすみ鉄道。この名前を聞いて、ピンときた人はよほどマニアックな人だろう。地方第三セクター立て直し事例として話題のローカル鉄道でありながら、まだ一部の専門雑誌などで紹介されるだけで、大手メディアはあまり取りあげきれていない。この鉄道の再生物語から、地方や中小企業が学べることは多く、注目に値するのでそろそろ取りあげられそうだ。

本書の著者は、千葉県を走るローカル線いすみ鉄道の代表取締役社長、鳥塚亮 氏。要チェック人物である。大胆な改革を次々と打ち出し、1988年創業以来赤字経営であったローカル路線を黒字化に成功させ、今や鉄道業界が注目する異端児経営者だ。老舗旅館を見事に再生させた星野リゾート星野佳路社長を彷彿とさせる。

ローカル鉄道社長というと、鉄道業界叩き上げの堅物が就任するポジションかお役所の天下り先という勝手な先入観があるが、鳥塚氏の場合、前職はイギリスの航空会社ブリティッシュ・エアウェイズの旅客運行部長という異色の経歴の持ち主。2009年に実施された いすみ鉄道 社長公募人事で選出され、高給を捨てての転職・社長就任である。社長就任後は「今までと違ったやり方」を実践し、それまで赤字垂れ流しのお荷物路線であった いすみ鉄道 を再生させ、業界で注目を浴びている。

そんな いすみ鉄道 公募社長が行った「今までと違ったやり方」を本書は紹介する。そのいくつかをピックアップしてみよう。まず彼がが いすみ鉄道 の売りにしたのは、沿線に大型の観光施設などが「何もない」こと(え?)。観光地でもないし風光明媚でもないことを逆手にとって、「何もありません。でもよいところです」と大真面目に言っている。「えー、そんなのありかよ、そんなとこ誰も行くわけないじゃん」と内心突っ込みながら読み進めていくと、意外な結末が。

これが意外に反響を呼びました。「なにもないのがとてもいいですね」と言ってくれる人が増え始めたのです。

「ない」を逆手にとって、何もないに価値を見出す少数派を相手にしたビジネスを展開し、ガイドブックに書かれていないようなところを探し求める旅人たちを獲得していったのである。脱帽。

次に彼が実施したのは、「運転士自費公募」制度。鉄道運転士になりたい社会人に訓練費700万円を自己負担してもらい運転士になれる機会を提供する事業だ。当初は応募者がいるのか疑問の声があったそうだが(そりゃそうだ)、なんと全国から80名以上が応募し(え!)、今や5名の運転士を輩出している。現役運転士の定年退職が迫る中、職業意識の高い新人運転士を必要最小限の育成費で確保することに成功しているのである。脱帽。

その他にも、「電車乗らなくてもいいですよ、お土産だけ買って頂ければ」や「駅まで電車でなく車で来てくれていいですよ」と顧客に言い放ち、旧来型の鉄道マンたちを怒らせる。人を運ぶのを生き甲斐とする彼らにとって「電車に乗らなくていい」などと言うことは御法度だ。もちろん、堅物鉄道マンたちを怒らせることが彼の目的ではない。彼の意図は、いすみ鉄道を訪れるハードルをうんと低くし、潜在顧客に一度足を運んでもらった上で、次へのリピート需要に繋げていくというもの。実績が出ているというから、これまた脱帽。

いずみ鉄道の目玉列車はムーミン列車。ポケモン列車でなくムーミン列車なのにもちゃんと理由がある。社長の妻がムーミン好きというのも少なからず影響しているようであるが、要は、行動力あり家庭の財布を握る30代〜50代の女性をあえてターゲットにしているのである。

そろそろ勘のいい方はこの辺でお気づきかもしれない。そう、この公募社長が行っているは、ローカル鉄道事業にマーケティング戦略を導入すること。「ブルーオーシャン戦略」や「経験価値マーケティング」「リテンション・マーケティング」など、様々なマーケティング戦略を駆使しているのである。いやはや、さすが外資企業で働いてた人、普通の鉄道マンが思いつかない施策を次々と実行してく。いわゆる凄腕経営者だ。さあ、さぞかし凛々しい風貌なんだろう、と「いすみ鉄道 社長」をググってみると、なんとも愛想の良さそうな鉄道係員さん風の顔があらわれる(失礼!)。いすみ鉄道 社長ブログ も面白い内容満載だし、実は いすみ鉄道 に人が集まるのはこの公募社長に会いにいっているのではと勘ぐってしまうくらいだ。

何はともあれ、本書はコアなファン層に向けた本かと思いきや、地域復興の教科書にもなるし、マーケティング実務本にもなるし、将来の人生設計に悩むおじさま・若者への指針本にもなり、汎用性はほんと高い。なんだか彼の巧みなマーケティングに騙されている気がしないでもないが、面白いのは間違いない!

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