『シャルル・ドゴール  民主主義の中のリーダーシップへの苦闘』 by 出口 治明

2013年8月18日 印刷向け表示
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シャルル・ドゴール:民主主義の中のリーダーシップへの苦闘

作者:渡邊 啓貴
出版社:慶應義塾大学出版会
発売日:2013-07-14
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8月15日は、日本がポツダム宣言を受諾して第2次世界大戦が終結した日であるが、欧州の戦いでは、「自由フランス」を率いてドイツに徹底抗戦したのがドゴール将軍であった。ドゴールは、レジスタンスに象徴される救国の英雄であったが、臨時政府首相を1946年初頭に辞任した後は、不遇の時代(本人の弁では「砂漠の横断」)を過ごした。そして、1968年、67歳の老雄は、アルジェリアの独立を巡って祖国フランスが騒乱の渦に巻き込まれ、まさに進退極まった時に、再登板するのである。そして、ドゴールは、時をおかず、憲法を改正して、第5共和制と呼ばれる安定した政治システムを創り上げた。その後、約10年間、ドゴールは初代大統領として、フランスを見事に統治したのである。

本書はドゴールのまとまった評伝である。終生の伴侶イヴォンヌとの出会い、ドゴールの家族に対する深い愛情(とりわけ障がいを持って生まれた次女アンヌへの愛しみ)や、質素な日常生活、「ジャッカルの日」でお馴染の暗殺事件に遭遇したドゴールの反応、国葬を頑なに拒否した遺言等、興味深い事象も多々語られるが、本書の大きな特徴は、同盟も自立も共に追い求めたドゴール外交を丁寧に分析した部分にあると思う。「ドゴール外交は単なるナショナリズムでもなければ、がちがちに計算しつくされた国益主義外交でもない。それは、フランスという国家の威信を高めるための巧みな『演出力』そのものであり、リアリズムに裏付けられていたのである」と著者は喝破するが、見識と意思を伴った『する外交』と、状況対応的、消極的な『なる外交』を対比させる著者の脳裏には、恐らく、わが国の外交に対する深い憂慮が浮かんでいたのだろう。学者でありながら、在仏日本大使館公使(2008~2010年)として、一時、外務省に籍を置いた著者の面目躍如たるものがある。

もう1つの特徴は、「民主主義の中のリーダーシップへの苦闘」という副題が示すように、比例代表制で、必然的に多党化し、何事も決められないフランスの議会政治、政党政治(戦前の第3共和制、戦後の第4共和制)に、終始、違和感を抱き続けたドゴールが、第5共和制をフランスに根付かせるくだりの叙述にある。わが国のみならず、ポピュリズムに翻弄されがちな現代の民主主義国家にあっては、ドゴールの慧眼に学ぶところが大いにあるのではないか。

著者は本書を書きあげるのに、10年以上を要したという。労作である。もちろん、時間をかければ良いというものでは決してないが、本書は恐らく、現在のわが国で入手し得る最良のドゴール評伝だと思われる。ドゴールは気難しい人であったらしいが、誰しもその強い信念と高い知見には賛辞を惜しまないであろう。

出口 治明

ライフネット生命保険 代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。

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